「人を殺してはいけない」
特にどんな心持ちも見出せない声音で言い渡されて、ひとつ疑問が浮かび上がる。じゃあいきなり人を捩じ伏せて腕を片方捻りあげるのはいいのか?至極真っ当な疑問だと思う。この場面で出てくるのは至極至極当然。ついさっき、実に不可解な12年ぶりの再会を果たしたばかりのお兄ちゃんに、いきなり捩じ伏せられて腕を片方捻りあげられているこの状況では。
「人を殺してはいけない」
もう一度、幾らか辛抱強く言い聞かせるような色を滲ませてお兄ちゃんが言う。ここで新たな疑問が浮かぶ。これもまた至極至極真っ当な疑問だと思う。なぜ?「人を殺してはいけない」なぜ?この疑問に対する解答はこれからお送りする回想シーンの中に出てくるよ、見逃さないでね、たとえ捻りあげられた腕の関節が今にも折れそうって局面だとしてもね。
ところで、これは回想シーンの導入の小話なんだけど、赤ん坊が訳のわからないタイミングで泣き出すのってどうしてだと思う?たぶん、この世のルールをまだ十分に理解しきってないからだと思う。お腹が空くのは前回食事摂取から十分に間が空いたからだとか、空は基本的に青いものなので己の一存でピンクとかビリジアンに変えることはできないとか、催すのは小腸が取り零すか見逃すかした水分が膀胱の臨界に達したからだとかさ。そういうのって当たり前だけど、それは我々がいい歳こいた人類であるからで赤ん坊さんサイドにしてみれば知らねー聞いてねー、ってもんだろう。はじめて触るゲーム筺体のはじめてプレイするソフトの説明書を広げる前から相手のターンがはじまっているようなもん。赤ん坊さんサイドに5000のダメージ!っていや知らねー。理不尽だ不条理だ。その怒りを表すためのコマンド入力方法だって、まだこれから説明書読んで理解するところなのに。それで赤ん坊は訳のわからないタイミングで泣く。この世で最も純粋なルサンチマンを抱えて泣く。
「朝ごはんも食べないでどこ行ってたんだ。ラジオ体操か?」
オギャアアア。そういう気持ち。今の俺、そういう気持ち。“ザ・復讐”ラインナップの詰め込まれたレンタルバッグを抱えたまま、開きっぱなしのダイニングのドアの前にしゃがみ込み、俺はルサンチマンの雄叫び(赤ん坊ver.)をあげた。心の中だけでね。視線の先にはピアノ線が、ぶっつり切れて床にのたくっている。これは本来なら、引っかかった不法侵入者にごくごく小さな銃弾を発射して、俺がズボンを履くくらいの時間を稼いでくれるはずだったトラップのトリガーだ。
「そんなところに座り込むな。尻が汚れるぞ」
実際にはそこに立って俺の尻の汚れ具合を心配しているお兄ちゃんに取ってもらって、ようやくズボンを履いたわけだけど。ていうか未だにそれだけだし。上半身裸だし。ていうかお兄ちゃん居るし。やっぱり居るし。普通に居るし。もうなんていうかオギャアアア。
お兄ちゃんがそこに居るのが現実、である以上、お兄ちゃんのことで解決しなければならない問題はたくさんあるのだ。たくさんある。ありすぎてもう全然よくわからない。ひとつひとつ羅列するなら12年前の素晴らしい朝なにもかもを台無しにしたこの弟に今更どういうつもりで会いにきたのかとか、12年間どのような暮らしを送っていたらトラップの仕掛けられた暗殺者の住居に音もなく侵入するという偉業をこともなげにこなすようになるのかとか、そうして偉業を達成した先でベーコンエッグを焼くようなメンタルは精神医学的に何を示しているのかなんの暗喩的行動であるのかとか。たくさんあるけれども目下一番の大問題はお兄ちゃんがそこに居ること、それ自体だ。オギ…。もう雄叫びをあげる気力もなく、代わりにため息を吐いた。
