砂糖菓子より甘い月夜





「安室さんって本名じゃないでしょ」

「...どうしてだい?」


コトリ、と置かれたお茶は綺麗な深緑で透き通っている。綺麗だなあ、なんて考えつつも「なんとなく」と口を開いた。
その回答はどうせ否定に決まっている。しかし彼は"安室透"ではない。私の直感がそう言っていた。
出会って2年。私だってバカな女ではない。彼が何か危ないことと隣合わせであることも、私を遠ざけたがっていることも何となく知ってる。そして沖矢さんやコナンくんに関しても遠ざけたがっている。それに一番は、風見と呼ばれる男の人が "ふる" と彼に言葉をかけそうになったのを私の脳は何より覚えていた。"ふる"なんて安室透の中には無いし、彼は "ゼロ" の単語にも反応を僅かに見せる。つまりは私が好きで好きでたまらない"安室透"は偽りの可能性が高いのだ。それについて私は少しだけ虚無感が生まれた。問うても意味の無い言葉にほとほと嫌気がさす。


「安室透は僕しかいない」

「分かってるよそんなこと」

「じゃあ何故僕が安室透じゃないと?」


少し垂れた眼の中には虚無感を覚えた虚ろな私が写り込む。私はこの人が好きなのに、愛しているのに、彼は本当の姿を見せてはくれない。その事実に場に合わずへらり、と笑うしかできなかった。


「安室さん大好きだよ」

「ええ、僕もですよ」

「でも、いつか消えてしまう安室さんを好きでいるのは辛い」

「......」

「お別れですね」


ぽたぽた、とテーブルの上に置いておいたスマホに水滴が落ちて、一つ二つと水滴が増えていく。その様はまるで雨だ、とでも言おうか。...なんて、本当はただただ言いたくなかった言葉を自らが吐いて自らが泣いているだけだ。なんて有様だろう。自分が情けなくなってきて思わず両袖で目を覆う。メイクなんて気にもせず止まることを知らない様に出る涙をこれ以上零したくなくて袖を目に押し付け、顔を隠した。


「名前」

「......」


立ち上がる音が目の前からしたと思えば、横で布が擦れる音がした。その後には私の頭を柔らかく抱く様に、暖かな体温に包まれた。


「君は、俺へ執着している。それは理解しているよ」

「......」

「だからこそ、俺も君に執着しているのかもな」

「......お、れ?」

「こっち向いて」


おそるおそる袖を目から離すと少しだけ滲んだメイクが付着していた。でも、安室さんが呼んだから、やっぱり大好きな人の言葉には従ってしまうもので、そのままぐちゃぐちゃであろう顔のまま安室さんの顔へと向けた。


「君は離れたくないんだろう?"安室透"に依存していた」

「...」

「その依存を安室透ではなくて"降谷零"にしてくれないか?」

「ふるや、れい......」


ふるやれい、その名前を復唱したところで目頭がまた熱くなり、涙腺が緩んでしまった。「俺の本当の名前だよ」と言われてはますます涙は止まらない。袖で拭おうとするが、その前に安室さんが、...降谷さんが自身の袖で私の涙を拭き取ってくれる。


「騙していた訳では無い。だけど、俺は名前を護りたかったんだ」

「......安室さんは、降谷さんのひとつだよね、全部嘘ではないよね、」

「勿論、名前との付き合いに嘘はひとつもないよ。俺は名前に依存すらしているさ」


その言葉だけで十分幸せだ。
自ら腕を広げて降谷さんを抱きしめると、優しく背中に腕が回された。なんと幸せだろうか。執着心と依存心がゆるゆると侵食していく。私は彼が居なければ、息すら出来なくなる。彼もそう思ってくれるのだろうか、それについてはまた、聞けばいい。ただ、彼が私の腕からするりと勝手に離れて行かなければいい。それだけで私は十分に幸せだ。
人はまだ若いから仕方ないと言うけれど、若かろうとなんだろうと、私自身はきっと降谷さんに対しては変わらないだろうと思う。
キュ、と回された腕に力が込められた。


「俺を依存させたんだ、責任取って」

「...降谷さんも責任取って」

「いつか、君も降谷になる。だから名前で呼んで」

「え、あ、え?」

「零くん、でいいよ」

「れ、零、くん......」