割に合わない
 本当に珍しいことに、三日と置かずまた夢を見た。目覚めた時に夢を覚えていた、と言ったほうが正しいんだろうか。さして取り沙汰するような夢でもない。このあいだの夢とそう変わり映えしない。見覚えがあるようで、やはり出会ったことはない金髪の小さな女の子がよたよたしているだけの夢。よたよたしてはいるが、今宵は夢ならではの何もないヘンテコ空間でまるでパントマイムみたく掴まり立ちの仕草をしていたので、少しずつ成長しているのかもしれない。夢の中で成長する幼女。なんのメタファー?ゾッとするんだけど。けどまあ、成長しているということはこの夢がロリコンの深層意識を映し出したものである、っていう由々しき仮説は否定されたと言ってもいいよね、きっと。
 サウンドエフェクトを付けるなら“でちっでちっ”といった感じの、拙くも力強い重力への反逆を眺めていると女の声がする。少女がちな声だけど、まさかその金髪の幼女の出すようなバブバブした声ではない。そのれっきとした女性の声をあどけないと感じるのは、俺が大人になって久しいからだ。

“もしも子供を産むなら、最初は女の子がいい”

 だったかな。そんなことを言った。

“最初に生まれた子にはあなたが名前を付けてもいいよ、女の子ならね”

 たぶんそう言った。ともかくそこで電源を落とすように、プツリと目が覚める。

「…」

 このあいだと違って、自分の吸う息の鋭さで目覚めたなんてことはないけれど。ゆるゆる手を上げて心臓のあたりを覆うと、途端に手首まで響くような、殴りつける勢いで脈打つ鼓動を感じる。“痛いくらい”の鼓動。“痛い、痛いね”。俺は死んでも気が付かないんじゃないかと思うことがある。そして、それがすごく気になるときがある。だったらもうすでに死んでいるのかもしれないと思うときだって。それなりに感傷的になっていさえすれば。すでに死んでいるのかもしれない。パードレに絞められたときに。ガキボーイに刺されたときに。あらゆるスイッチを押したときに。朦朧とするほど遥か昔、跨線橋から突き落とされたときに。もうとっくに“お仕舞い”になっているのかもしれない。

「…」

 まあ、そんなときもあるってだけだ。




「なんか怒ってる?」

 燦々と輝く心地よい太陽の下、怒ってる?だ?と逐一厭味ったらしく繰り返すか、または態度で示したい衝動を俺は無理やり喉奥へ閉じ込めた。喉を直接引き結んでいるような変な心地すらした。それもこれもひとえに俺が大人だから。で、コイツがガキだから。つまり俺のプライドのためだった。それで俺はわざわざしゃがんで目線を合わせた上で、精一杯の笑顔まで作っている。

「いーや、全然」
「その笑い方ヤダ、やめて」

 言うや否や、ガキボーイは俺の頬をそのちっちゃな手のひらでスパンと張った。張ったのだ。張ったんだぞ。

「オイ。殴るな。大人を」
「子供だったら殴っていいんですかー?」
「そうじゃなくて。こんなに間合いが近いのに勝てない相手に喧嘩売るな。俺が本当はすげー怒ってたらどうすんの?ボッコボコにするぞ」
「怒ってないっていいましたよねー?自分で言ったこと守れないんですかーあ?うそつき」

 はわわわ、どうしようすっごくウザーい。わなわなする俺を尻目に、ガキボーイは“的”を拾い上げる。“的”にはすでに矢が無数に刺さって、ピンクのヤマアラシの天日干しみたいになっている。話を少し戻そう。
 誰に教わったわけでもないのに忍び込んだ家から競技用の弓矢を引っ張り出して、鋭く研ぐガキはフツーだろうか。本当は運よく手に入れた銃を心行くまで使いたい。けど、弾数は限られているしこれから何があるかわからないのでと、ナイフと一緒にそんなものを用意するガキは。いや、それだけならまだギリギリすげえ用心深いガキだということで納得してもいい。漫画かなんかで読んだのかな?って。けど、誰に教わったわけでもないのに隣の隣の建物でコソコソしているボウガン野郎を正確に射貫くガキは?あのホークアイっぷりはマグレか?百歩譲ってマグレだったとしても、足元に刺さったボウガンの矢の向きから敵の位置を割り出す、そういうことを本能的に、なんの疑いもなくやってのけるガキは。あとちなみに既に二人殺してる。そんなガキはフツーだろうか。フツーだと思えるか?俺は無理。しかし早計は禁物。ということで。

