ストレッチャーで寝ていたガキボーイは、俺を見ると目を丸くしてシーツを口元まで引っ張り上げた。全身ずぶ濡れで擁護しようのない酒気を放っている男に見下ろされたら、誰だってそうするだろう。シーツの中は聖域なり。腕時計を見ると、午後10時過ぎを指していた。そこでようやく、自分自身だって昼下がりの一件から食事らしい食事を口にしていないし、ということはガキボーイの腹具合のことも自分で連れて来ておいて全く考えていなかったことに気が付いた。
「腹減ったんじゃないのか?」
「晩ごはんもらった」
「誰に」
「お医者さんに」
いいなー。あのばあさんでもガキ相手にはさすがに優しくなるらしい。最早紹興酒の残滓しか残っていない自分の腹を撫でると、べとついたシャツの不快な感触がした。しかしそのばあさんはどこ行ったのやら。診療所のほうの仕入れにいっているか、そうじゃなかったら年寄りの早寝を決め込んでいるのかもしれない。
「おいしかった」
聞いてもいないのにガキボーイはそう報告した。なんだかやけにしおらしいなと思ってよく見ると、ガキボーイの上まぶたと下まぶたは本体の隙を突いてはくっつこうとしている。もったりしたまぶたの動きをごまかすように、真ん丸に目を見開いて俺を見上げていた。あの様子だと十中八九鎮静剤も打たれてるだろうしすごく眠いんだろう、と思いつつあーなんかすごい、ガキっぽいな、と謎の感動を催した。眠気に対抗しちゃうんだな、眠ればいいのに。そう思った瞬間、血を流しながら泣き叫ぶガキボーイの姿がなんでかフラッシュバックした。唐突に、いつだって、廃校舎の屋上で“的”をピンクのヤマアラシみたいにしたときだって、給水タンクの上で怒りの矢を放ったときだって、初めて会ったとき俺に逆さづりにされたときだっていつだって、そんなふうに泣いていてもおかしくないんじゃないかと思った。世界中が敵になった心地に陥ったら、このくらいの歳のガキだったら全然。
いい加減立ってるのが辛くなってきて(まだ酔いは全然残っている)、がらがらと椅子を引き寄せストレッチャーのすぐわきに置いて座った。背もたれに持たれて頭を安定させる。そんな俺をガキボーイはシーツに埋もれたままじっと眺めて、眉を顰めた。
「くっさぁい!なんで?」
「大人はいろいろあんだよ」
「死んだ病院の臭いがする」
死んだ病院の臭いて。確かに薬臭とアルコール臭なわけだから病院臭ってのも言い得て妙だねって感じだけど死んだ病院て。
「シャワー浴びに帰ったほうがいいよ?」
「うん。お前は眠ったほうがいいな」
「寝るからシャワー浴びたほうがいいよ、マジで」
「婆さんが戻ってきたら帰る」
ガキボーイは微妙に納得いかない顔で、ストレッチャーに付属のサムライが使うようなかったい枕に頭を置きなおした。それからシーツをもっと引き上げて、一瞬確実に睡魔に敗北したのに、そうはさせまいという勢いでバリッと目を開く。
「オイ。今眠る流れだっただろ」
「本当に殺したくない人を殺したことがあるの?」
そう、睡魔に負けまいとする気持ちがそんな目をさせていたに違いないのだけれど、それ以外にないに決まっているのだけれど、丸く開いた目でまっすぐ見られると心臓の裏まで貫かれる心地がした。誰かに見られてそんな心地になることなんて、あっただろうか。あのパードレ相手ですら、素面であればヘラヘラとごまかせると思っているのに。子供だからだろうか。子供しか持ちえない無垢で浅慮な残酷さがそういう心地にさせるのだろうか。それともその目が文字通りホークアイだから?許せないことは許さないし、そのために狙いを外さない目だと知っているからか。
いずれにせよ灰色の瞳に見つめられながら投げられたその問いは、すでに酒とパードレとのあれこれでぐずぐずになっていた俺の自尊心を貫くのに十分だった。
「さあ…わからないんだな、本当のところは」
ガキ相手に情けなくも目を逸らし、シーツの皺に沿って散らばった金髪を目で追いながら、こんな答えでガキボーイが満足するわけないと既に思っていた。“わからないはナシ”なのだ。話が進まなくなるからね。なんでもいいから、取ってつけてでもそれらしいことを答えれば、話はスムーズに進む。そうやって取り繕うのは簡単だ。でも、“わからない”が真実の答えのときだってあるだろう?子供の頃は無いのかな。
