テーブルには、次々に料理が並び出した。キラキラと輝く海鮮料理、滑らかにたゆたうスープにふわふわのパン。「召し上がれ」というサンジの声で、一斉に「いただきまーす」と合唱が響いた。ケイレブもそれにならい、料理にありつき始めた。
滅多に出会うことの出来ない美食をケイレブが褒めそやしながらかきこんでいると、正面にいるルフィが頬袋をいっぱいにしながら問いかけてきた。
「…んで、はんで別行動なんかひてんだ?」
「……ああ。…ルフィ、おれァお前を見込んでる。お頭がその帽子を託した男だからな」
「…うん」
ケイレブが、厳しい表情でルフィを見据えた。ごくんと飯を飲み込んで、ルフィも真剣な表情になった。途端にぴり、と張り詰めた空気が、この優男が四皇の厚い信頼を得た人物なのだと一味の肌に感じさせる。
フォークを皿に置き居住まいを正したケイレブに、クルーたちもつられて背筋を伸ばす。ゾロですら、食べるのをやめてケイレブの一挙一動に神経を研ぎ澄ませていた。
静まりかえった空間に、ケイレブがすぅ、と息を吸う音がした。
「…お前だから言うが………実は、仲間に懸想している」
「ん?けそお?」
「…恋い慕うという意味よ。誰かを好きになるということ」
冷静なロビンの声が、沈黙の降りるキッチンに響いた。ルフィ以外の全員、頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。新世界を統べる四皇の部下、しかも幹部が、恋煩い?
「…なんだァそりゃ。それの何がいけねェんだ」
「……ただの餓鬼の夢想じゃねェ。おれのは十年仕込みだ。……洒落にならない」
訝しがるフランキーに、怜悧な視線が返ってきた。長い睫毛の下の瞳は酷くぎらぎらとしている。手負いの獣のようなオーラに、フランキーは頭をかき「下手言って悪かったよ」と詫びた。
首を横に振ったケイレブは、ルフィに顔を戻した。
「…ルフィ。お前が新世界に出てきたと聞いて、おれは時代がうねり始めるのを実感した。お前は必ず、もっとでかい男になる。お頭にもこれから、厄介事が死ぬほど降り掛かってくるだろう。……そん時、おれみてェな半端もんは必ず足を引っ張る。だから、この迷いを振り切ってまたお頭を支えるため、船を降りた。…その道中、お前の一味が近くにいると聞いて、一目会いたくなったんだ。……その麦わらも久しぶりに見たかったしな」
淡々と、しかし覚悟のこもった調子で、ケイレブ は話し終えた。ただの恋愛話にしては、真に迫りすぎている。悲痛なケイレブの思いが滲み出ているようだった。
気圧されて静まりかえったキッチンに、ルフィのうーーーーんという声だけが響く。
「…なーんか、よく分かんねェけどさ、シャンクスはそんな奴じゃねェだろ」
「…え?」
「シャンクスは迷いのある仲間を見捨てるような、そんな奴じゃねェ。ケイレブだって知ってるだろ」
真っ直ぐなルフィの言葉に、ぐ、とケイレブは言葉に詰まって俯いた。次第にその身体が、何かを堪えるように震えはじめた。
そして、ばっと勢いよく顔を上げたケイレブは、思いきり眉を寄せて苦しそうな表情をしていた。
「……じゃあお前は仲間に…しかも男に、好きだとか言われて平気なのかよ」
「ああ!結婚はしねェけどな~仲間なのには変わりねェだろ!ししっ」
「…は、なんだそりゃ」
相手男なのか、と薄ら思いながら、サンジは吐き出したタバコの煙の行方を目で追った。仲間で、しかも男で。ケイレブの心中を想像することは容易だ。だが自分の身に置き換えると、胸の詰まる思いがした。…十年も、それを抱え続けてきたのか。
苦しげな表情のまま、眉を下げて笑ったケイレブ はゆるりと立ち上がった。
