パンクハザードのとある朝方



窓に叩きつける風の音で目が覚めた。目を瞬かせて、未だ見慣れない天井を眺める。この島に来てからもうずっと、この音が目覚まし代わりだ。故郷の島も常に雪景色ではあったけどここまで吹雪いてはいなかった。ただあの薄暗さだけは、パンクハザードにも負けなかっただろうな。

「———今日も冷えるな…」
「!」

頭上で掠れた声がして、一気に心臓が跳ねる。聞こえてきた言葉とは真逆におれの顔はどんどん熱くなって、吹雪の音なんてあっという間に聞こえなくなった。だって隣にこいつがいるってことの方が何よりも重大で強烈だ。

下にずれていた掛布団をひっぱりあげて、大切な男の顔の傍に肘をついて覗き込んだ。乱れた前髪の間から、隈をこさえた薄灰の瞳がぼんやりと見上げてくる。こんなにも近くで見つめ合えることに未だ慣れない。毎朝新鮮で、とんでもない幸福で満たされる。

「おはよ、ロー」
「あァ…」
「寒い?」
「少しな……」

くあ、と欠伸をかみ殺したローの肩に、男2人を余裕で覆う掛布団をかけ直してやる。元々ロー1人のための部屋だから当たり前だけど、ベッドも布団も枕も全部1つしかない。ソファで寝ると渋るおれをベッドに引きずり込み続けてくれたおかげで、今ではひとつの枕に頭ふたつ並べて眠るのが習慣になっていた。まァ習慣といっても、おれに関しては全く慣れる気配がないけど。

夢うつつのローは「やっぱりさみィ」とぼやきながらおれの足に自分の足の甲を擦り寄せてきた。最高だ。この色男が結構朝に弱いの、もう最高。ローのする事ならなんでも最高だけど、こんなに無防備な姿を見せてくれるっていう事実がとにかくたまんない。思わず顔を緩めながら至近距離で見つめ続けていると、眠そうな目がおれを映しながら眩しげに細められた。

「…なに笑ってる?」
「朝弱いの、ずりィなって思って」

言葉の意味が分からなかったんだろう、綺麗な形の眉が怪訝そうに顰められる。その眉間の皺すらローの格好良さに拍車をかけていて、また胸が高鳴る。

辛抱たまらず身を乗り出し乱れた前髪をかきあげて、額に唇を押し当てた。顰められていた眉間がほぐれるのが唇越しに伝わってくる。おれの自惚れでなければ、こういう接触をし合える関係に気づいたらなっていた。少なくともローに拒まれたことはない。

「……あー…」
「ふ…自分からしといて照れるな」
「うう〜…」

こんな事をできるようにはなったけど、きっと永遠に慣れることはない。唇を離してそのままローの胸の上に顔を伏せると、楽しげな笑い声が頭上でした。髪を優しく撫でられて、もう片方の手は背中に乗せられて。ローの身体の上で腕に囲い込まれる形になり、ますます顔が熱くなる。なにこの状況、天国じゃん。

「やばい、駄目んなりそう」
「なっちまえば良い」

耳に直接吹き込むみたいにそんなことを言うから、焼けるように熱くなったそこを押さえながら顔を上げた。恨めしく睨んだ先で、余裕たっぷりの男に見つめ返される。挑発するように少し首を傾げたせいか、外された二連のピアス穴が艶めかしく視界に映った。もうどうなってんだよこいつの底知れない色気は。

「…こういうの、女にもしてきたわけ」
「そう思うか?」

こんなローを見てきた奴が、他にもいたりして。そう思うと酷い気分になって思わず問いかけてしまった。しかし質問はすぐに質問で返されて、ローはおれをからかうみたいに目を細めた。

「う、分かんねぇよ…でもすげー慣れてる感じする。……あーあ、こんなあんた見たら一生忘れらんなくなっちまうだろうな」
「なら、忘れられなくなるのはお前だけだ。まず腹の上にこんな風に人間を乗せたことがねェし、ベッドの上でこんなに話したこともねェ」
「……!」
「この体勢、悪くねェな?お前を近くに感じる」
「〜〜〜……ずりィ!」

思わず叫んだおれをまた笑いながら、ローは背中に回した腕に少し力を入れた。それに押されるように身体を持ち上げて、胸同士をぴたりとくっつける。恐る恐る太腿を跨いで脚を絡めてみると、ローの長い脚にあっという間に下半身を押さえつけられた。

今の言葉を希望的に解釈するなら、ローは寝る相手を甘やかしたりするタイプじゃない。今どう見たって甘やかされてるおれは、例外ってことだ。

肘をついて両手の間にあるローの顔を思う存分眺める。ローもおれを抱きしめながら殆ど瞬きせずに見つめ返してきた。こんなに近くでこの綺麗な男を眺められるのは、この海でおれだけだ。おれが、初めて…なんて言い響きだ。

「…良い?」

返事の代わりに唇が緩やかに弧を描いた。ローの手に髪をかきあげられながら、ゆっくりと顔を近づけていく。今ばくばく鳴ってる鼓動が全部伝わってると思うと、恥ずかしすぎるけど。

薄皮が触れ合って、そしてお互いの唇の真ん中が柔らかく形を変えながらくっつく。この感触がたまらなく好きだ。暫く離さずにじっとしていると、おれの好きにさせることにしたらしいローが手持無沙汰に背中に置いた手を動かし始めた。