「本当に殺したい人を見逃したことがあるの」
「…わからない」
「ホントはわかってるけどウソついてるんじゃないよね?」
突然、「それは紛れもなく今だ」という思いに満たされた。今、この椅子を蹴倒して、ガキボーイのその哀れなほどに子供じみた細い首をとっとと折ってしまえばいい、そうしたいはずだ、という思いが何の前触れもなくこみ上げた。そうして何もなかったことにしてしまえばいい。こんな金髪の男の子となんて、出会わなかったと。今この瞬間が、すべて帳消しにできる最後の瞬間だという強烈な予感がした。あと少しでも遅くなれば、シャツに落としたインキのしみのように、どれだけ腐心したって帳消しにはできない。そんな予感が。けれど俺の足は動かなかったし、それどころか腕は大人しく重なって顎に敷かれたままびくともしないのだ。そして代わりに、口が話題をすり替えていく。退路を塞ぐように。一つだけはっきりさせときたかった話題へとすり替えていくのだ。
「さっきさ、さっきって昼間のことだけど。俺はお前にお前のおにいちゃんがどこに行ったか知ってるか?って聞きたかったんだよ。お前があの銃でうちのバカを撃った後、お前は逃げたわけだけど、おにいちゃんは一緒じゃなかった。だからきっと知らないんだろうけどさ」
「おにいちゃんのことはストーカーしてくれなかったわけ?」
「いろんな人のストーカー掛け持ちしてるからね、手が空いてなくて」
あっさりとおにいちゃんの存在を認めながら、ガキボーイは露骨に残念そうなしょげかえった顔をした。それで彼が本当におにいちゃんの行方を知らないのは疑いようがなくなった。
「おにいちゃんがネコのお墓を作った。俺が穴掘ってたら、ただ埋めるだけじゃダメだって。厳格な手順と慣習に則ってやらなければ意味がないんだって。何言ってんだコイツって思った。死んじゃってるんだから一緒じゃん、俺の気持ちの問題でしょ」
情け容赦ねえ弟だな。けれど合点がいった。ガキボーイがちょくちょく自分ちの庭へ、猫の墓を確認しに行くのはおにいちゃんを探しているのだ。そういうクソ真面目な経緯があって作った墓ならなおのこと、もしかしておにいちゃんが手順と慣習に則って手入れなんかをしに戻って来ているかもしれないと。
「おにいちゃんは俺が的に矢を当てるとスエルテ!って言うんだよ。ブルズアイがそう言うから。弓矢のおもちゃは小さいときに父さんが買ってくれたんだ。欲しいって言ったら父さんは大抵のものは買ってくれた。あんまり高すぎるとダメだったけど…」
とりとめなく話しながら、ガキボーイは半分以上まぶたを閉じている。まつ毛で上まぶたと下まぶたを縫い止められた人みたくなっていた。このままとりとめなく話させておいたらきっと寝落ちるだろうと高をくくって、俺は何を話させても困らない気になっていた。つい一瞬前に心臓の裏まで貫かれた心地になったことすら忘れて。
「あのときおにいちゃんは外に居て、何もかも終わってから入ってきた。入ってきて俺を見た。銃を持ってる俺を見た。俺は、父さんが殺されてるのを見て、次は自分が殺されるかもしれないって、おにいちゃんが殺されるかもしれないって、もしかしたらおにいちゃんはもう殺されたのかもしれないって、そう思って撃った。殺した。おにいちゃんが入ってきて、殺されてなくてすっごく嬉しかったけど、けど、そんなこと信じてもらえないかもしれないって急に、急になんでか、そう思って、おにいちゃんは俺を見てて…」
何かキラキラしたものが動いた、と思ったらそれは涙だった。まぶたを縫い止めるまつ毛の隙間から、驚くべき滑らかさで涙が滑り出していた。あとからあとから、隙間を縫って幾筋にも連なって滑り落ちていく。止まることを知らない涙とは裏腹に、ガキボーイは嗚咽を漏らすでもなく呼吸を乱すでもなく、単に眠りに落ちる人の穏やかさで息をついた。
「きっとおにいちゃんは俺のこと怒ってるよ」
やがて寝入ったガキボーイの頬にびっしり描かれた涙の痕をぬぐってやろうかと思わないでもなかった。けれど、自分の顔すら拭くものを持っていなかったことに思い当たってやめにした。
思った以上に紹興酒にやられていたらしい。シャワーを浴びながら夢を見た。