「何それ」
「“的”。撃ってごらん」

 ベニヤ板を適当に何枚か重ねただけのフライパンサイズの“的”を出すと、ガキボーイは斜に構えた上に目まで眇めた。太陽が真上から少し傾いた時間。新校舎のほうでは詰め込まれた小学生たちが眠気と闘いながら勉強している頃合いだが、老朽化して打ち捨てられたこの廃校舎には人気はない。今にも無残に崩れたりしないとは残念ながら誰も保証していないので、屋上まで人が上がってくることもない。ボロボロの廃校舎はただでさえボロボロなのに、二つも並んでいるので余計に老け込んで見える。オマケにくっついたこれまた朽ち果てた礼拝堂が、最早おどろおどろしささえ醸し出している。
 そんな廃校舎の屋上で、俺はガキボーイからある程度距離を取って歩き回りながら“的”を無造作に突き出した。きっと撃ち抜けるんだろうなという確信があった。きっと事も無げにやってみせるだろう。俺がどこへ“的”を出したって。容赦なく光を浴びせる太陽に顔をくしゃくしゃにしかめながら、けれどもガキボーイはピンクの矢をつがえたり外したりもじもじしていた。

「外れたら腕に当たるかもよ?」

 鼻で笑って口で吐き捨てて靴底でずりずりすり潰したくなるような忠告だった。少なくとも数日前に俺の腹を刺したガキが言ったんじゃなきゃも少し心に沁みたかもしれない。

「俺はお前が外したなんて思わないからな。もしも腕に刺さったら、お前が狙ってやったんだと思う」

 そう言ってやると、ガキボーイはますます顔をしかめる。いや、笑ったのかもしれない。とにかく彼はピンクの弓矢を構えた。めちゃくちゃなフォームで。



 数分後、ベニヤ板の“的”はピンクの矢がびっちり突き刺さってピンクのヤマアラシの剥製みたいになっていた。俺の腕には刺さっていない。少しはわざとやられるかと思ってたんだけどな。

「銃のほうがやりやすい。弓矢はなんか狙うのが難しい」
「すげえこと言うなお前」
「なに?」

 そのとき俺がちらりと考えたことはと言えば、今のうちに孤児院へ行って、アーチェリーの選手にでもなれば奨学金だってもらえるんじゃない?とかいう一見至極真っ当な夢想だった。即刻銃を取り上げて孤児院にぶち込んでやれば、まだぎりぎりそういう道もある。んじゃないかって。父親を殺されたガキもお兄ちゃんが行方不明のガキも珍しくないわけだし、そのへんの面倒事はちょいちょい小細工すれば…パードレだってあのアバズレの使い込みのごだごだを力技でどうにかしたわけだし。そこまで考えて我に返った。なんでこんなこと考えるのか自分でもわからん。少なくともパードレなら考えないようなことだ。あの人は、他人にどんなに優しくするときだって、純粋に自分のためだけの利益を残している。たとえば紫の目玉とか。

「銃ならたぶん、あの秒針も撃てる」

 ガキボーイはそう言って、いっそ無邪気に礼拝堂のてっぺんの時計を指さした。時計を動かすソーラーパネルだけがまだ元気よく生きていてでたらめな時を刻んでいるのだ、もう死に体の本体とは裏腹に。当然、秒針のほうもせせこましく動いている。

「やってみせてくれって言ったら?」
「そうやって銃を出させて取り上げるつもりだろ」

 言うなり、ガキボーイは弓を構え礼拝堂へ向けて放った。びょうっと空を裂く音がする。手でひさしを作って目を凝らすと、長針がピンクの矢で文字盤に縫い付けられているのが見えた。

「…ワーオ」
「銃を使うのはとっておきのときだけだよ」
「とっておきのときって?」

 ガキボーイは小生意気に腕を組んだかと思うと、これは熟考の結果なのだというような厳かな声音でこう言った。

「アンタが友達になったら使うことないよ」
「…ンフッ」
「なに笑ってんの?ムカつくんだけど」

 あまりにも光栄だったので。

「いやそうだな、友達になったら銃を返す約束だしな」
「そんな約束したぁ!?」
「したした」

 粘り強く“大人と子供は友達になれない説”を繰り返すガキボーイは放っておいて、長針を縫い付けるピンクの矢を見た。何かの黙示録みたいなそれを。

「どうやって回収するかなあれ…」
「そんなに深く刺さってないよ」
「そうだな、じゃあ時間が経てば時計の力に負けてこうボヨヨンッて…オイ!」

 時計からガキボーイへ目を戻すと、ガキボーイは@俺に向けて矢を構えA放った、ところだった。この至近距離で。咄嗟にピンクのヤマアラシみたいな“的”を盾にする。既にびっちり矢の刺さった“的”は受け切れず、ピンクの矢はビヨンと弾かれて足元に転がった。俺はガキボーイと違ってホークアイではないのでそれこそマグレだ。しずしずと弓を下ろしたガキボーイは、無垢なようなもちろん悪びれもしていないようなつまり無邪気が邪気というような真顔で俺を見た。で、冒頭の「なんか怒ってる?」に至る。怒ってるに決まってるだろバカヤロウアホか。



「だって刺さっても平気でしょ?どーせ。こないだも平気だったじゃん」

 “的”からピンクの矢を一生懸命抜こうとしながら、ガキボーイはそんなことをのたまった。口は尖り、頬は膨らんでいる。どうも本気だ。12歳のはずだ。それにしては縦にも横にも小さいので10歳くらいに見えるけど。いい加減いいことわるいことの区別が付き終わる歳頃じゃないのか?ガキだからで許していいのかこれ。

