純真の黒

黒ずくめの組織が壊滅────
そう報道されて気付けば1年が過ぎていた。まだまだ謎は解明されておらず、結果から言えばこの組織はただただ目的に向かうことなく終わったのだ。ちょうど壊滅したあとから平成のホームズこと工藤新一がまた名を馳せながら事件を解決したと報道されることが増えた。アポトキシンの解毒剤を宮野志保が作り上げたのだろう。当時は恭弥と「すごいねえ」なんて話したのをふと思い出した。そしてそれから当時取引のあったバーボンはと言えば、壊滅後からはパタリと連絡が途絶えた。きっと用は済んだからだろう、そもそもバーボンにしか情報は渡していなかったので私からすればただの暇つぶしだったし、特になんの問題もなかったのだ。だからこそ任務に専念していたのだが……


「また取引をしてくれないか」

「……バーボンは消えたはずでは」

「警察庁の降谷として、だ」


これは驚いた。丁度密売人を締めていた所に来て彼は私に締められてる人間に目もくれずそう話した。掴んでいた胸ぐらをパッと離すと男がそのまま膝から落ちて、やがては地面へと吸い込まれて行った。気絶した人間は後で草壁が回収するだろう、と置いておくことにして降谷さんへと向き直すと彼はバーボンや安室透の時みたく笑顔ではなかった。どちらかと言えば少し不快そうな、そんな顔だ。


「そんな事のためにわざわざ並盛まで来たんですか」

「番号がまず繋がらなかった」

「それは貴方が何の報告もしてこなかったからですよ」

「太客だったはずなのに随分と冷たいんだな」


そこまで言われて私も顔へ不満を露わにすると降谷さんはそこで初めてくすりと笑った。その笑はまるで馬鹿にするような笑いで尚不快になる。
確かに報酬も高く、週に4回ほどの依頼をしてきていたのだから所謂太客ではあるが、それとこれとは別だろう。それに回線を切ったのは私だが、3ヶ月以上なんの連絡もなかったのだ。そんなの私にしては十分の時間であったし、切るのは当たり前の話だろう。
ましてやそれが警察の人間なのだから尚更。
しかしながら彼はそうは思わないらしい。私の下で倒れている人間に手錠を掛けながら「こいつらは俺の方でやろう」なんてまるでこれで貸一だろう、なんて言うような顔をこちらに向けてきた。「チッ」と舌打ちをひとつ打ってから自分の頭をガシガシと八つ当たりの如く動かして降谷さんの方へと向き直し口を開く。


「今迄同様に先払いで。それと並盛には足を踏み入れないで頂きたい」

「報酬の件は勿論のことだ……が、随分と冷たいな」

「国の犬は好きになれませんから」

「笑えないな」


やれやれ、といった表情で降谷さんは慣れた手つきでさっき締め上げた密売人に手錠を掛けていく。その姿は本職である警察であることを改めて認識した。これ以上何か言って公務執行妨害だなんてかまされたら笑えないのでこれ以上口を叩くのは辞めておく。過去に一度この人とやりあった時に危うく公務執行妨害で逮捕されそうになったことがあるのだ。まあ、それを止めてくれたのは降谷さん本人ではあるのだが逮捕されては恭弥に説教されてしまう。想像しただけで体がぶるりと震え上がり思わず自分の腕を摩った。


「それで依頼なんだが」


手錠を掛け誰か…と言ってもいつもの風見裕也にだろうが、連絡を終えたところで降谷さんが話を切り出してきた。恭弥からの説教を想像していたおかげで忘れかけていたが、この人がわざわざ並盛まで来ての依頼だ。きっと残党の話だろうな…と耳を傾けるとやはり残党のことで、どうやらあの名探偵くんやFBIとも合同捜査をしているらしい。それでいてまだ逃げ隠れしている残党について何か知らないか、という事だ。
この狭い土地で逃げ隠れなんていくらでも出来るが、FBIや警察が合同で居て尚も捕まらないとは残党組には拍手を送りたくなる気持ちだ。どうしたらそこまで逃げることが出来るんだ?と聞いてみたいものだ。しかし、現実的にそれは難しい話である。灰原哀が宮野志保に戻りAPTX4869の資料は全て消え失せ、彼女はただの研究員と戻ったのだからあそこのボス達が目指していたことなんて既に目指すことは不可能だ。つまりは残党組は新たな計画をしている訳だが、


