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門番もいなかったため、城へはあっさりと入ることが出来た。ところが、革命が城内まで及んだ様子は無かったのに、城の中には壮絶な争いがあった形跡が残っていた。石造りの城は、絢爛なシャンデリアも床に崩れ落ち、カーテンや壁掛けも無残に引き裂かれている。

ローは豪華な絨毯の上に転がっていた剣を拾い上げた。柄に血の手形がべとりとついている。街や城壁の前に転がっていた武器とは、明らかに金のかけ方が違う。この城を守っていた近衛兵のものだろう。民衆で無いのなら、一体誰が彼らを討ったのか。

ハートのクルー達は、ちりぢりになって城の探索を始めた。ローも奥の方の部屋から物色し始め、階段を下って地下の寝室らしき場所に出た。城は階段も部屋も無駄に豪勢な内装で、貧しそうだった街とはえらく様子が違う。しかし今は所々に弾丸の跡があったり、血痕があったりと見る影も無い。


「……っキャプテン!!」
「どうした」
「こっち、何かいます!物音がする!」
「何かにぶつけるような音!」

隣の部屋の方へ進んでいたシャチとペンギンが、焦ったように声を張り上げた。ベポと連れ立って行ってみると、そこは頑丈な作りの武器庫のようだった。敵の侵入を免れたのか、争った跡は無い。

「…ほら、この階段の下からです」

シャチが指した先には、開け放たれた分厚い扉と地下へ続く階段があった。確かにその奥から微かに、がん、と何かがぶつかる音が聞こえた。それに獣の呻き声のようなものも途切れ途切れに漏れている。

ローは鬼哭を抱え直すと、迷わず階段を降り始めた。後ろから慌てたようにシャチとペンギンとベポが着いてくる。
石の階段はやけに長く、かなり地下深くまで続いていた。所々にある電気は当然のように切れていて、ペンギンが点けたランプの明かりだけが頼りだった。暗がりにロー達の足音と、がん、という痛々しい音だけがこだました。

階段を下り終わった先には、六畳ほどの狭い地下室が一部屋あるだけだった。しかしそれは単なる地下室ではなく、ロー達の前には、海軍基地さながらの頑丈な鉄格子が張り巡らされていた。厳重な地下牢といったところか。
ふう、と吐いた息が白く、ランプの明かりに映えて揺れた。

がん。

地上に聞こえていた音が、今度は鮮明にローの耳に届く。檻の前に立ち止まり、ローは思わず、片方の口角をあげた。


「……おい、生きてんのか。死んでんのか」
「…………あ゛ぁ?」

がしゃり、と鎖の絡み合う音が響いた。


暗い石造りの檻の中には、青年がいた。
痩せた身体に不釣り合いな分厚い手錠に手首と足を繋がれ、床にうつ伏せに上半身を投げ出したまま、青年は顔だけを上げてローを睨みつけていた。その顔の下にある床はおびただしい血で塗れ、肥大して腫れ上がった青年の額から出たものだと一目で分かる。しかし青年は、そんなものに微塵も気付いていないかのように、瞳を爛々と煌めかせていた。

ふー、ふーっと獣のような息遣いが響く。青年の健康状態は、明らかに最悪だ。頭を床にぶつけることで、青年はかろうじて意識を保ってきたようだった。薄汚れた黒い髪は無造作に広がり、破れた服も肌も血だらけで見れたものではないのに、その灰色の瞳だけは鮮烈にぎらぎらと輝いている。
ローは、ますます笑みを深めた。

「ROOM」

「…ぇえ、キャプテーン?」
「まじですかあ」
ブゥン、と広がる円に、シャチとペンギンが呆れたようにため息混じりの声をあげた。

「シャンブルズ」

ローは当然それを無視して、檻の中にあった瓦礫と自分を入れ替えた。ぱっと目の前に現れたローに、青年は流石に驚いたように目を見開いた。
青年の前にしゃがみ込むと、ローは腫れ上がった額をじっと見つめた。上の方の血は新しいが、下の方はかなり時間が経っているようだ。どれ程の期間ここに繋がれていたのか。

「…当たり前だが、折れてるぞ。栄養状態も最悪だ。このままだとお前は死ぬ」
「……うっせ、死なねェよ。…あんたら…この国の人間じゃねェな。…おれの買い手か?」

青年は床から顔を持ち上げ、眉をしかめてローを見上げた。額と床の間に、一筋の血の糸が引いた。青年の言葉を無視して正面からじっと見てみると、顔の半分は彼が床に打ち付けていたせいで大きく腫れあがっている。しかし無事なもう半分は、血だらけで見にくいが端整であろう面影を残していた。
容姿目当てに奴隷として攫われたか、と思いながら、その割にはやけに頑丈に見える手錠に手を触れた。そして直ぐに、考えを改めた。

「…違うな」
「キャプテン?」
「こいつァ、海楼石だ」
「え!?」

身体の力が抜けるこの感覚。海水に触れたときと同じだ。なぜこんな貧しそうな国に、海楼石がある。青年は海楼石という言葉を知らなかったようで、訝しげに眉を顰めてロー達を見つめている。

「お前、悪魔の実の能力者か?」
「……あァ」

静かに問うと、反抗する気は無いらしい青年は、顔をひそめながらゆっくりと頷いた。何故分かったのか、とでも言いたげだ。

「お前の手錠は海楼石で出来ている。能力者から力を奪う石だ。普通は軍が持ってるもんだがな」
「…へェ、道理で。ぶっ殺そうにも動けなかった訳だ」

青年は恨めしげに頭上の鎖をじゃらりと鳴らした。偉大なる航路にいる能力者でありながら海楼石を知らないということは、青年は海賊や海軍とは殆ど縁がないということだ。恐らく、海に出る機会が少なかったのだろう。
合点がいった、と乾いた笑いを漏らす青年の頭を見下ろしながら、ローは口を開いた。

「おい。そのぶっ殺すってのは、誰のことだ?」
「…はァ?」
「誰を殺したいって?」
「あんたに言ってどうなんだよ」
「言え」

グレーの瞳を真っ直ぐ見下ろしてそう言うと、青年はぐっと息を詰めた。そしてローに気圧されたように舌打ちをすると、ずるずると床にへたりこんだ。

「…親だ」
「……親?」
青年は、震えた声で声を絞り出した。
「餓鬼だった頃のおれと、生まれたばっかの弟を捨てた親だ。…そんで、今頃になって急に現れておれを王宮に売って…弟を、殺した親だ」
怒りか悲しみか、低く唸りながら青年は言葉を続ける。

「この海楼石とやらで抵抗できなくなったおれをかばった弟を、げらげら嘲笑いながら、ずどんずどんだ……何発も何発も……お前は金にならないからと、…何発も、何発も…ッ!!」

がん、と青年が再び額を打ち付けた。血がぬめる音に、ローはため息を漏らした。

「…おい、医者の前で怪我を増やすな」
「……医者でもなんでも良いからさァ、おれをこっから出してくれよ…!おれを買うようには見えねえ、あんたらどうせろくな奴らじゃねぇんだろ?このまま飼われるなんざゴメンだ!この手錠を外してくれりゃそれで良いから…!」
「外して、どうする」
「親と、この城のやつを殺る。全ての元凶の、税をふんだくってる貴族どもも全員だ…」

ぎらぎらと燃える青年の瞳を、ローは冷たく見返した。外のことを何も知らないのだ。この青年は。

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