「あのな、あのな、殺しても死なないヤツがいたら殺してもいいのか?」
「殺しても死なないなら殺せないじゃん。…え?どういう…意味がわからん」
「ホントだよ、俺もよくわかんない」

 盛大に例えが良くなかった。哲学の類いは大嫌いだ。ガキボーイはどうやっても抜けない“的”を地面に置いて、両足で乗っかってから矢を引っ張り始める。うーん賢い賢い…。

「抜けなーい」
「自分がやったんだから自分で頑張れ」
「アンタが、“やって”って、言うからっ、やったんだけどッ」

 案の定、矢が抜けると同時に勢いよくひっくり返った。賢い、賢いねえ…。そのまま蹴り転がしておく。ガキボーイは何故か歓声をあげ、俺の足から逃げようとゴロゴロ転がる。みるみる砂にまみれていくガキボーイ。お前はガキか。ガキか。放っておくとそのまま屋上から転がり落ちそうだったので、早めに強めに踏んづけた。もちろん加減はしてる。踏み潰したりはしない。

「どうして踏み潰さないの」

 俺の靴の下で大の字になったガキボーイはそんなことを言った。大の字だぞ。どうせ踏み潰したりしないとタカを括られているような気がする。そうではない、あるいは、踏み潰されたっていいやと投げ出しているようにも取れる。そんなわけないだろう。じゃなきゃ銃を返すのを拒んだり、まるで逃亡者のように足の不自由な婆さんの家に潜伏したりしない。そうやってコイツは何から逃げているのだろう。俺から?俺からか。まさか自分の臓器が追いかけまわされているかもしれないなんて、想像もしていないだろうし。

「そんな殺し方はしたくないな」

 足の裏にガキの肋骨がパキパキ潰れる感触を貼り付けてしまったらさすがに夢見が悪くなりそうだな、と思った。早々に銃を取り上げてしまって、こうして会いに来る理由もなくなって、忘れた頃に、今は靴の下にあるコイツの中身の行方だけ知ることになったりなんかしても、多少は。これ以上夢見が悪くなったら敵わない。ガキボーイは俺を見ず、空の方を見つめながら口を動かす。

「じゃあどういうふうに俺を殺したい?」

 なんてことを想像させるんだこのガキは。
 急にそのうっすい身体に靴を乗せているのが耐え切れなくなった。けど、このタイミングで耐え切れなくなったんだと悟られるのはもっと耐えられないと思って、そもそもそんなことを考えてる自分に耐えられないと思った。こんなガキに。このあいだボウガン野郎を一狩りして満足したのか、今日はまた女の子の格好をしている。女の子の格好をしているのだ。赤いチェックのシャツワンピースとスパッツは今の流行最先端ってわけじゃないけれど、確かに女の子のあいだで流行ってた時期があった。もうかなり昔、俺がガキボーイの歳くらいの頃とか。

「あ」

 ふいにガキボーイは見つめ続けていた真上、空の方向を指差した。つられて見る。雲ひとつない情け容赦なく青い空。情け容赦なく輝く太陽の光。

「っちむいてほい」
「…は?」
「いえーい」

 恥知らずにも卑怯な方法で勝利をもぎ取ったガキボーイはコロコロ転がったままガッツポーズをした。いい加減砂まみれになるその服が可哀想だから、と理由をつけて足をどかしてやったのに、結局腹ばいになっただけで起き上がる気配もない。

「質問@『撃たれたことある?』」
「え、なに、どゆこと?何の時間?」

 ガキボーイは片眉をあげ、本当にムカつく顔を作って見せた。“そんなこともしらないの?”って言うときのあの顔だ。

「質問タイムだから負けたら質問に答えるの!だって、友達になるにはお互いのこと知らないとヘンだもん、だろ?わかんないは絶対ナシ。だって、そしたらみんなわかんないわかんないって言って、進まなくなった、学校でやったときね」

 何から何まで突拍子も無いんだけど、学校でとかみんなとかさ、どういう神経で言ってんだろ。と暗い気持ちになりそうなのを振り切って、俺は未だゴロゴロしているガキボーイの隣に座り込んだ。乾いた風がぼそぼそと髪の毛を撫でる。座り込んだぶんだけ太陽から離れてたはずなのに、余計それは大きく容赦なく見えた。

「で?質問@が?」
「『撃たれたことは?』」
「あるよ」
「どこかも言ってください」
「はい。んーどこだったかな…ここだ。あと確かこないだお前が刺したあたりも撃たれたことがある」

 シャツの袖ボタンを外して二の腕の銃創を剥き出しにしながら戯れに睨んだら、ガキボーイは悪びれもせずニヤリとした。こんにゃろ。二の腕の傷は昔、“クレーム処理”を始めたばかりの頃、いつの間にか撃たれていた。腹のほうもだいたいそんなかんじ。
 ガキボーイは吊り下げられた猫のように伸び上がり、銃創の盛り上がった痕を人差し指でなぞった。初めて見るものを見るような(実際そうなのかもしれないが)、オモチャ売り場に貼り付くガキのような目で覗き込む。