「お兄ちゃん、これ…」
ピアノ線から顔をあげると、お兄ちゃんは未だに俺のエプロンを着ていた。オギャアアアもうオギャアアア。そしてお兄ちゃんは俺の内なるルサンチマンなど察しもせず、ちょっと申し訳そうな顔なんか作りやがりおる。
「あ。壊してすまなかった」
ヘーエ!しおらしいことですこと!俺は大人のルールに則ったイヤミを咆哮する。心の中だけでね。じとりと訴えた千切れたピアノ線の先には、トラップの本体だったもの。今は丁寧に緻密に徹底的に破壊分解されつくされて奥ゆかしい小山を作っている。どう考えても、たとえば天涯孤独の少年らしく孤児院でぬくぬく真っ当に育ったとして身につく解体技術じゃない。お里が知れるわね!てなもんである。そしてお兄ちゃんのその一応悪びれた様子が、悪びれてはいるんだけど、“ザ・復讐”的目論見がバレたことによる悪びれ具合ではない、純粋に人の持ち物を壊してしまったことただそれだけに悪びれているようなその態度が、俺の胃の裏側らへんをぞわぞわゾワゾワさせた。
「大事だったか?きちんと解体したから、組み直せば直せるかもしれない。でも、そんなものが家の中にあったらくつろげないだろう?」
うーっうーっぅぅ…!あまりにもあっけらかんと言い放たれた恐ろしく的外れなコメントに、俺はもはやルサンチマンの威厳のカケラもない情けない喚き声をあげ泣き狂いたい気持ちをなんとか押さえ込む。くつろげないって…!?…誰目線でものを言ってるんだ、家主の俺的にはそれこそ安心してくつろぐためのものである。お兄ちゃんてもしかして馬鹿…?だったっけ?覚えてないよく覚えてないや。俺が12歳の頃お兄ちゃんは16歳だったもの、確か。12歳に16歳の頭の中身なんぞそうそう推し量れるものではない、今だって…くつろげないって!!誰が!どう!
いけない。このままこの、お兄ちゃんのルール法則の蔓延する世界にいてはいけない気がする。ザ・復讐を果たしに来たんだかマジでベーコンエッグ焼きに来ただけなんだか知らないけれど構ってられない、精神衛生上の都合で戦略的撤退、なんとか俺の常識的世界に舞い戻って、かくしゃくとした頭で、健やかな心でそれからお兄ちゃん問題に立ち向かわなくては。一度、そう一度、無理矢理にでも日常へ戻らなくては。俺の日常へ。
「いつまでもそんなところに座ってないで朝ごはん食べなさい」
「お兄ちゃん、あのね」
「聞いたことないのか?朝ごはんは金、昼ごはんは銀、晩ごはんは**」
「お兄ちゃん!!」
「なんだ急に大声出して。びっくりする」
びっくりするだけかよこの朝ごはん原理主義者は。俺は大声で呼びかけたわりにはお兄ちゃんをスルーしてムックと立ち上がり、ダイニングをも通り過ぎてベッドにレンタルバッグを投げた。片目野郎のぎゃーぎゃー文句を言う姿が一瞬脳裏に浮かんだが冷静に無視。よしよしいいぞ。冷静に、冷静に。椅子のところにかろうじて引っかかっていたシャツを被り、上着を着る。お兄ちゃんに取ってもらうまでもない。
「また出かけるのか?朝ごはんも食べないで」
だからその執拗な朝ごはん推しよ。
「うん。仕事に行ってくるよ」
「仕事?」
「うん。お兄ちゃん来るってわかってたら*お休み申請したんだけど*」
よしよし軽口も叩けるようになってきた俺・フリーエージェントの殺し屋さん。非日常的再会に動揺しまくって数年かかっても頭が回りそうにないのなら、無理矢理にでも日常という住み慣れた水にいたいけな脳みそを戻しておーよしよししてあげるしかない。俺の日常といえば平均的社会人と同じく仕事である。仕事といえば人殺し。12歳の頃から、手に職といえばそれだけなんだもの。お里が知れるわね!
