麦わらの一味を乗せたサウザンドサニー号は、魚人島を出航し、破天荒な新世界の海に翻弄されているところであった。
「東へ舵をきって!!嵐を抜けられる!」
「おお!!」
ナミの声に返事をして、一味は荒れ狂う波を突き進んでいく。容赦なく風が吹きつけて、サニー号に強い水飛沫が襲いかかる。
程なくして暗たんとした雲が姿を消し、晴れ渡り風の少ない凪いだ海となった。
「ふう、おっそろしいもんだぜ。新世界」
「あ゛ーーじぬかと思ったーーー」
舵を握っていたフランキーが、ため息をつきながら額を拭った。あちこち駆け回っていたチョッパーも、ふらふらと甲板の芝生の上にへたり込んだ。
「お疲れ様、ナミさん、ロビンちゃん。ダージリンティーです」
「ありがと、サンジくん」
「いただくわ」
優雅なターンをかましたサンジが、ナミとロビンの元にカップを置いた。緊張していた空気が、ふっとほどける。するとその瞬間、船尾で後方を見張っていたウソップが戸惑ったような声を出した。
「お、ぉおい!小舟がいるぞ!…人が乗ってる!」
「え?しかし、そちらは嵐があった方角では?」
「で、でもピンピンしてるぜ?…うげえーー!手ェ振ってやがる!明らかに怪しい!」
首を傾げるブルックに、ウソップは尚も動揺しながら返事をした。一味は顔を見合わせ、船尾への階段を上がった。
「……まさか。あんな小舟であの嵐を抜けれるはずないわ。帆もあんなに小さくて…木っ端微塵になるに決まってる」
ナミが呆然として言った。海に浮かんでいたのは、本当に小さな船だった。立ち上がってぶんぶんと両手を振る男ひとりの身体で手狭になっている。
既に船尾にいたらしいルフィとゾロは、揃って縁に手をついて、男を見定めようと身を乗り出していた。やけに友好的な態度が逆に怪しいと感じたのか、ゾロは右手を刀の鍔に添えている。
「んん?んん~~~~?」
「…ルフィ、あの男を知っているの?」
段々と近づいてくる男は、おーーーい、と叫びながら両手を大きく振っている。ルフィはもはや縁に座り込みながら、盛大に首を傾げていた。ルフィに尋ねたロビンも、判別がついてきたその男の顔に、あら、と呟いた。
「………どこかで見た顔」
「ええ?本当に?ロビン」
「ルフィーーーーーッ!!!」
男の口から、思い切りルフィの名前が呼ばれる。臨戦態勢だったゾロとサンジも、「あァ?」と訝しげな声を出した。
途端、ニヤリと笑って勢いよく小舟を蹴りあげた男は、到底信じられない高さで宙へと飛び上がった。風の流れを捉えるように、空気を縫って空を駆けている。
「ひ、ひえええ!飛んできた!」
「まじかァ?」
「…すげェ跳躍力だな」
ウソップは震えながらパチンコを構え、フランキーはサングラスをずらして鳥のように飛ぶ男を見上げた。サンジがぽつりと感嘆の声を漏らす。
たん、と軽い音をたてて、男は甲板に着地した。衝撃を和らげるためか、柔軟な膝が折り曲げられる。ふう、と息をついてすぐに立ち上がって髪をかきあげた男は、ルフィに向かってにっと微笑んだ。明るいブラウンの短い髪は風に揺れ、その顔は実に端正で爽やかだ。
「んん~~~~??」と唸りながらまじまじと男の顔を凝視したルフィがやがて、ああ!と叫んだ。
「……もしかして、ケイレブかあ!?!?」
「おぉ、覚えてくれてたか」
「ひっさしぶりだなあああ!元気だったかーーー!!!あっ!二年前は、世話になった!」
「いや、おれはお頭に着いて行っただけさ……おっと」
がばっと抱きついたルフィを受け止めながら、男は唖然とする一味にひょいと片手を挙げた。
「いやー、突然すまん」
「……やはり、ケイレブね。赤髪海賊団の幹部よ」
「よ、よよよよ四皇の海賊団の、幹部ゥ~~~!?」
「新世界コワイ新世界コワイ」
チョッパーとウソップとナミは、抱き合ってぶるぶるとすくみ上がった。やっとこさ嵐を抜けてすぐ出会うにしては、相手が大物すぎる。
「みんなー、こいつはケイレブ!シャンクスの仲間だ!昔世話になったんだ」
「急に悪ィな。ルフィが近くに来てるって知ったもんで」
あはは、と頭をかくケイレブは気の良い男前の兄さんといった風貌で、いまいち迫力に欠けた。見た目だけでは赤髪の腹心のようには見えない。一番遠い位置から観察しながらも、ナミは首を傾げた。身長はゾロやサンジと変わらない。端正な顔をしているが、柔らかな笑顔が彼を若く見せている。
「へえ、赤髪の。それにしてはー、なんというか、お若い方ですねぇ。線も細いし」
「おま、そういうこと言うな!バカ!」
遠慮を知らぬブルックが、あっけからんと述べた。すかさず後ろからウソップのツッコミが入る。ケイレブは、少しショックを受けたように自分の身体を見下ろした。
「まじか。結構鍛えてんだけどなァ」
「でもケイレブ、大分でっかくなったなあ!あーんなひょろひょろだったのに。最初分かんなかったよ。今いくつなんだ?」
「三十だ」
「…へえ。同い年くらいかと思ってた」
煙草に火をつけたサンジが、目を丸くした。ともすれば、髭がある分サンジの方が大人に見えるくらいだ。
「ケイレブ、何しに来たんだ?シャンクス達と一緒じゃないのか」
「ん?あァ、事情があって一旦船を降りたんだ」
「ええ!?海賊やめたのか!?」
「海賊はやめてねェよ。…あることを成し得るまで、別行動ってだけだ」
「ん?あること?」
「……まぁ、お二人さん。積もる話は後にしねェか。もうすぐ昼時だ。ルフィが世話になったってんなら、飯くらい食ってけよ」
「おお!そうしろ、ケイレブ!」
「…ああ、ありがとう」
ケイレブは一味と連れ立って、キッチンへ向かった。腰に添えられた年季の入ったケイレブの剣を見て、ゾロは目を輝かせた。
「それァ、どんな剣だ」
「無銘刀だ。昔お頭に貰った」
「へェ……四皇が贈った剣ねえ」
「おおい、カタナ馬鹿。大人しく座っとけ」
「あァ!?」
ケイレブはゾロの隣に腰掛け、賑やかな一味を微笑ましく眺めた。頂上戦争で灰のようになっていたルフィに、こんなに良い仲間がいて良かった。快く送り出してくれた自分の仲間を思って、ふう、とため息をついた。
もう、どれほど会っていないのだろうか。