「痛かった?」
「それ質問Aじゃないの」
「いーんだよ」

 いーのかよ。

「んー…どうだったかな…」
「わかんないはナシってば」
「まだわかんないとは言ってないだろ」
「そんな考え込むのってわかんないからだろ、それってヘン!」

 それを言われるとそうだなとしか言えねえ。痛くはなかった。けど、痛くは無いとは言ってもダメージがないわけじゃない。痛くなくても血は流すって物理的な話だけどそれだけじゃあなくって、精神的な話でもさ。撃たれるだけの敵意を浴びせられるのって結構エネルギーを消耗する。それだって結構堪えるだろ。つまり戯れに射るんじゃねえと言いたい。

「ロボットだから?」
「なに?」
「なんでもない」

 …なんて言った?聞き捨てならないオモシロ暴言が出た気がするんだけど、追及しようとしたらまた不意打ちで「あっちむいて――」とやられてしまった。「よわっ」じゃない。深刻な顔で言うんじゃない。

「じゃ質問A『撃ったことある?』。人のことだけど」

 撃つの限定なのか?と口を突きかけて、コイツは人を殺す手段なんて銃で撃つことしか思いつかないのかもしれないと思い直した。ナイフなんか取り上げられるかもしれないし、爆弾なんか実物を見たこともない。矢で射るだけじゃよほどのことがなきゃ死なないし、素手なんて以ての外。逆に、銃で撃てば人は死ぬことなら本当の意味で知っている。だから、“撃ったことある?”っていうのは“殺したことある?”って意味だ。自分と同じように、殺したことはあるのかという意味だ。

「何度かね。でもそういう殺し方は好きじゃない」
「なんで?撃つの下手くそなの」
「人を撃つのは怖い」

 ガキボーイは銃創を突つき回すのをやめて、地面に両肘をついた。くしゃくしゃに顔を顰めているのは、乾いた風ののたうち回る屋上には太陽を遮るものが何一つないからだ。そういう生理的な反応でしかない。袖を下ろし、元どおりボタンを一つ一つ閉めながら、俺は言葉を選んでいる。どうして言葉なんか選んでいるんだと思いながら。本当に、なんでこんな話してるんだと思いながら。

「撃つだけじゃない。刺したり、殴り殺すのもだ。そういうやり方だと少なくとも殺されたやつには、俺が殺したってわかるだろ。それが嫌なんだ。すごく嫌だ。殺さなきゃならないなら、殺される本人にも殺されたってことがわからないように殺したい。だから極力銃は撃ちたくないな」

 ガキボーイは変わらずくしゃくしゃの顔で俺の話を聞いていた。たぶん、今聞いたことをそのちっちゃな頭で急速に反芻してるんだろう。勢い込んでハイハイ言うよりは話し甲斐がある。

「でもそれ以外になんか殺し方ってある?」
「あるさ!いろいろね」
「どんな?」
「例えばごく小さな遠隔操作爆弾を――いや、やめた、ダメダメ、ガキはすぐ真似するから」

 ガキボーイはブッサイクな顔を作って唇を鳴らして見せた。“アンタの真似なんか絶対しない”とクソ可愛くないことをついでのように呟いて、次に瞬間にはもう興味は他に移っている。

「やっぱりアンタって殺し屋なの?」
「どうして」
「たくさん人を殺したことがあるみたいな話しかたする」

 突き上げていた顎を引いたので、目元が陰ってくしゃくしゃだったガキボーイの表情が幾分和らいだ。最初に会ったときにもそう聞かれた気がする。最初にそう聞かれた時はそうだと答えた気がする。

「だったらどうする?」
「え?どうもしないけど」

 なんでそんなことを聞くのか心底わからない、という顔でガキボーイは首を傾げた。俺もなんでそんなこと聞いたのかわかんない。わかんないけどまあ、聞いといて良かったかな。

「殺すのが仕事なわけじゃない。ただ俺の――勤めてる会社みたいなもんだ、そこが――話し合い以外で物事を解決したいと思った時の、手段の一つとして、俺がいる。わかるか?」
「面倒くさくなって殺しちゃうんだ」
「いやいやいや、いやまあ、そうだな」
「“人を殺すのはどんな気持ち?”」

 質問BにもCにもなってないか?と思いつつ、まさに二人を撃ち殺しているガキボーイの顔をまともに見た。どんな顔でそういうことを聞くのかなと思って。俺の部下を出し抜いて撃ち殺したガキは。縦横無尽に転がるもんだから、根元まで砂まみれになって顔にかかる金髪を*き上げてやる。顔がもっとよく見たくて。ガキボーイは微動だにせず、腹這いになって両肘をついた姿勢のまま、路地裏の野良猫のような目でじっと俺を見ていた。殺されるのを知っている家畜はこういう目で人間を見下すのだろうなと思った。或いは、大人が本当にバカかどうかを試したがる、割れたガラスみたいなガキの顔に見える。同時に、ただ素直に机に座って先生の言葉を待っている小学生の顔にも思える。先生、正解は?俺のほうが聞きたい。お前に。人を殺すのはどんな気持ちだった?