「人を殺してはいけない」
ぽつりと、本当にぽつりと呟かれて、俺はなぜだか自然に振り返ってしまった。お兄ちゃんは変わらずダイニングに突っ立っていて、変わらず俺のエプロンを着ている。そして変わらず、何考えてんだかわからないぬぼーっとした表情。…なんだ、お兄ちゃん俺の仕事知ってんの?とか、ということはここに来る前にある程度下調べしてきたんだなとか、じゃあやっぱり何か目的があるんだとか。仕事という日常を前にしてようやく回り始めた脳みそが、ようやくそういう打算的なことを考え始めてくれる。
「知ってるよ。だから俺がやってるんだよ。みんなやりたがらないからさ、仕事になるんだよ」
はい、ここで冒頭の問いの解答。正直忘れかけてたでしょ?見逃さないでって言ったよね?「人を殺してはいけない」なぜ?その解答は「殺し屋さんの仕事がなくなってしまうから」。人を殺してはいけないって言葉には、ある種の神秘性と忌避性が奇跡的なバランスで同居している。人なんか簡単に殺せちゃうんだ、すごいね、かっこいいね、って神秘性と、弱いからすぐ殺しちまうんだよぉ(人殺しなんてサイテー人でなしこの畜生以下!)っていう忌避性。それがなくなっちゃったら俺が食べてけなくなっちゃうからね。だから「人を殺してはいけない」なんて道徳が蔓延しているのだ。神様は人殺しにも遍く平等だ。
なんてことをぼんやり考えた。確かにぼんやりした頭だったけどさ、それでもほんの一瞬だったと思う。ほんの一瞬のあいだにダイニングにいたはずのお兄ちゃんは気配もなく目の前に立っていて、がくんと足場がなくなる心地がして、そして冒頭に戻る。
マジでやばいマジでぬかったマジで「わたしったら迂闊!」ってな状況。どう考えてもまっとうに孤児院でぬくぬく以下略な手際の良さで捩じ伏せられて俺はもがこうにももがけない。俺のアゴはお兄ちゃんの立てた膝に乗っていて、俺のケツあたりはお兄ちゃんの伏せた膝に情け容赦なく下敷きにされている。つまりギリギリまで海老反りな状態で、もがいたってどうなるはずもない。オマケに捻り上げられた左腕がポキだかゴキだかの不穏な音をランダムに立て始めている。やばい。チラリとベッドの上に視線を馳せると、かろうじて青いレンタルバッグが見える。あの中の一つでも店で観てから戻って来るべきだった。そしたらこの展開読めたかもしれないのに。やっぱりお兄ちゃんは。12年前のあの素晴らしい、俺がなにもかも台無しにした朝。やっぱりお兄ちゃんは。左の鼻腔に染み付いた匂い、その帳尻合わせ。ふりかかった災難の帳尻合わせ。左腕がまたポキと、小気味よい音を立てた。痛え。
「…っ」
「申し訳ないが言うことを聞かせるにはこの方法が確実なんだ。『人を殺してはいけない』。約束できるだろう。『人を殺すな』。わかったら返事をするんだ。返事は『イエス』だ」
人の腕を折りかけるのはいいの?と軽口叩くには、お兄ちゃんの口ぶりがやけに流暢で事務的すぎる。胃の裏のザワザワがまた蘇ってきた。さっき、お兄ちゃんのある意味無垢な悪びれがもたらしたようなザワザワが。
「『人を殺すな』。それが仕事なら行くな。わかったら『イエス』と言うんだぞ」
カチ、と音に、それどころじゃないやいと必死に音の正体を探る。銃のなんらかの動作音にしては軽すぎる。抜くときに音がするようなナイフはなまくらだ。反った顔で必死に仰ぎ見たお兄ちゃんは、腕時計から飛び出した小さな引き出しから何か取り出すところだった。素敵な日差しを受けてきらりと輝く。なに?
