◾︎鬼恵だけど恵那たん不在の佐久間と鬼道が喋るだけ
〜♪
「………」
なんだこの胸焼けしそうな甘い演奏は。
佐久間は鬼道の家の玄関ドアに手を触れたまま一時停止する。普段の彼は楽器を自宅では滅多に触らない。1度の譜読みと授業中数回の練習で満点合格を得られるためだ。その浮いた時間でサッカーに時間を費やしている、楽器は二の次三の次という彼が、ヴァイオリンを、しかも自由曲を弾いているなんて珍しい事だった。
しかも、選曲は──。
「変わったな」
「!佐久間、いつの間に」
「家族の人には挨拶を済ませたよ。鬼道が気づかなかっただけだ」
「……」
突然の友人の来訪には驚いたがあまり気には止めず、楽器を下ろす。鬼道はさきの佐久間の言葉に思うところがあり、ふ、と1人笑った。
「変わった、か」
「普段ならこんな甘ったるい音出さないだろ?解釈の違いでもここまで感情を乗せる事もしなかった。と言うより出来なかったって言うのが正しいか」
「そうだな。…自分でもわかる、感情が音に出る、というのはこういうことなんだな」
「…で?なんでまたヴァイオリンなんて自宅で練習してるんだ?」
「………。実栢が自宅に来るから」
なるほど。だいたい察しはついてたものの、友人の口からそんな言葉が出たことを嬉しくも思いつつ面白いと感じ内心は吹き出した。
あの鬼道が、だ。もしヴァイオリンを披露する時があったら、のかもしれない展開に備えているのだ。
「いろいろと上手くいくといいな」
再びヴァイオリンを肩にかけ、恥ずかしさを紛らわす為か練習を再開しようとする友人の背に声をかける。
参考書借りてくぞー、と言い残し。そっとドアを閉じる。先程の演奏とは違い、今度はどこか角張った安定感のない音に、抑えていた笑いが口から零れた。
恋をすると音が変わる、というのは本当らしい。