「楽しくはない」

 なぜだか俺は、ますます慎重に言葉を選んでいた。大人と話すときみたいにね。

「だって仕事だしな。殺したくって殺してるわけじゃない。誰だって人間の首を折るよりは花とかの世話するほうが楽しいだろ。球根を移し替えたり、雑草を抜いたり」
「ウソだ。花の世話なんか楽しくないよ、ずっとサボってるから俺のチューリップ腐ってるかも。学校で一人一つ育てなきゃだったんだけど」
「だからそういうのすら楽しいと思えるほど楽しくないって話、わかるか?」
「わかる」

 ホントかよ。ちらっと礼拝堂のほうへ目をやる。長針は過ぎた時間のぶんだけ動き、ピンクの矢は少し無理したように傾いていた。

「じゃ、辞めといたら」
「なにを?」
「人を殺すの。撃つのは怖いし、楽しくもないんだろ。辞めといたら」
「はは、そうだな」
「真剣に言ってるんだけど?」

 ガキボーイはようやく起き上がると、膝立ちになって俺と目線を合わせた。半眼になった灰色の目が抉りこむように見つめてくる。そこに映り込む俺は笑っているように見えた。笑えるだろ。真剣に言ってるんだけど??それはそのまま、“俺は嫌じゃなかった”と言ってるふうに聞こえる。人を殺すのはどんな感じだった?どんな気持ちだった、猫のためだと思って女を撃ち殺すのは。家族のためだと思って男を撃ち殺すのは。家に帰れなくなるような心地がしなかったか?永遠に、帰る家を失う心地がしなかったか?二度目に引き金を引いたとき、家に帰る唯一の吊り橋をも撃ち落としたのは一度目のときだったと思い知るような心地はしなかったか?それはお前みたいなガキにとってよほど堪えることじゃないのか?だから逃げたんじゃないのか、だから俺を刺したときに言ったんじゃないのか?“あと何人殺そうが変わらない”。それは罪の話じゃなくて救いの話だ。それだけは聞かなくてもわかってる。それはそう、例えばつまり存在自体の話だ。許されない過ちはある。償えない罪はある。救いは既にどこにもない。だから“あと何人殺そうが変わらない”と、そう思ったんじゃ無いのか。

「殺したくないやつを殺すなんてバカみたい。割に合わないよ、違う?殺せって言われたら殺したくない人でも殺すわけ?殺すなって言われたら殺したいヤツも殺さないわけ?」

 情け容赦ない太陽に照らされて、その金髪をギラギラさせながら、ガキボーイはそんな情け容赦ないようなことを言った。唐突に理解した。ガキボーイは仕返ししてやろうとか懲らしめてやろうとかいう気持ちでボウガン野郎を射ったんじゃない。本当に殺してやろうと思って射ったのだ。いちばん高いところにいる金髪の男の子が、まるで自分が裁きの神になったみたいに。自分が許せないから。自分が憤ったから。アバズレ女を撃ったのも、バカなあんちくしょうを撃ったのも、すべて。情け容赦ない太陽に照らされて、自分の裁きに従った、それだけなのだ。その容赦なさを、ためらいの無さを、ぎらぎらと輝く金髪を、見てしまった。俺は見てしまった、すでに。

「…まあ、それが仕事だからな。いつでもやりたいようにできるわけじゃない」
「ウソだ、できるのにしないだけだ、大人だし、強いし、刺されても平気だし、なんだってできるのに!父さんもそうだった、早くこんな仕事辞めたいお前たちの為にっていつも言ってたけど、辞める気なんか無いんだ、本気じゃない、本当はできるのにしなかった自分のせいなのに、誰かのせいみたいに言うんだ、アンタも。どうして**」
「あ」
「え?なに?」

 指を伸ばして、小規模な爆発をふつふつ連鎖させ始めたガキボーイの頬を指差した。怪訝な顔をして「なに?」というので、「虫ついてる」とウソをつく。途端に横顔を晒して頬を突き出すので現代っ子はバカだなと思いました。

「げー!取って!!」
「っちむいてほい」

 指し示すままあらぬ方向を向いたガキボーイは、飲み込んだ状況のぶんだけプルプルし始める。おっ怒ってんのか?怒ってんのか??