針?
その瞬間すべて悟った。相変わらず理解はできないけど。お兄ちゃんは「人を殺してはいけない」と言う。だからお兄ちゃんが俺を殺すいわれはないのだ。だからだからお兄ちゃんは、単に、純粋に、俺に言うことを聞かせようとしているだけだ。手っ取り早く。
お兄ちゃんは捻り上げた俺の左手から薬指を選んで、あとの指はガッチリと握り込んだ。ピンと伸ばされた薬指はピクリともしない。そしてその爪と肉のあいだに、手馴れすぎた手つきで針をあてがう。
「申し訳ないが言うことを聞かせるにはこれがいちばんいいんだ。『人を殺すな』わかったら『イエス』と言うんだぞ」
「ちょっと…待っ…!!」
再三事務的すぎる口上を述べたお兄ちゃんはためらいもしなかった。瞬間、薬指の先で激痛が大爆発を起こす。矢継ぎ早に骨がショートし焼け焦げた導線となって爆ぜていくような凄まじい痛みが蔓延し、俺は肺の付け根あたりで息を詰まらせた。どっと、冷や汗と脂汗の混合物が噴き出し、体温を奪って全身の皮膚を痺れさせる。左腕が指先から肘のあたりまで痛みという概念に変わりはてる。詰まった息が容赦なく肺をえぐる。俺は全身痙攣らせぎこちなく暴れ、それをお兄ちゃんの膝が周到におさえこんだ。痛い通り越して苦しい。お兄ちゃんは刺繍針の記念すべき最初のひと刺しでも完成間近のひと刺しでもない、特に慎重になる必要もない手馴れた途中経過のひと刺しを刺すかのように、相変わらずの表情で俺の爪と肉のあいだに針を押し込む。なんでもないことかのように。手馴れた日常だとでも言うように。この拷問めいた行為が。
どうして。
拷問て。
どうしてお兄ちゃん、どうしちゃったの。
拷問はダメでしょ人として。
いや人殺しもダメだけど人として。
「『イエス』と言うんだ。人を殺しになんていかないって。約束するんだ」
「あッ…がッ……ッッ!!」
「申し訳ないが『イエス』以外じゃあ約束したことにならない。ちゃんと言え。誓え」
「…ぇす、いぇすイエス!!!」
詰まりまくった息の狭間にようやく声をねじ込むと、刺した時と同じように、お兄ちゃんは速やかに手も膝も離した。その瞬間蹴り上げた俺の靴底がお兄ちゃんの顎にクリーンヒット!!俺が頑張れたのはそこまでで、あとは左手を庇いつつコロコロベットの脚にぶつかるまで転がって距離を取る。痛い痛い痛いマジで痛い。
「いッ……ぐぁぁ…ッ」
マジで、こんな声しか出ない。そりゃそうだ針を抜かれたからってハイそうですかって痛みがなくなるわけもないんだもの。涙だか汗だかヨダレだかわかんないものでぼやけた視界で薬指をようやく確認すると、爪の向こうド真ん中にごく細い赤い線が走っていた。でもそれも、せいぜい5ミリ程度だ。5ミリぽっちで、この威力。まともに息もできない。さすが拷問のキングオブ王道。
「平気か?大丈夫か?」
心底心配してる声がして、床にコロコロしたままハッとした。お兄ちゃん。お兄ちゃんはなんとか立ち上がろうとして、フラフラ座り込む、というタスクを愚直に繰り返している。よっぽど顎キックが効いたらしい。でも絶対俺の痛みの百分の一も無いよね、と思ったらブワッと怒りがこみ上げてきた。
「自分が痛めつけた相手にそーいうことフツー聞く?。どんだけいい性格してんのお兄ちゃん。飴と鞭にしたってもっとやりようあるでしょ」
「痛めつけるというよりは…言うことを聞かせようと思っただけで」
