01

指定された場所へと向かい、案内された個室へと入れば変わらずそこには居た。

「どうも…財団の苗字でーす」

カラン──
氷とグラスが小さくぶつかった音と共に振り向くは浅黒い肌にキラキラと輝く金糸を、帽子で隠した男。
その男はチラリとこちらをみた後自分の横へと視線をやった。 つまり、隣に座れとのことだ。 失礼しますね、と一声掛けて隣へと座れば店員が私の目の前にバーボンを置いていった。 どうも と小さく礼を返したところで店員は静かに出て行き、静寂な空間へとなる。カバンの中へ入れていたUSBメモリとB5サイズのファイルを取り出し机の上へ晒け出した。


「バーボン、これがあなたの求めた情報です。今回はプラスで少し付け加えておきましたけど、どうします?要ります?」

「ええ、ありがとうございます。勿論頂きますよ。貴女の情報は中々の物ですからね」


作った笑顔でニコリ。あー虫唾が走る。
作った笑顔で礼した後に彼はそのUSBメモリをポケットへと入れ、机の上に置かれたファイルを手に取った。 とりあえず出されたバーボンをちびちびと飲んで時間を潰すことにする。
いつもこうだ。風紀財団は降谷零とだけ繋がっている。そして、降谷零がどこぞやの組織に居るバーボン、探偵の安室透として生きて居ることを知っている。そして情報を求めてくる際には絶対に私を指名してだ。私があまり好ましくないのを知っているくせに、この男は私をご指名。そろそろ指名料もらってもいい気がするんだけどな?
あーやだやだ。今日結構出したし次来るとしたら来週だよねえ。ですかね?と脳内会話のまま隣をみれば、丁度ファイルがパタン、と閉じられた。

「ちなみになんですけど、赤井秀一はご存知で?」

「さあ?どうでしょうね。何せ私達はFBIも警察も相性が合いませんし」

「そうか?俺は結構気に入ってるがな」

「あ、バーボンモード終了ですか?でしたら用事も終わりましたし帰ります」


バーボンモードが終わったのなら帰るべし。バーボンをグイッと飲んで、鞄をゴソゴソとしていると横から手が伸びてきてそのまま私の腕を掴んだ。 なんすか…


「君の事は調べさせてもらったよ。雲雀の犬なんだろう?」

「いぬ……」

「あれ?違ったか?以前公安からのマークされていた時の情報にはそう書いてあったんだが」


ただでさえ大きな目がきょとん、と可愛らしくまた目が大きくなった。それに反して私の目は細くなって、犬、と反復する。犬とはなんだ犬とは。私は恭弥の犬になったつもりはないぞ。寧ろ、恭弥の犬といえば草壁じゃないかよ。マークされていた時のって、今も大して変わらないと思うんだけど。結局降谷零とは繋がっているのだし。


「勘弁してくださいよ…犬って…せめて猫くらいで」

「猫とはまた面白いことを言うな。それなら、君は俺のところにもきてくれるのか?」

猫なんだし、と形の良い唇が動いた。
近い距離では、彼の香水がふわりと香る。柔らかな香りで、自分が使ったいる香水に近い香りで、少し落ち着きそうになる。しかしだな、

「巻き込まれるのは御免なので、降谷零一人になった時には是非寄りたい所ですね」

そう言うと彼は私へ向けていた顔をふい、と正面へと戻した。憂いを帯びた顔に少しだけ驚いた。

「降谷零、ねえ…どうだろうな」

「まさかバーボンと安室で生涯終えるつもりなんですか?まあそうなったら財団で骨くらい拾いますよ」

「ははっ、じゃあ拾ったら君が俺の骨を持っててくれ。無縁仏になんか間違っても入れてくれるなよ」

「……失敗した。こんな話辞めましょう。あなたくらいの人間なら簡単には死にませんよ。幻術かけた所で這い上がってくるような人間ですしね」

嫌な思い出を思い出した後に、はあ〜と溜息を吐いてから、最後のバーボンをグイッと飲み干した。氷が溶けて少し薄くなってしまったけど、それでも甘く美味しかった。

「名前、好きだ」

「その突然は辞めようよ本当に。貴方もう29だよ?私ももう25。それに、私があなたに好意抱いてないの分かりません?」

「そんなこと承知の上さ。しかし、俺は欲しいものは手に入れる主義なんでね」


再び近付いてきた整いすぎる顔に、私も抵抗することもなくそのまま受け入れた。
ぷちゅ、とわざとらしくリップ音を立てて離れていく唇に、相変わらず女を騙すのが上手い男だな、と再確認する。私はイヤだ。


「女誑し」

「結構。生憎降谷は名前にしかしないんでどうとでも」

「もしつぎバーボンや安室透で私に会う場合、次からは草壁にしますからね」

財布を取り出しお札を2枚置いて席を立つと降谷が ふふ、 と笑いを零した。今度はなんだよ、と睨むと安室やバーボンとは違う 降谷零 の笑みで私を見ていた。どくどく、と脈が早くなるのを感じながら なんですか、と呟くことが精一杯だ。


「また、次も頼むよ。俺は次も名前を指名させてもらう」

「……おやすみなさい」


扉を閉めてそのままツカツカと歩いて店を出た。やはり飲み屋の空気というものは得意ではない。なんなら、人混みとはあまり好きではない。昔に比べれば全然マシにはなったけど、それでも基本的には好きになれない。はあ、と一息つけばアルコールの匂いが少しだけ香った。わざわざバーボンを飲ませてくる辺り、ある意味独占欲なんかもあるのだろうか。以前にもライやマティーニなんかを皮肉も込めて飲んだ時はすごい顔でマスターにバーボンを、と頼み直していた。ならばと、彼の戦友だったスコッチを頼んだ時にも同じようにバーボンに変えられた。カクテルだろうが、らなんだろうが彼の前ではバーボン以外はNGらしい。それに加えての言葉。自意識過剰かもしれないがあれは、どう見ても独占欲。

信号を越えてすぐに横へ黒い車が横付けされた。扉を開けて中へと入れば、珍しく先客が居て、先客の恭弥が おかえり、とこちらを見て言った。 ただいま 、と返して隣へと座れば運転席で運転を始める草壁もが、おかえりなさい 、と声を掛けてくれた。


「まさか恭弥が先に居るなんてねえ」

「少し用事があったからね」

「ふーん」


恭弥は疲れていたのかそのまま目を瞑ってしまい、私も窓の外を眺めながら降谷零について考えていた。
彼の覗ける範囲でのデータはとても悲しいものだった。友人達を亡くし、組織へと入る為に安室透へとなり、バーボンへとなり。日本を守るために生きている。本当にこの表現が今は1番しっくりとくる
。あの時、降谷に戻ったらなんて言ったが、本気で捉えていないだろうか。それに、彼の幸せの中に私を入れるなんてことすれば、マイナスでしかないのに。


「降谷零は幸せになろうとか考えないのかな……」

「なる上で名前が欲しいんだろ?」

「だとしたら彼は変わり者だ」


不思議な人だ、と改めて感じた。