「はぁあああぁあ??ズルだし!」
「最初にズルしたの誰ですかー?」
「あれは作戦んん!」
「これも作戦ですーバーカバーカはい!じゃあ今度は俺の質問タイムなー」
「ズルい!」

 どの口が!どの口がズルいなんて言うのか!いったい誰が最初に不正をしたのか!?誰が最初に不正を看過したのか!?こうやって不正は許されるようになり組織は腐敗していくのですよ!
 気を取り直して俺は質問を吟味した。確認しなきゃならないことは2、3ある。未確認情報というよりは、ガキボーイ本人の口からどういうつもりなのか吐かせなきゃしょうがないことが2、3。

「お前、婆さんのデイケアに遊びに行ってるよなあ?」
「なんで知ってるの…?」

 気を取り直して変えた話にさっそく引き気味の表情というレスポンスをもらったので、気を取り直してパードレにしたのと同じ返しをしておいた。

「ストーカーなので」
「キモい」

 心底引いてる顔が小気味よい。ウソ、ちょっとは傷付く。俺だって心はフツーに痛むの、シャカシャカと。それは置いといて、やはりどう考えても自分が潜伏している家の婆さんにわざわざ接触するって行動の心理が俺には理解できなかった。どういうつもりなのか。ガキボーイは気まぐれに、それこそ猫みたいに、大抵テラスで優雅に紫外線を浴びている婆さんにすり寄っていく。他愛もない話をしてじゃれついて、それだけ。どういうつもりなのか。より潜伏を完璧なものにするための情報収集とかそういう理由だったら才能ありすぎて本当に怖い。

「なんでそんなことするのかお兄さん興味あるなあ」

 まだドン引き顔の余韻を引きずっていたガキボーイは、果たしてこの人にそんなこと話してしまってもいいのだろうか?平気だろうか?という顔をあからさまにした。けれど“わからない”はナシだ。答えないのはナシなのだ。話すのはちょっと嫌だなという顔をして、ちょっとだからいいかという顔もして、ガキボーイは口を開く。

「おばあちゃんは俺を“リーナ”だって勘違いしてるんだよ。“リーナ”っていうのはおばあちゃんの娘なんだけど、本当はもっとデカいし、本当はもう死んでる。ヘルパーが言ってた。つまりおばあちゃんは“リーナ”が死んだのを忘れてて、俺を小さい頃の“リーナ”だと思ってて、つまり、その、なんていうか、」
「ボケてる」
「…。…ボケてるから。だから大丈夫だよ」

 なんにも答えになってないんだが。けれどガキボーイの表情の傾き具合とか、歯切れの悪さとかどもり具合を見ているうちになんだかこの話が急に嫌になってきた。自分から最初の質問に選んでおいて。

「じゃあ良かったな。それだったら、心置き無く婆さん家に帰れるだろ?その女の子のふりして。窓をよじ登って二階に隠れとくことない」
「ボケてるだけでバカじゃねーんだから、バレるよ。それにそれって、シュミわっるい」
「あ、はい」

 そうですかすみません。だから俺だって痛む心があるんだけど。

「それにしてもお前…」
「…なに?」
「頬っぺたに虫がついてるのは本当なんだけどな…」
「取ってってば!!」
「**ぁっちむいてほい」
「…ころす!」

 ペットボトルロケットみたいに勢いよく頭突きをかまし、ガキボーイは俺の顎に刺さった。ガキボーイの頭蓋骨のもたらすものすごい衝撃音がアゴの骨を骨伝導してくる。これ、相手が俺じゃなくてもガキボーイだけ痛いんじゃない?と思ってみたら、案の定頭を押さえてうずくまっていた。バカか。

「おバカさん大丈夫か?今の俺悪くないよな?」
「…おまえはいつかぜったいころす」

 こわい。

 勝利は勝利、世は無情なのでまた俺のターン。頭を押さえてうずくまり、涙目で俺を睨むガキボーイを見た。その格好もあいまって、ものすごくガキガキしく見える。庇護されなきゃ生きていけないような生き物に見える。一人で生きてくなんてとんでもない。親が死んだらもう終わり、“あがり”だ。そんなふうな生き物に。

「お前の親父は生きてる頃何してた?」

 ガキボーイはちょっと考えるそぶりを見せ、結局正直に言うことにしたようだった。

「…臓器の**」
「ブローカーだ、知ってる」

 かぶせて自答すると、うずくまった姿勢のまま、ガキボーイは敏感に何かがおかしいと察知する。けれどガキガキしく挙動不審になったりせず、そのまま爆撃に耐える人のように、地面に貼り付いている。こういうところだな、と俺は認めた。こういうところがあるからもう少し見ていたくなる。もし目の前に高い壁を用意したら、どう壊すんだろうと見ていたくなる。

「アバズレ女を撃ったのはどうしてだ」
「…猫を」
「殺されたからだ知ってる。どうして母親と一緒に暮らしてないんだ?お前が3歳のときに強盗に殴り殺されたからだ、知ってる。老人ホームにはどのくらいの頻度で通ってるんだ?婆さんのデイケアのある日、つまり平日昼間のほとんど毎日だ、知ってる。殺された猫はそのあとどうした?自分ちの鶏小屋の前に埋めた、知ってる。どうしてボウガンで撃たれるかもしれないのに婆さんちに閉じこもらずわざわざ自分の家を見に行くんだ?猫の墓や鶏小屋の鶏が気になるからだけじゃない、だけじゃないよな?知ってる。なんでも知ってる、なんでもだ」
「……なんで」
「いつでもやりたいようにできるわけじゃないんだ、ネロ」

