「あなた、最近よく食べるじゃない?」
その日研究所の廊下で出くわしたモネに指摘され、ローは素直に感心した。よく気がつく奴だ。今までは一人分だったのが二人分になり、ましてやリバーがやけに凝った料理を披露してくれるものだからパンクハザードの数少ない食料を網羅する勢いで持ち帰っているのは事実だ。だがそれも気付かれない程度の増量のつもりだったが。
「いちいち詮索するんじゃねェよ」
「あら、ごめんなさい。少し気になって」
笑うモネを無視してそのまま通路を突っ切る。長く話せば話すほどろくな事にならないのは目に見えている。
シーザー・クラウンを人質にしてドフラミンゴを脅す、という目的のため着々と下準備を進めてはいるが、実行に移すには今ひとつパーツが足りない。リバーが思いがけずこの島まで帰って来てくれたことはローにとって僥倖に他ならなかったが、今すぐに作戦を始めるのはやはり無謀と言えるだろう。
満身創痍の身体だったリバーを腕の中に抱き締めた日はもう数ヶ月も前のことだというのに、未だ鮮明に感触として残っている。
欠けていたものが戻り満たされたような、あの筆舌に尽くし難い喜びも。
もうすっかり見慣れた金属の扉を開け、部屋へと身体を滑り込ませる。するとソファに寝そべっていたリバーが跳ね起きて近付いてきた。背後に黒いしっぽがブンブン揺れる幻覚が見えるのはいつものことだ。
「おかえり」
「ああ。食料を調達してきた」
「ほんとだ、この肉美味そー」
テーブルに置かれた食料を嬉しそうに物色するリバーに、人知れず目を細めた。一年半離れていた間カマバッカ王国とかいう場所にいたというリバーは、そこで出会った麦わらの一味のコックに色々と料理を教わったらしい。持ち前の器用さも手伝って彼の作る料理はかなり出来栄えも良く、ローの舌にもいっそ面白いほど合っていた。
「今日遅かったな?」
「シーザーの部屋をいけるとこまで探ってた。だがめぼしいもんは無かったな」
「臆病者ほど備えるからな…あーうぜェ」
心底憎い、といった顔をしてリバーはローの心臓あたりに視線を走らせた。これを巡って口論をしたのももう随分と前のことだ。
眉をしかめた彼の頭の上に片手を置けば、その表情は一気に緩まった。明るいグレーの瞳が大きくなり、白い肌に赤みが差す。
相変わらず、単純な奴。
思わず笑いを漏らせば、拗ねたように口が尖った。しかし表情とは裏腹に躊躇いがちに一歩近づいてきたかと思えば指がローの服の端を掴み、こだわりにこだわって切った長髪が俯く赤い耳たぶをさらりと覆った。
今は無いはずの心臓がきしむような言い知れぬ感情に襲われながら、指を通して髪を撫でる。リバーは甘えた小動物のように目を細めて手の平にすり寄ってきた。
再会してからというもの、リバーはローが触れると以前にも増して芯が抜けたようになる。最近では本を読むローの腹の上に木に寝そべるコアラのようにくっついているのが日常茶飯事になっていた。
それが全く気にならない、どころか心地よく感じるのだから自分にも知らない一面があるものだとローは思う。
「……コーヒー、飲む?」
手の平に頬を寄せて、柔らかく笑みを浮かべたリバーに問われて頷きを返した。嬉しそうに「任せろ」と言ってから、黒髪が翻ってキッチンへと去っていく。
なんとなくその後ろ姿を眺めながらソファに腰掛けた。一年半ぶりに会ってから、彼の姿を飽きもせず見つめてしまうことが無自覚の癖のようにもなっていた。
吹雪ばかりのこの島では珍しく、今日は夕日が部屋に差し込んでいる。その光に照らされてリバーの着る白いシャツが透けて、その細い身体のラインが浮き上がっていた。見違えるほど鍛え上げられ筋肉のしっかりとついた体型にはなっていたが、あまり量は増えない体質らしく痩身は変わらない。
今着ている服も全てがローのものだったから、身体に合わないひと回り大きなサイズがより華奢に見せる。ローの両手で掴めそうな程細い腰は、見ていて健康面の不安を覚えるほどだった。
「…お前は本当に太らねェな」
「え?いきなり何」
「腰がほせえ」
「…ほっとけよ、筋肉つかねーんだもん」
悔しそうに口を尖らせたままマグカップを差し出され、受け取ってコーヒーを口に含む。相変わらず美味い。隣に腰掛けてきたリバーが伺うように見上げてきたので、「うまい」と感想を告げその髪を撫でてやった。
すると、「やった」とつぶやき顔を輝かせたリバーが肩に顎を乗せて腰に手を回してくる。行方知らずになっていた間も時折誌面の話題にあがっていたその相貌が、ローの前ではコロコロと表情を変えた。頬に影を落とす程長い睫毛をしばたたかせて、切れ長の大きな瞳が今度はじとりと睨むようになってこちらを見つめる。
「…つーかあんたの腰も細くねェ?」
「身長の割にはってだけだろ…お前はもっと食え」
「えー、食ってるよ」
ずっと一緒にいるのでリバーが十分に食べていることは分かる。ただ肉がつきにくいのだろう。
素知らぬ顔をしてコーヒーを味わっていれば、腰へ回ったリバーの手が服の下からそろそろと肌を撫でてきた。
遠慮がちな動きに愛おしさのようなものを感じて、また笑みが漏れる。まったく部下が、しかも男が服の下に手を突っ込んできているというのに、嫌悪感の欠片も湧かない自分がいっそ面白い。
「触りたくなったか?」
「う……」
「甘えただな」
「これ、甘えたっつーの?こんなんあんたが初めてだから分かんねー…」
リバーはすっかり頬を染めてローの肩に頬を寄せている。これも見慣れた光景だった。理知的で頭の回るはずのこの部下が、ローのこととなると一気に冷静でなくなる。その度に、ああ良いな、と湧き上がるように胸が熱くなるのはロー自身しか知らないことだ。
飲み終えたマグをテーブルに置いてその頬を撫でてやれば、身体に乗り上げるようにして口の端に唇が押し当てられる。ローはその薄いシャツの上から腰のくびれに指を添わせた。
「やっぱり細ェな」
「あんたの手がでかいんだよ…」
すっかり瞳をうるませたリバーに見下ろされる。煽るように舌を見せつければ、喉仏がごくりと唾を飲み込んで動くのが見えた。後はもう、好きにさせてやろう。
リバーが気持ちよさそうにしているのを見るのが、ローは好きだ。これも言ってはやらないが。