とある酒屋での二人



ローという男は、秀麗な人間だ。目付きは悪いがそれも魅力のひとつだし、脚が長けりゃ顔も小さい。更に刺青だらけの指に二連のピアス、そして掠れた低い声。こういう危険な香りぷんぷんの奴は、モテる、らしい。

らしい、というのも、おれは女の理想像ってのに全く興味が無いし、そんなもんとは無縁の人生を送ってきた。だから、危険な男が女に好かれるというのはシャチの弁であり、おれは皿の上の肉を食らいながら、ただそれを聞き流しているだけである。

「……おい、聞いてっか?」
「この肉すげェ美味い」
「聞いてねェじゃん!興味無えのかよォ、キャプテンのモテ談義~~~」
「ああ?あるわけねェだろ。…大体、見てりゃ分かる」

おれは魚料理に手を伸ばしつつ、顎をしゃくった。賑わう酒屋の一角、大きなテーブルを陣取っておれ達は料理に舌鼓を打っていた。おれとシャチの前ではベポが生魚に目を輝かせ、ペンギンが恨めしそうにテーブルの端を睨んでいる。

その視線の先をちらりと見ると、椅子に腰掛け俯いているローの周りに、三、四人の女が群がっていた。帽子を深く被って、明らかに周囲をシャットアウトしているローをめげずに誘惑しようとするその勇気は、割と凄いと思う。

「お兄さん、海賊さんでしょ?」
「たまには発散しなきゃあ、溜まって溜まって、しまいにゃ海に沈んじまうよ」
「私ら、ここらじゃちょっとは名が知れてんのよお」

椅子の背に手をかけて、女たちは代わるがわる帽子の下を覗き込む。ローはぴくりとも動かない。ここからだとよく見えないが、もしかして寝てんじゃねえの、あいつ。だったら凄ェ面白えな。白身魚を頬張りながら、おれは笑いを噛み殺した。

「あーあ、良いなあキャプテン。あんな美人に」
「おれら誘ってくれたら一瞬で頷くのによォ」

シャチとペンギンが、恨めしげな声を出した。この二人は常に女に飢えている。まあ二人に限らず、クルーの大半は、女への憧憬が尋常では無い。
性欲より食欲の方が、満たされた時に気分が良いとおれは思う。人間の女に興味の無いベポと二人、ばくばくと皿を空にし続けていると、フォークを持つ手を突然勢いよく掴まれた。なんだ、邪魔しやがって。おれは必死に抗いながら、猶も食事を続けようとした。

「まだ食うのかよ!おい、聞け!」
「良いか、お前がそのフード脱いでくれたらさ、あの子達絶対こっち来てくれると思うんだよ!」

何を言うかと思えば。おれはのろのろと皿から目を逸らして、手を掴んできたシャチとペンギンをじとりと睨んだ。

「……顔見られたくねェから被ってんだよ。知ってんだろ」
「知ってるけどさあああ」
「ちょっとだけで良いから!先っちょだけ!」
「何の先っちょだ」

戯言を無視して、食事を再開する。二人が大袈裟に嘆く声がうるさい。
その時端の方から、女達の色めきたった歓声が聞こえてきた。シャチが、げえ、とため息を漏らす。

ローがいる方だ。見てみると、ローが顔を上げ、女たちに不敵な笑みを向けていた。間近でその表情を見た女たちは一様に頬を染め、色っぽいだの男前だの、浮かれた言葉をきゃらきゃらと並べ立てた。ローの均整のとれた肩や腕に、女の細い手がまとわりつく。

…なんだ、寝てたんじゃなかったのかよ。なんとなく面白く無くて、おれはローから顔を背けて酒を瓶ごとぐびっとあおった。


「悪ィが、放っといても海にはずっと沈んでる。気遣いは結構だ」
「えー、そんなつれないこと言ってないでさあ、ちょっと遊んでよ」
「お兄さんみたいな色男、滅多に出会えるもんじゃ無いのよぉ!」
「お前らみてェな上玉なら、引く手数多だろう。とっとと他をあたれ」
「えっ!!やだ、じょ、上玉だって!!」

女たちは、一層舞い上がって飛び跳ねた。む、と自分の眉間に皺が寄るのが分かった。そりゃあ、いっそ褒めてやった方が、女は身を引くかもしれないけどよ。
でも、ローが女を賞賛するとこなんて見たくなかった。おれの見目を気に入ってると言ってくれたその口で、そこらの女を上玉だなんて。なんか、凄く嫌だ。腹が立つ。

どん、と勢いよく酒瓶をテーブルに置いた。気付いたら一瓶全部開けていた。少し頭が熱い。
ゆっくり立ち上がったおれを、シャチとペンギンが戸惑ったように見上げてくる。フードに手をかけながら、おれは二人をきっと睨んだ。