「…飯、美味かったよ。サンジだっけ。ご馳走様」
「ん、あァ。…もう行くのか?」
「ああ。一目見れれば良かったんだ。おれに決心させた男の顔をさ。……ルフィ。お前の言う通り、お頭はきっとおれを許すだろう。でもおれが、おれ自身を許せない」
「…うん、そうか!シャンクスの仲間のことは、シャンクスがなんとかするさ。ケイレブは好きにすりゃ良いんじゃねェか?」
「…お頭も、そう言ってくれたよ」
俯いて力無く微笑むと、ケイレブはキッチンを後にした。
「…あなた、どれくらい母船と別行動を続けているの?」
ついて来たロビンが、フランキーがくくった縄を切って小舟を降ろそうとしているケイレブに問いかけた。
「ん?どんくらいになるかな……半年以上は経ってるかもしれない。…一年近くかな」
「その間、仲間と連絡はとってるの?」
「いや、一ヶ月目くらいに電伝虫は野生にかえしちまったからな。……それがどうした?」
「…ここのところ、滅多に怒らない赤髪の機嫌が優れなくて、海軍本部が緊張状態だと連日報道されているわ。何か知ってるんじゃないかと思って」
「お頭が?…さあ、おれは関係ないと思うぜ。多分、二日酔いか何かだろ。いつものことさ」
新聞をとらなくなったケイレブは、その報道にいまいちピンとこなかった。それにシャンクスの機嫌が悪いなんて、子供じゃあるまいし。二日酔いで不機嫌な時でも、次の日にはけろっと忘れてる。それが立て続けにあって報道されただけだろう。
ロビンは全く意に介さないケイレブにため息をついた。
「…さあ、どうかしら。お節介かもしれないけれど、元気にしてるって伝えた方が良いとだけ忠告しておくわ」
「ふーん?ありがたく受け取っとくよ。よっ、と」
切り離された小舟が海面に着地した。ケイレブは船の縁から身軽にそこへ飛び降りてから、上を振り仰いだ。
キッチンから出てきた一味が、甲板に揃ってケイレブの見送りに来ていた。
「じゃあな、ルフィ。…会えて良かった」
「もうちょっといれば良いのによぉ~~」
「いや、お前と話して、踏ん切りがついた。おれはやはり、おれ自身が許せない。…恩人に対して…こんな感情」
「……これから、何処行くんだ?」
「あー、ちょっと厄介なとこへ。…生半可な覚悟じゃ駄目だって散々思い知ったからな」
ケイレブが片手に力を入れてオールを漕ぎ始めた。人力とは思えない力強さで、小舟が波を切りすすみだす。
ケイレブはサニー号を振り返り、大きく手を振った。
「ちょっと、捕まってくる!!」
「…え?」
「海軍の檻ん中入ってくる!じゃあなー、ルフィ!また会おう!今度はお頭と一緒に!」
「……はァ!?」
二の句を継げない一味を置いて、ケイレブの姿はあっという間に小さくなってしまった。ぽかんとその後ろ姿を見送ったまま、ナミがルフィの肩をばんばん叩いた。
「ちょ、ちょっとルフィ。どゆこと?」
「わ、分かんねェ。ケイレブって、昔からああなんだ。頭良すぎて、おれよく分かんねェ」
珍しく頭を抱えた船長に、一味も大きく頷いた。四皇の幹部わけ分からん、というのが全員の意見だった。
「あーー…考えても分かんねェ!」
しかし一瞬で悩むのに飽きたらしいルフィは
すっくと立ち上がった。麦わら帽子を脱いで、太陽にかざす。
「…分かんねェけど!ケイレブが自分の意思で捕まるんなら別に良い。…ま、シャンクスが許さねェだろうけどな!」
いしし、と歯を見せて笑うルフィに、ロビンが微笑んだ。
「ええ。私も同意見。……海軍も、胃に穴が開くわね。ふふ、可哀想」
恋心に囚われた新世界の強者の後ろ姿が水平線に消えるのを見送りながら、ロビンはどこかの海兵達の悲鳴を聞いたような気がした。