 灰色の瞳を真ん丸に見開いたガキボーイは、確かに小さく息を飲み顎を引いた。ネロ。自分の息子に付けるにはちょっと勇気がいる名前だな、なんて思いながら、はるか昔の暴君と綴りまで同じ名前を付けられたガキボーイを見る。小さな顎を引き、小さな女の子みたいな顔に似つかわしくなく浮かんだ表情の均衡を欠いていく、一人の男の子を。それでも表情はずっと静かで注意深く平板で、俺を一点の隙もなく窺う瞳だけが容赦ない太陽にきらきらときらめいている。

「情報でも、知識でも、誰かの秘密でも。“知ってる”ってことはすごく力のあることなんだ。金も、力も、それだけじゃどうしようなくなるときが来る。“知って”なきゃ使いようがないんだ。それに“知ってる”ってのは、それ自体が生きてるから。俺の“知ってる”ことが俺の唇を離れて、生きてどこへ行くのか。俺に“知られてる”人は不安で仕方なくなる。そればっかりは俺をやっつけたってどうにもならないことだからな。誰かの秘密をたくさん“知ってる”ってことは、それだけそいつを自由にできるってことなんだ。ネロ、座って」

 このとき俺はまだ問いただせる気でいたのでそう促したのだ。これからまだ長くなると思っていたから。小さなガキボーイが答えやすいように、簡単な練習問題から質問していく気でいたのだ。たったひとつだけ未だにわからないことを。ガキボーイは座らなかった。風に風化して砂利まみれの屋上に膝をついたまま、かすかに高い位置から俺を見下ろしていた。表情が均衡を欠く速度は緩くなり、灰色の瞳だけが変わらずきらめいている。

「ネロ、かっこいい名前だ。なんだって自分の思い通りにできそうな名前だこと。ならお前の親父はおにいちゃんにはなんて名前を付けた?ネロのおにいちゃんには、どんなかっこいい名前を付けたんだ?」
「おにいちゃんなんかいない」
「…」

 “嘘をつくのはアリなのか?”と問い詰めてもよかった。けれど、この状況で嘘をつくことの意味がわからないほどガキボーイではないとわかっていたし、それでもついてしまうほどにはガキボーイだともわかっていたし、俺は大人だし。
 ネロは立ち上がり、時計に刺さった矢を見てくると言った。女の子と言うには淑やかさのかけらもない足音が小さくなったあと、とうとう時計の時を刻む力に負けたピンクの矢がビヨンと弾き飛ばされるのが見えてから、俺はようやく立ち上がった。




 文字通り廃墟の校舎を抜けて、文字通り廃墟の礼拝堂を目指す。ガキボーイは礼拝堂から少し離れた草むらの中をガサガサやっていて「見つかんなーい」だかなんだかほざいていた。

「自分でやったんだから自分で頑張れ」
「はああ?だからアンタがやれって――」

 いや、この件に関しては俺はやれなんていってないと憎らしさたっぷりに返す準備はできていたが、ガキボーイは言葉を切って俺を視界から外した。というより、俺の位置からは校舎の影になっている一点に注意を奪われているというのが正しい。危険が迫っているのを知った荒野の小動物みたい。なんて冗談で思った。あくまで冗談だった。

「わっ」

 子供らしい色気も危機感もない悲鳴がイマイチよく聞こえなかったのは、それにガキボーイが草むらに尻餅をつく音ともう一つがかぶさっていたからだ。シャツワンピースの右袖が不自然に伸びて地面にへばりついている。のは、待針みたいに地面へ縫いつけるボウガンの矢が――、ボウガン?
 たぶん、何が起こったのか理解するより先に、ガキボーイは突然地面に対する粘着力を強めた右袖をとっさに引っ張った。そうして浮き上がりかけた生地にもう一本、きっかり先の一本と並ぶようにボウガンの矢が刺さり立つ。