「……降谷さんは匣ってご存知で?」

「1度聞いたことがあるな。ベルモットが興味を示していたよ」

「ベルモットが手に入れたのは?」

「さあ?そんなもの見たことがないが」


確かにベルモットは興味を示し、一度骸がわざと置いていったはずだ。そしてそれからはベルモットが匣を大事に持っていたはずだが。「そうですか」と答えてううん、と頭を悩ませる。ベルモットが持っていなかったということはきっと今その匣は残党組の手にある可能性がある。これは至急調べなきゃならないな、とスマホを取り出し得意のフリック入力でさささっと打ち込みメールを送信した。


「見つかり次第連絡しますよ」

「ああ、こちらでも探すがよろしく頼む」

「ではソレ、よろしくお願いしますね」


スマホを胸ポケットへとしまい込み、降谷さんに手を挙げて別れを告げると彼は「ああ」とだけ答えた。
振り返ることなく私はコツコツとヒール音を鳴らしながら歩き慣れている道とは逆の方へと歩いていく。神社の方へ戻りたいのだが、何せ後ろから誰かがついてきているのだ。誰かと言っても分かってはいるのだが、如何せん彼等警察にアジトがバレるのはよろしくない。それに彼にとって"非現実"な物の上に成り立つ私たちの場所を見られるのも気が触れる。特に恭弥が。
恭弥といえば言わずと知れた"ボンゴレファミリー"の人間だ。警察ならそれくらいの情報は持っている。だからこそ恭弥やその周りにいる私たちが目をつけられやすい。
どう撒こうか、と考えていると目の前にたった今頭で考えていた人間が「やあ」とこちらを見ていて、「珍しいね」と返すと彼は「たまたまだよ」と話した。そして視線を私の後ろへと変えて恭弥は口端を上げて口を開いた。


「久しぶりに見たよ…元気そうだね降谷零」

「…ああ、君も元気そうでよかったよ雲雀」

「堂々と名前の尾行かい?」

「君の姿が見えたから堂々と出てきたんだがな」

「そう…あの件から君の部下達が来なくなったから助かったよ」

「上から観察対象を外せと言われたんでね」


「一体上となんの取引をしたんだか」と降谷さんはわざとらしく肩を竦めてそう発言をした。想像はついているだろうに白々しい、と降谷さんを半目で見つめた。取引なんて私達はしていないのだが、ひとつ言えば壊滅の件の時にヴァリアーが手を貸したのだ。それを条件に風紀財団の観察対象を外されたのだが、そんなの彼の耳に当然入っていると思っている。彼は警察でも極秘任務に当たるような人間で且つ、上の方に居るはずだ。想像つかないわけがないだろう、と勝手に考えていたのだが……。
恭弥はといえば「さあね」と少し笑ったまま答えたがその答えに降谷さんは不快感を感じたのか眉根に皺を寄せた。そんなの普通に答えるような人間じゃないことくらい降谷さんだって分かると思うのだけれど。
食えない恭弥に降谷さんの顔はみるみるうちに険しくなっていきその様を見て恭弥はくす、と小さく笑った。


「僕達は君達の敵ではないけれど味方でもないよ」

「……君達が味方だなんて思ったことも無いよ」

「名前もきっちりと仕事をするんだ、僕達の所まで着けてこようとするのいい加減諦めたらどうだい?」

「はあー、本当に君たちは俺からすると厄介だよ。今日はもう戻るとするよ」


そう言って降谷さんはくるりと踵を返し手をひらひらとさせて来た道を戻った。「はあ」とため息をこぼすと恭弥が「彼は敵にしたくないけどね」と呟いて歩み始めた。それに倣って私も「そうだね」と返して並盛神社の方向へと足を向けて歩みを進め恭弥の横へと並んだ。