なんで死体が二つ?という問いに、はじめパードレはただ肩を竦めただけだった。同じように頭を弾けさせた死体が二つ、ダイニングの床に仲良く折り重なっている。たぶんだけれど(だって頭弾けてるから)、そのうち一つは正真正銘見も知らない男の死体で、もう一つはバカなあんちくしょうの死体だ。たぶんだけれど。
バカなあんちくしょうと言えば、@年増で性悪でラリッたアバズレ女に入れ込み、A一応(産毛の先程度なら)所属していると言ってもいい「そういう組織」からヤクと銃を金を持ち出し、Bアバズレ女に「貸してあげた」、恥ずかしげもあられもないバカなあんちくしょうのことだ。そのうえCなぜか銃はそれこそ見も知らぬガキボーイの手に渡りD女を撃って逃走中、という、やはりバカを起点にしてしまうと展開もここまでバカバカしくなるんだなあ、としみじみさせてくれるようなバカなあんちくしょうでもある、ちくしょう。さすがにしみじみしきって終わりにするほど器の大きくなかった(つまり標準的なサイズ)俺が、「とりあえず自分の尻をぬぐっておいで」とバカを蹴り出したのが昨夜。念のため*み砕いて言うと「尻をぬぐう」とは「銃を取り返してこい」くらいの意味合いだった。間違っても「命をもって償え」とかそういう意味じゃあなかった。命に価値がないとは言わないが、キャビアの品評会にダイヤモンドを出したって仕方がない。そんなことは言わずともわかると思ってたし、さすがにこんなことくらいやり遂げると思ってた。いかにバカなあんちくしょうと言えども。ちくしょう。そしてこのもう一つお揃いの死体、いやいや、誰?いろいろ考えてみようとはしたけど寝起きなので全然頭が回んない。端的に言うと意味不明。
「なんで死体が二つ?」
再び同じ問いを繰り返すと、壁際で部外者のポーズをとっていたパードレ(長い黒い髪をひっつめた怖いお兄さん)はようやく口を開いた。
「ソッチがてめえんとこのバカ。でソッチがこの家の父親だろ。ビビったんだかなんだか知らねえけど、まずそのバカが父親を撃った。それでガキに気付かれて撃たれた。そんなとこかな。ガキはいねーし、後ろから撃たれてるし。…ガキより我慢がきかねえたあ大した早漏だな」
パードレは俺よりはバカおよび早漏の行動原理に理解があるようだった。
「…なんでそーなるんだ。銃を取り返すだけだぞこんくらいの!ガキから」
「ホントだよなんでこんな血生臭えとこ連れてくんだよ今日白い服なんだぞ」
知らねーよ。こんくらいの!(しゃがんだ俺の目線くらいの!)っていうのは憶測だったけど、見てもいねー。頭を上げていることすら億劫になってうなだれると、バカ(か、もう一人の男)から飛び散った肉片と目が合う。バカほど早く死ぬって本当だなあ、それにしたってもうちょっと役に立てないもんかね、バカらしくバカなりに。
「ビンボーなんだかそうじゃないんだかわかんねえ家だな」
うなだれている俺を尻目に、パードレはダイニングを無遠慮に眺めまわしていた。部外者ヅラで壁際から離れようともせず、部屋に死体が二つもあるにもかかわらず自分の服の心配だけをしているこの怖いお兄さんは、通称が自称でパードレだ。おそらく彼が幾つもの娼館を取り仕切っていて、そこの女たちにパパ、パパって呼ばれているから、というのが理由なんだろうけど、それって結構気が狂ってるネーミングだと思わない?誰が呼び始めたんだか知らないけどさ。兎にも角にもそこまで年齢が離れているわけじゃない男を実質パパと呼ぶなんてなんだかぞっとするんだけど、残念ながら俺は彼の本名を知らない。調べるの後回しにしてるだけだけど。
ともあれ「なんで連れてくるんだ」とは心外だ。俺としてはこっちのセリフだし「なんで連れてくるんだ面倒くさい」まで言ってやったっていい気持ち。二人が二人とも「ソッチについて来ただけなのに、俺は関係ないのに」と思っている。こんなことって、いやまあ結構あるよね、都合が悪いとなおさら。俺たちの息がかかったアバズレが一人死んだところでどうということはない。バカも左に同じ。けれど、この家のお父様が生前なにをしてらっしゃったかはどうであれ俺たちの吐息の範疇外にいたのは明らかで、辿れば簡単にそこに行きつく俺たちの銃がガキと共に行方不明となると話は別だ。ここは一度責任の所在をはっきりさせとく必要がある、と俺が考えたのも至極当然なことだと思わない?すなわち、「誰が二人殺した銃を足がつく前にガキボーイから取り戻すのか?」。すなわち「誰がなんかよくわからないすべての責任を取らなきゃならないのか?」。