「うわあ」

 また色気のない悲鳴。起き上がろうとしたところを地面に縫いつけられ、ガキボーイは尻餅と言うよりひっくり返る。このときにはもう俺は一息に校舎の影ぎりぎりまで距離を詰めていて、銃を抜きながら矢の飛んできたほうへ躍り出た。ボウガン野郎のお礼参りであるなら、復讐の連鎖はここで断ち切らなければならないとかなんかそんなことも考えたような気がする。
 よくよく考えれば、なんだか異様だった。
 廃校舎とか、中庭の名残のゾンビじみた木々とか、身を隠せそうなものはいくらでもあるのに隠れもせず、馬鹿正直にボウガンを構えて突っ立っているソイツは、このあいだの浮浪者とはあきらかに別人のようだった。なんというか、もっとずっと老人のように見える。防護眼鏡みたいにバカでかいサングラスが顔の半分を覆っていたし、さらに顔の前に構えたボウガンで表情すらよく見えなかったけど、肌とか髪の毛とかたたずまいのそれは老人のものだった。おじいさんが、ガキをボウガンで撃ったりするものだろうか?一瞬混乱する。いや、あくどくがめつく確実に死後地獄に落ちる爺さん連中なんていくらでも知ってるけどさ、なんだか、なんだか。違和感が。
 ご老体はほんのかすかに銃を向ける俺のほうへ顔を向けたが、それは次の矢を装填する一連の動きの中のワンカットがたまたまそう見えただけかもしれなかった。なんの躊躇もなく、俺に対する何の警戒もなくまた狙いを定める。ようやくひっくり返った状態からまっすぐな状態に戻ってきたガキボーイに。俺はセーフティを外してご老体の方角へ伸びていく腕を他人事のように眺め、でもそれが成し遂げることを見るより先にガキボーイが砂利を投げた。ご老体のボウガンから矢が放たれるのとほぼ同じ、いや、かすかに早いタイミングで。
 ガキボーイは投擲は射撃ほど得意ではなかったらしい。あるいは地面に縫いつけられた右手のほうが利き腕だからか。それでも無数に散らばった砂利の一つはご老体のいかつすぎるサングラスに当たって、弾き飛ばすかと思ったのに。それはサングラスでもなんでもなく、彼を構成する部品のように目元に直接生えていると気付いてしまった。え?サイボーグ?それとも最新型の老眼鏡はそういうふうに装着するもんなのか。などと動揺する俺をよそに、砂利とほぼ同じ瞬間に放たれたボウガンの矢は、もしかして当初の予定をわずかに狂った軌道を描いたのではないかとあとから思ったのだ。

「うッ!!」

 決してワンピースの袖だとか裾だとかに刺さったんじゃないとわかる声が上がった。どこに刺さったんだかはわからない。ハイテクじいちゃんの体のどこかしらに銃弾を撃ち込むのに忙しかったので。俺はガキボーイと違ってホークアイではないので、何度かやり直さなければならなかった。ハイテクじいちゃん本体に撃ち込めるまでのあいだに、まったく関係のない枯れかけの木だとかに穴が開いた。ボウガンを持つ腕に何発か打ち込んで、初めて彼は頭を押さえてうつむいた。なんで頭。しかもそれだけ。それだけ?いやいやいやいや、嘘でしょ。で、その姿勢のままくるりと踵を返して歩いていく。*でしょ。撃たれた片手にボウガンをぶらぶらさせたまま。嘘でしょ。ハイテクっていうかマジで。ねえ。俺は追いかけようとした。一息に走って追いついて、いずれかの方法で疑問を解決しようとした。そうしたほうが良さそうなのはわかっていた。後先考えればもちろん、そうしたほうが。けれど俺の足もまたくるりと踵を返してどこへ向かうかと言うと、生まれたての小鹿のようなうめき声を上げているガキボーイのもとへ向く。
 ボウガンの矢は、ガキボーイの腕に刺さっているとえげつないほど太く見えた。なにしろもやしみたいな腕なのだ。ガキボーイは横向きに転がって、左の二の腕に深々と刺さったその矢を抜こうとうんうん唸っていた。刺さってる→抜かなきゃ、という思考回路はやはり大変にガキガキしい。

「こらこらこらこら抜くな、抜くな抜くな、血が出る」
「もう出てるもんん」

 そういうのいいから。もちろん“刺さっているから”それが根本的な原因となって血が出てるとは俺も思うんだけど、そうやって情け容赦なくグリグリ引っ張ってるから余計に出てるんじゃないかなと、俺は思う。

「抜くなって。余計出てるだろ」
「じゃあ一生刺さったままでいろって言うの!」

 ガキボーイは覇気のない声でイライラ叫び、ふいに泣き出しそうな顔をした。生きとし生けるガキが苦手な大人をウッとあとずらせるあの顔を。ほんの一瞬だったけれど。すぐにイライラした顔に戻り、なおも抜こうとして、自らの血でズルッと滑ってビクッと震えたあと、声もなく耐えるように身を丸めた。
 そっか。痛いよな。そりゃあきっと、痛いだろう。
 右袖を地面に縫いつける2本の矢を抜いてやって、最早ズルズルの左腕に触れないように抱き上げた。さすがに猫ほどは軽くなかったけど。全身汗でびっしょりになっていて、猫の毛並みほど快適でもなかったし。

「腕に刺さっただけだから平気」
「そうか」

 聞いてないけどな。言いたきゃ言えばいいだろう。

「腕に矢が刺さってないフリできるか?」
「…どゆこと?」
「痛くないフリできるかって。ちょっと人通りのあるとこ歩くから」
「…」
「わかった寝たフリしてろ」
「うん」

 ガキボーイはぐったりと顔を伏せ、それきり静かになった。本当に寝たのかと思ったが、歩きながら抱きなおすとうめき声があがるので起きてはいるんだろう。腕と矢に当たらないように上着を掛けて隠しながら、どうやっても俺が誘拐犯か何かに見えるなと思った。


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