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シーザー・クラウン。ユキユキの実の能力者。研究所。ジョーカー。四皇のカイドウ。

翌日。ひとつしか無いベッドをローと二人で使うという天国のような一夜を過ごし、おれが顔を火照らせたまま目覚めてすぐ、ローはこの島での計画を細かく説明してくれた。
ロー自身も把握しきれている訳では無いらしいが、このパンクハザードという島の概要は大体掴めた。カイドウとの繋がりを潰すという脅しをドフラミンゴにかけるため、シーザー・クラウンを捕らえたい。だが現段階では成功の確率は低い。今は情報を集め、下準備を進め、時期を待っている──と。

「つーかここ青雉と赤犬が決闘した島だったのか。道理でって感じ」

一年半前、あの秋島で路地裏を全て凍りつかせた青雉のデタラメな能力を思い出せば、この島の万年吹雪すらも納得できるような気がしてしまう。しかし、でもそうか。あんな奴でも負けちまうような海なのか、ここは。

「…そのモネっつーのがいんなら、やっぱ外には出ねェ方が良いな。雪だらけのここじゃそいつのテリトリーじゃねェか」
「ああ。それに世間的にはお前は行方不明扱いだ。いねェもんと思われてた方が事を始める時都合がいいのは確かだ」

ローから手渡された少し前の日付の新聞には、“七武海となったトラファルガー・ローの隣に噂の美貌の一角天馬の姿は無いようだ。貴族に見初められて離脱したという話もある”なんてしょうもない一文があった。

「なんっだこのデタラメ記事。もう戻ってきたっつーの」
「別の島でもお前の噂を聞いたが、大概そんな内容だったな。ペンギンとシャチが大笑いしてた」
「あいっつら…!」

デタラメな噂を聞いて笑い転げる兄貴分達の姿が容易に思い浮かぶ。ありえなさ過ぎて笑えるのは確かだけど。苛立ちまぎれに新聞をテーブルに放り投げて、外から帰ってきたばかりのローの肩についた雪を払ってやる。少し見回りに行くと言って出たのがつい数分前なのに、もう服に雪が積もってる。この島の吹雪はおれの故郷のそれよりも大分酷い様だった。

「…シーザーもモネもロギアだが、お前覇気は?」
「武装色は大分いける。見聞色はまあまあ」
「上等だ」

わしわしとおれの頭を撫でて、ローはロングコートを脱いでソファに深く腰掛けた。部屋にあった簡素なキッチンで作ったコーヒー入りのマグカップを手渡して、隣に腰を下ろす。顔面に出ないように頑張ってるけど、褒められたのが嬉しすぎる。カトリーヌの猛特訓に耐えたあの日々が今この瞬間カンペキに報われた。今天馬になったら死ぬ程振った尻尾が見えるだろうな。

一口コーヒーを含んだローは、少し眉をあげてそのマグカップの中を覗いた。

「…このコーヒー美味ェな」
「サンジにコツ教わった。インスタントでも美味くできるんだって」
「ああ…黒足屋は確かコックだったか」
「そ。おれもあんたのために結構料理教わってきたから」
「……は、期待しとく」

やっとあんたにコーヒーを淹れてやることができた。早く料理も食べて欲しい。
味わうようにコーヒーを飲む喉仏の動きまでもがスマートに洗練されていて、このトラファルガー・ローという男を際立たせているような気さえする。横顔にうっとりと見惚れながらソファの背もたれに頬を乗せれば、伸びてきた腕に髪を撫でられた。うーん、最高。

「……そういや、これを渡すのを忘れてた」
「え、何?」
「ほら」

そう言ったローがデニムのポケットから取り出したのは、皺が寄ってくたびれた包み紙だった。書いてある文字を読めば、“シャボンディ”とある。ってことは、最後に別れたあの日の?
記憶を掘り起こしながら包みを開ければ、出てきたのは白いヘアゴムだった。

“髪をくくるゴムでも買ってきてやる”

ポーラータング号での出来事を思い出す。あの日ベッドの上で、留守番を申し出たおれにローが言ってくれた言葉。買ってくれてたんだ。それで、ずっと持ってくれていた。形容しがたい感情が胸の内から湧き上がる。

唇を噛み締めながら、震える手でそのゴムを使って髪をひとつに結んだ。少し顔を横に向けて、小さな尻尾のようなその髪束を見せる。

「……どう?」
「思ったとおり、似合う」
「……っあー、もう、ずるい…」

歓喜を堪えきれず、勢いよくローに抱き着いた。
動じないままコーヒーを飲み続ける船長の肩に頭を預けて、ベストポジションからの眺めを満喫する。
これ以上溺れさせて、一体どうするつもりなんだろう。いや、おれが勝手に底なし沼に足を取られてるだけであんたは何も悪くないんだけど。

「ありがとう。一生つける」
「…また買ってやるから一生はやめろ」
「だってあんたが最初に買ってくれた記念すべきヘアゴムな訳だろ?ちぎれてもつけるよ……あー……なァ、まじで嬉しすぎてどうにかなりそうなんだけど」
「どうにかって?」
「どうにかは、どうにか。コーヒー飲み終わった?」

ローが頷いたのを確認して速やかにマグカップをテーブルに置き、その膝の上に乗り上げた。小さな頭を包み込むように腕を回せば、端正な顔が愉快げに笑っている。

「あー…キス、しますけど」
「っは、何の報告だ」
「……止まんねェ気がする……から、嫌だったら逃げて」

会わない間に少し痩せたようにも見えるその身体の全てに触れたいと、心から思う。それが何故かは、もうずっと分からないまま。分からなくて良い、この感情に名前なんかつけなくてもいい。どんな名前も当てはまらないように思えるから。

でも間違いなく、“欲”は混ざってる。この一年半で、乾きに乾いて飢えた欲望。暗い井戸の底から手を伸ばし続けて求めたものが、今目の前にある。ただ、あんたに触れたい。

盛りの犬のようになった部下に膝に乗り上げられるのは、一体どんな気分なんだろうか。客観的に見れば殴られても不思議じゃない光景だというのに、そんな結末に至ったことが一度も無いからますます離れられなくなる。

「ならベッドでも行くか?」
「う、え、べっど?」
「嫌か?」
「い、いやなわけ」
「教えてやるって言っただろ」

逃げるどころかますます楽しそうに顔を寄せてきた悪い男の笑みに押され、顔面を真っ赤にしてカクカクと頷いた。

井戸の底から伸ばした腕が、大きな手に掴まれるような感覚。そう、いつだっておれを受け止めてすくい上げるのは、この鮮やかな刺青の彫られたあんたの手だ。

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