「拷問でしょ!?それ拷問!!殺すのはダメなのに拷問はいいのかよ!!!!理屈ガバガバかよ!!!!」
俺がきゃんきゃんい騒いだところでお兄ちゃんは前へフラフラ後ろへフラフラしているだけだ。聞いているのかいないのか。俺の中で急速に沸騰するものがこみ上げてくる。
はっきりさせとこう。
お兄ちゃんはどうかしている。
お兄ちゃんが言っていること、すべて本気で言ってるんだとしたら、お兄ちゃんはどうかしている。
「人を殺してはいけない」といいながら人を痛めつけるその行動は、暗にこう主張している「殺さなきゃ何したっていい」。そのゾッとするような主義主張はお兄ちゃんがここまでチラチラ覗かせてきた道徳の教科書じみた言動と見事に相反している、だからお兄ちゃんはどうかしている。どうかしている。もしかすると頭が。だとしたら12年ぶりの再会に弟の家へ忍び込む行動にもベーコンエッグを焼く精神医学的暗喩にも説明がつく。
お兄ちゃんはフラフラしながらまた座り込みかけて、やっと手をついて身体を支えるのに成功した。眠気を振り払おうとする人のように、ゆるゆると首を振っている。
「俺は…いいんだ。俺はいいんだ、こういうことやったって…」
「…なんでよ」
「だって俺はもう、ずっと、長い間、こういうことをやってきたから」
ほら出たよルサンチマンも弾け飛ぶ的はずれ回答*、とは、今度は軽口で流せなかった。心の中だけでも。言外に消え入った言葉を俺の耳は簡単に聞き留め、簡単に意味を理解し、恐らく再会してからこれまでのお兄ちゃんの言動の中ではじめて簡単にすんなりと理解し、なぜ今回に限ってそれが出来たかと考えたときに、今度こそ本物のルサンチマンに飲まれたからだ。怒りとも惨めさともつかないただただ沸騰するものに飲まれ、俺は爆発した。
「だったら、俺だってそうだよ!!俺だってもうずっと、ずっとずっとずっと長い間殺してきたんだよ!!だから俺は殺していいんだ!!今更、だから俺だけは殺したってかまわないんだ!!!ずっとそうしてきたしそれを選んだのは自分だからだ!!!!」
「ちがう、ちがう…選べるわけがない」
「なにが!!!」
「12歳の子供が。選べるわけがない」
もう限界だ。
未だ呆れるような激痛を訴える薬指を無視し、俺は立ち上がって逃げ出した。再び外へ。素晴らしい日差しの中へ。仕事をするために。お兄ちゃんが俺の爪を剥ぎ取りかけてまでさせようとした約束を破るために。もうずっとずっとずっと長い間殺してきた。今更やめたって清算できないほどに。今更やめたって同じだ。もうずっとずっとずっと長い間殺してきた俺だけは。だから俺だけはこれからも殺してもいい。なにも変わらない。この生き方の清算をするときがいつか来るとして、もうこれ以上悪くなりようがないからだ。「今更」。そしてこの生き方を選んだのは、12歳の頃の俺自身だ。12歳の頃、俺が自分で選んだからだ。少なくとも俺は、自分で選んだ。ネコを救いたいと思ったときに。アバズレ女の銃を見たときに。
(お兄ちゃんこそ選べるわけがないだろ。お兄ちゃんこそ)
あの素晴らしい朝、二つの死体の折り重なった部屋になんの謂れもなく残されたのはお兄ちゃんのほうだろ。だから俺はお兄ちゃんに復讐されるものだと、そう思ったのに。
歩く振動すらくまなく拾って、左手の薬指に入った赤い線は本当に呆れかえるほど痛んだ。無視する。よしよしいいぞ。無視したって問題ない。右手だけでも、片手だけでも人を殺すことはできるのだ。