まずうなじが撫でられて、そのまま指が背骨の凹凸をなぞって下へと移動していく。その動きに合わせて背中が反り、肌が粟立った。

唇を離し、角度を変えて何度も口づけた。ローはそれに応えながら指をゆっくりと下へ降ろしていく。指でなぞられてるだけなのになんでこんなに気持ちいいんだろう。

快感を逃がすようにローの髪をくしゃりと掴んだその時、背中を辿る指が尾てい骨に触れた。こんなとこまでローが触れるのは初めてだ。長い指が尻の上を掠めていく感触と一緒に、電流みたいな何かが全身を駆け巡った。

「っ!あ…っ」

思わず声が漏れ出て、下半身がきゅうと締まった。やば、嘘だろ。ちょっと近付いただけでこんなんなる?一気に真っ赤になったおれを見てローが目を瞬かせ、指が離れていく。

「大丈夫か」
「だい、大丈夫」
「悪ィ。綺麗な形の背骨だと思ってたらいきすぎた」
「それは嬉しい…おれの骨あんた好みってこと?」

ローはこくんと頷いて、「嫌だったわけじゃないんだな?冷や汗は出てねェか」と気遣わしげに問いかけてきた。そんな訳ねぇだろ。慌てて首を横に振った。

「あんたにされて嫌なことなんか無いから。むしろ逆」
「逆?」
「いやその……逆なんだけど、なんつーか…おれはココが敏感とかそういうわけじゃなくて、あんた相手だからってだけで……」
「───……」
「…全部、あんたなら良かったのにとか、思っただけ………」

ああ、言わなくていい事言ってる。

言葉を続けられずにいるとおれの体を抱く腕に力がこもって、そのままローが起きあがった。ただ触られただけでなんであんな声出ちまったんだろう。そういうことばっか考えて期待してるみたいじゃねぇか。ローの膝の上で黙りこくっていると、ぽふ、と優しい手が頭に置かれた。

「……前に言ったと思うが」
「…え?」
「本当に気持ちいいことは全部教えてやる」
「──……!」
「だから、良かったんなら全部言え。急がなくてもいい…身体に負担の無い範囲で、おれはお前を良くしてェ」

目の奥がじわりと熱くなった。いつだって受け入れてくれて、どこまでも引きずり込んでくる。世界でいちばん優しくてあたたかい、おれだけの底なし沼。腕を持ち上げてローの首に回すと、柔らかく髪を梳かれた。

「……あんたがしてくれることなら、負担なんてあるわけねぇ」
「お前がそう思ってても身体は違うかもしれねェ。現におれと離れた途端、お前の脳はしまい込んでた記憶を呼び起こした。傷はまだ残ってる…だから、ゆっくりだ」
「でも、あんた相手なら絶対…」
「…あァ分かってる。全部聞いてやるから、今はとりあえず起きろ」

立ち上がったローはひっついたおれをそのまま抱き上げて、洗面所に向かって歩き始めた。決して小さくはない身体がローの片腕の上に簡単に抱えられている。確かに身長差は結構あるけど、こんな子供みたいに扱える程はない、と思う。

「…面倒くせーって思ったりしねェの?」
「はっ、おれが面倒な相手をこうやって抱き上げたりすると思うか」
「……重くねぇの」
「それが腹立つ。もっと太れ」
「食っても肉つかねぇんだもん……」

かなりの量を毎日食べていることはローも知っているので、仕方ねェな、と言いたげなため息が返された。洗面所にたどり着いた所でローの腕から飛び降りて、2人並んで顔を洗う。

「…今日の予定は?」
「午後にシーザーに呼び出されてる」
「じゃ、それまでここいる?」
「あァ」

つまり半日一緒にいれるってことだ。にやける口角をなんとか引き締めつつ、ローに貰ったゴムで髪を全部一つにまとめた。入らなかった前髪がはらはら落ちてくるのを伸びてきた手に掬われて、隣を見上げた。濡れた前髪から雫を落としながら、ローが妙に真剣な顔でこちらを見下ろしている。

「…なに?」
「お前……頭蓋骨の形が美しいな」
「……え!?美しい!?おれの骨が!?」
「声がでけェ…そんなに驚くか?言われなれてるだろ」
「あんたに言われんのとその他に言われんのとじゃ訳が違う。え、何…骨とか意識したことねェんだけど、どのへんが好み?具体的に教えて」
「全体的にだが、輪郭の作りと頭部の曲線が特に綺麗だな。そういや撫で心地も良い。手によく馴染む」

大真面目に言われて胸が歓喜で満たされる。まじか。そんな嗜好があんならもっと早く言ってくれりゃ良かったのに。おれはいそいそとローの両手を持ち上げ、その手のひらの上に顎を乗せた。顔を見上げて微笑むと、ローが息を詰めたような気配がした。

「思う存分触って。今日からこれ、あんたのための頭蓋骨だから」
「…別にお前の骨しか見えてねェわけじゃねェぞ。今たまたま目に入ったってだけで…」
「分かってるよ」

おれの全部を見てくれてるって、ちゃんと分かってる。ローは「なら良い」とだけ言って、おれの頭を真剣に観察し始めた。外科医の性分に火がついたみたいだ。目を閉じて、肌の上をなぞる指の感触を堪能する。

ずっとこんな時間が続けばいいのに。そんな願う事すら許されない思いが胸の奥に巣食う。
…考えるな、そんなこと。今、ローがおれに触れている。その事実が何よりもの奇跡なんだから。

外は相変わらずの吹雪。でも、おれの胸の中はローのおかげであったかいままだった。

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