「……お望み通り、これ脱いでやる。見とけよ」
「え、ええ?」
「急にどうした?大丈夫?」

焦ったような二人を無視して席を立つ。おれはゆっくりフードを脱ぎながら、此方に背を向けたローと女たちの所へと歩いた。未だローにまとわりつく女たちは、おれが近付いてくることに全く気が付かない。

「…ねえ、おれはどう?オネーサン」

椅子の後ろからローの胸へと腕を回し、帽子の上に顎を乗せて、女たちに向かってにっと微笑みかけた。おれが来ていることに気付いていたであろうローが、くつくつと楽しげに笑う。ローの思い通りになったみたいで腹が立って、おれは腕に力を入れて、更にぎゅっと抱き着いてやった。

女たちはあんぐりと口を開けて、おれの顔を食い入るように見つめている。目ん玉が今にも落っこちそうだ。

「そんな悪くないと思うんだけど、おれ」

首を傾げてぱちぱち瞬きすると、女たちははっと我に返り、一斉に勢いよく頷き始めた。

「わ、わわ悪くない!!全然全く悪くないッ!」
「とと、とんだ男前じゃないの!」
「一晩に二人も色男捕まえて、あ、あたしら今日死ぬんでないの?」

動揺して慌てふためく女たちだったが、その手が未だローの肩に置かれたままなのが目についた。白くて、折れそうに細い手。
なんだか無性に腹が立つ。おれはローの背中に一際強く抱き着いて、腕に顔をうずめた。

「……どうした?」

静かなローの声が、耳に直接届く。まじでどうしたんだろう。何故、こんなにもやり切れないのだろう。
ローに女を抱かないでほしい、なんて。そんな突拍子の無い事まで考えてしまうのだから、本当におかしい。

…もし、周りにおれ達がいなかったら。あんたはこいつらの誘いにのったのか?それってなんか、すげェ嫌だ。

「……触んな」

顔を上げて、おれはローの肩に乗っていた女の手を払い落とした。きゃあきゃあと騒いでいた女たちが、驚いたように押し黙る。

「……どう?とか言ったけど。やっぱ、おれ今日無理だ」

少し震える声を抑えながら、おれはそう言った。よく分からない気持ちに突き動かされる。ローの帽子に頬を擦り合わせながら上目に見つめると、女たちはぼふんと煙が出そうな程に赤くなった。蛸みてえ。

「……こいつも、今夜はおれと用あるからさ。諦めて?」
「………ま、そういうことだ」

面白がるように、ローの掌がおれの手に重ねられた。そして計算づくだったかのように、お互いが指と指とを絡め合う。

「ご、ごゆっくりいい!!!」
「じゃ、邪魔してごめんよッ!」
「おおお幸せにい!!」

女たちはひええ、と叫び声を上げてぶんぶんと首を振った。そしてもつれあいながら、きゃあきゃあ叫んで店を出ていく。

「…やっと行ったか」

ローはため息をついて、女たちの後ろ姿を見送っていた。それすらも嫌で仕方なくて、おれはローの頬を掴んでぐっと此方へ振り向かせた。おれの方を見ていて欲しい。
一瞬驚いて見開かれた目が、すぐに呆れたように細められる。ローの薄灰色の瞳に映る自分は、やけに不機嫌な顔をしていた。

「……お前、酔ってるだろ」
「酔ってねェ」
「大して強くも無ェくせに飲むな。体に障る」
「…んだよ、あいつらのこと上玉とか適当抜かしてたくせに、偉そうに医者みてェなこと言いやがって」
「医者だ。………おい、お前それ、どういう感情で言ってるか分かってんのか?」
「はあ?……んなこと、知らねェよお…」

ローの髪をぐしゃりとかき混ぜて、肩に顔をうずめる。なんだか目の奥がぐらぐらして変に熱い。頭上でため息をついたローが、おれの頭をぽんぽんと撫でた。「こいつに水、」と言う声が聞こえて、ローが身体を動かした。嫌だ、とまた強く感情が揺らされる。

「…やだ…何処にも、行かないでくれ」
「……!」

ぽつりと、自分が何かを口走ったのは分かった。でもすぐに、意識がふわふわと飛んでいくような心地になる。鼻腔いっぱいにローの匂いと、髪を撫でる優しい掌。おれはずるずると、まどろみの世界へと誘われた。


「……馬鹿だな、お前は…」

呆れたような、切ないような。酷く苦しそうで、泣きたくなる声が、おれの耳に優しく降った。覚えてるのは、そこまでだ。

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