「そもそもアンタが買った女が元凶じゃん」
「もう俺の物じゃあない。見てただろ?売った。まだ契約書は渡してないけど」
パードレには間髪入れずに、眉一つ動かさずに切り返されてしまった。そう、そうなんだけど。正確には、使い込んだ金とヤクのツケにアバズレ女が売り飛ばされるのを、彼女の小さな息子が阻んだ。“ママ”だからという理由だけで。パードレはそれを赦した、小さな彼の目玉一つと引き換えに。パードレが小さな彼の目玉を綺麗に抉り出すのを俺は、もうやだ悪魔みたい、と思いながら見ていた。罵ってるわけじゃあなくて、なんつーかファンタジーだよね。子供の目玉を欲しがるのはいつだって悪魔だ。目玉一つと引き換えに小さな子供の願いを叶えてあげるのはいつだって悪魔。小さな子供の目玉を取り上げるのは悪魔の所業かもしれないが、金銭的な損得だけで言えばパードレのしたことはほとんど慈善事業と言っていい。そう、そうなんだけど。
「つーかお前んとこのバカがバカだからだろうが」
ほら。それを言われちゃあもうなんにも言えなくなっちゃうよ俺は。俺だってまだびっくりしてるんだからバカなあんちくしょうのバカさ加減に。そうなんだけど、ぶっちゃけこのままでは「バカの尻拭いの尻拭い」を俺がする羽目になりそうなので、食い下がりたい。だってやだやだ、相手はガキだよ?やだやだやだ面倒くさい。何考えてるかわかんないもん。しかも二人殺して逃げおおせるガキとか、もう絶対規格外に面倒くさいガキじゃん、やだやだやだ。それこそ悪魔がお相手仕ればいいじゃんと思うんだけどまあそんなことは口には出さない。けど、俺はまだまだ食い下がる。
「そもそもそのときにさ、銃もちゃんと取り上げとけばよかったのに、忘れてんじゃん」
「そりゃお前もだろ」
うぐう。
「…あのアバズレ、アンタのところで働いてたこともあんだろ。そのときからいろいろ悪い子ちゃんだったって話じゃない?アンタが責任もって躾といてくれたらあのアバズレにまつわるすべての悪いことはこの世に存在しなかったかも、だよ?」
追い詰められて禁断のそもそも論に手を出してしまった。そんなこと言い始めたらあのアバズレがそもそも存在しなきゃ済んだ話だからな。
壁際のサイドボードを物色していたパードレは顔を上げ、つかつかこちらに歩み寄ってきた。真顔で。
「仮に。仮にだ。仮に俺に一ミリでも責任があったとしよう」
折り重なった死体を足で押し退け、真上から俺を見下ろす。そして急に笑顔。ゾッ。つーか“1ミリでも”って、1ミリ無いつもりなのかよ。
「たとえラッキーだとしても、事実もう二人も殺してるガキだぞ?俺みたいなチンケでかよわい女衒が立ち向かったところで歯が立たないどころかコレの二の舞になるかもしれない…こわいこわい。こういうのは適材適所だ、な?ちゃんとその道のプロに任せたほうがいい。おっここにプロがいる。お前だ。良かった〜頼もしい。だから頼まれてくれるよな?やってくれるよな?お前には簡単なことだよな?な?」
いろいろツッコみたいところはあるが、もう俺も食い下がりすぎてもうペラペラの紙みたいになっちゃった崖に立ってる心地なのも事実。あーもう、やんなっちゃうなあいっつもこうだよ、コイツ相手だと。
「…どうしても俺がやんなきゃダメなんすかねえ」
「爆弾弄りも結構だが、部下の尻拭いくらいできなきゃしょうがねえなあ」
やっぱアイツって俺の部下だったのか。人の上に立つのって難し。パードレは手にしていた写真立てを開くと、中から写真をひらりと抜き出して差し出した。映っているのは三人、一番デカいのがそこで頭を弾けさせている父親で、一番ちびこい金髪ロン毛が件のガキボーイだろう。問題なのは残る一人だ。写真撮影の日に偶然遊びに来ていたお友達ならいいんだけどね、それにしては隣で笑う父親の面影がありすぎるっていうか。金髪ロン毛のガキボーイはママ似なんだろうね、男の子って小さいうちはママに似るんだよね〜しみじみ、なんて。
「…このおにいちゃんのほうはアンタが探してくれるんでしょ?」
「まあ、それくらいはやってやらねえと俺も大人げないかな」
パードレは片眉を上げて肩を竦めた。俺は溜息をぐっとこらえて、ひらひらしている写真を受け取った。