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安室透、と名乗る男に迫られるのは意外と苦痛である。
それが冗談か本気なのか全くわからないのが一番の問題である……しかし本人に問えば「本気ですよ」と笑いながら返してくるので、こちらは本気として捉えることは出来ないでいるのだ。


「…また待っててくれたんですか」

「勿論ですよ。変な輩がつくと困るので」


変な輩って一番は貴方のことだろ、と突っ込みたくなる。
どうして私が安室さんにこうも寄ってくるのか、それは謎であるが本来はただの店員と客の関係だった。
梓ちゃんから新しく人が入るよ、と聞かされて行ってから話すようになって、それからたまに外でばったり会うようになったのが始まり。そこからは普通に仲良くなって1度だけ一緒に飲みに行ったのだ。そこで彼から「名前さんのこと好きですよ」なんてサラッと言われたのだ。自然にサラッと言う安室さんはとてもとてもイケメンである。くらっとしたのは、お酒のせいではなく安室さんに酔ったのだろう、と自分では思っている。
そしてそんな安室さんと知り合って約3ヶ月、彼はこうして週に2回ほど会社までお迎えに来てくれるのだ。どうして私の職場を知っているのだろうか、それを問うた時にもサラッと「好きな人のことくらい知ってますよ」なんて簡単に言ってくれたのだ。探偵をしているだけあって凄いな、とポジティブに考えて今も普通に過ごしている。


「何ボーッとしてるんですか、ほら乗ってください」

「え、ああ、はい」


助手席のドアを開けて待っていてくれた彼に「ありがとうございます」と伝えてから遠慮なく乗らしてもらう。最初は断っていたのだけれど、もう毎週のことなので慣れっこになってしまった。それもそれでどうなのか、と思うが私は甘えて送ってもらうのだ。
パタンと閉まったドアをじっと見つめているとあることに気付いた。


「ドア、新しくなりました?」

「ああ、少し前に事故に巻き込まれてしまいまして」

「それは大変でしたね……」

「ええ、まさか僕が巻き込まれるとは思いませんでしたよ」


はは、と眉を下げて笑う安室さんはどこにも怪我した様子がないことから少しだけ安堵する。好きだからとかでなく、ただ知人が事故で怪我したりするのは見たくないだけなのだ。……といっても知人と呼ぶべきなのかは分からないが、友人程親しい訳でもないし、恋人でもないし……なんだか安室さんとの関係は不思議な関係だな、と私も笑い返した。
車は会社から離れていき、いつもならこのまま自宅へと送ってくれるはずなのだが、珍しくウインカーを出し曲がった先からは、見慣れた帰り道の景色ではなく「どこへ?」と聞けば「秘密です」との返答をされてしまう。車内では綺麗なクラシックの音が流れているが、どこへ向かっているかわからない今はそんな優雅な気持ちにはなれない。しかし今無理に降りても危ないし、何より変なことはされないだろう、と考える。ただ、突然連れていかれているので吃驚しているだけ。膝に置いてた自らの手をキュッと握り窓の景色を眺めることに集中した。
東都タワーが近くなってきたのでどうやら繁華街の方へと向かっているようだ。繁華街は中々行く暇がないのでもし今連れて行って貰えるとしたら大喜びをするだろう。働き詰めの1週間だった分買い物してストレス発散をしたい。
と言ってもそれは明日にしたいところだ。


「名前さん明日お休みでしたよね」

「え?あ、そうです」

「ふふ、それならお酒飲んでも問題ありませんね」

「飲みに行くんですか?」

「それは秘密です」


また秘密か、と半目で安室さんを見つめても彼は素敵な笑顔で「可愛いですね」なんてからかって躱した。その言葉に恥ずかしくなって私はシートへともたれ掛かり目を瞑り「着いたら起こしてください」と伝えてから目を閉じた。どうせ後10分もしないうちに着くだろうけど、恥ずかしいしイケメンと同じ空間というのは少しドキドキとしてしまうのだ。何ヶ月経とうと慣れることは無いと思う。目を瞑って瞼に映るのは今日の仕事についてだった。何だこの悲しいやつ……。


「目を瞑るの辞めたんですか」

「……瞑っても今日の仕事についてのことしか出てこなくて」

「そこに僕が出てきたら一番いいんですけどね」

「もー安室さんすぐ揶揄う!」

「一体僕はいつ報われるんですか」


「そろそろ着きますよ」と言われて前を見るとホテルの地下駐車場へと入っていく。「え?」と声を出しても安室さんは黙って車を駐車させていく。
ホテルだなんて聞いてないぞ、今日勝負下着でもなんでもないのに?と思わず自分の胸当たりをギュッと掴むと駐車をし終えた安室さんに「はははっ」と声を出して笑われてしまった。


「大丈夫ですよ、ただ名前さんと食事がしたかっただけです」

「そ、そうでしたか……」

「それとも…部屋取りましょうか?」

「違いますから!違います!」


慌てて否定する私に安室さんはくつくつと喉を鳴らして笑いながら、シートベルトを外したのでそれに倣って私もシートベルトを外すと締め付けられていた感覚から解放され、手を前へと伸ばすと少しスッキリとした。すると、先に降りていた安室さんが扉を開けてくれ、手を伸ばしてきた。その浅黒い手に自分の手を乗せるとギュッと握られその行為に少しだけドキッ、と心臓が跳ねる。


「僕とお食事していただけますか?」

「え、も、勿論です」


まるで付き合ってください、みたいな言い方だ。本当にこの人は王子様のように完璧である。王子様のようではなく王子様以上だろう……料理もできて気配りもできてとても優しい。それに金髪碧目。そんな人が私を好きになるわけがないのだ。だからこそ、この人の揶揄いにはやられてしまう。好きになってもいいことは無いのだから。
握られたままの手にドキドキと心臓は鳴るが、それを知らんぷりして安室さんの隣を歩いた。