もうすっかりお馴染みとなった金髪の小さな女の子が、やはり顔を見せない角度でそこにいる。彼女は今やよちよち歩きさえ覚えたようで、拙く手を叩きながらでちでち歩いて喜んでいる。俺はもう確信を持ってそれを見ていた。今の今まで、幾多にこの夢を見て過ごしてきたついさっきまで、まったく思いつきもしなかったというのに、今はもう確信だけをもってその子を見つめていた。
その金髪の小さな女の子は俺の娘なんだろう。
いつか戯れ程度に君と夢想して、話した、今は永久に出会う可能性を失くした、俺たちの娘なんだろう。
認めてみたって、期待したほどの感慨は押し寄せてこなかった。きっと恐ろしいほどの何か、後悔だとか罪悪感だとか、何かそういった感情に見舞われるものだと思ったのに、なにも。
何がおかしいだろう。“わからない”こそが真の答えである場合だってあると俺は自分でそう思っている。だからパードレはそういう目で俺を見る。だからパードレは“わからない”以外の答えを出そうとした俺をまあ、風呂場に生えたキノコを見つけた程度には驚きを持って見る。今更何様のつもりだと。まあ確かに、まあまあ確かに、これが他人事なら俺だってそう思うだろう。パードレに目玉を刳り貫かれたガキの母親を見てそう思ったように。
“もしも子供を産むなら、最初は女の子がいい”
「ああ、女の子のほうが育てやすいって言うね、丈夫なんだって」
“最初に生まれた子には、あなたが名前を付けてもいいよ、女の子ならね”
「男の子はダメ?」
“だってあなた、ソロモンとか付けそうだもの。悪くないけど、ダビデの息子のソロモンじゃ将来大変なことになりそう。男の子のときは私が考えます”
「自分の息子にそんな名前付ける勇気はないよ…」
こんなに詳細に思い出せるのに何一つ押し寄せない。恐ろしいほどの何か。見舞われて然るべきであろう恐ろしいほどの何か。何も押し寄せない。“わからない”が真実の答えである場合だってある。そういうふうに生まれついてしまう場合だってある。バカな。そう思いたいだけなんじゃないのか。“ホントはわかってるけどウソついてるんじゃないよね?”だってそうだろ。“わからない”から今日まで生きてこられた。何も感じないと思ってるから今日まで生きてこられた。痛みを感じないと思ってるから今日まで生きてこられた。よちよち歩きの女の子がこちらを振り向く。絶対に出会うことのない女の子が。いずれにせよバカな話だ。バカな話だ。バカな話だ。
「バカな話かもしれないな」
声に出して呟いたのは、もしかしたら目覚めてからだったかもしれない。女の子の顔が見える寸前に目を開けた俺は空きっ腹のままぬるいシャワーに打たれていて、そろそろ何か腹に入れないと二日酔いが悲惨なことになるなとか、そんなことをぼんやり考えていた。そんなことをぼんやりと。何か腹に入れないとな。
話はそれからだ。
午前中の遅くも早くもない時間にガキボーイは目覚め、Dr.ババアの診察を受けた。ちゃっかり朝ごはんも食べさせてもらうと、包帯が取れるまでは居てもいいというDr.ババアの親切を無下にして“家”に帰ると言い出した。もちろんDr.ババアは諸々知る由もないので“家”ってお前の家じゃねえだろなんてツッコミはしなかった。それで一人で帰れるのかとしつこく問いただしてから、ガキボーイを送り出した。Dr.ババアは人の年齢をかなり若めに見積もる習性があるので、ただでさえ10歳くらいにしか見えないガキボーイのことは幼稚園児くらいに見積もっていた可能性がある。
ともかくガキボーイは脚の悪い婆さん宅へ帰ってきた。帰ってきたという表現がもう厚かましい。いつものように雨樋伝いに二階の窓へ登ろうとして、腕の怪我のことを考えた。痛み止めはよく効いていたけど実際怪我してるわけだし、普段と違うコンディションなわけだし、つまり落っこちて騒ぎになったりするのは良くないな、と賢いガキボーイは考えた。それで堂々と一階のテラスから家に入った。大胆すぎるというかバカなのではと思うかもしれないがガキボーイだって考えなしにそんな行動を取ったわけじゃない。この時間帯なら婆さんはデイケアでいないことを知っていたのだ。
「まあ、坊や、どうしたの」
けれど自分がボウガンで撃たれたり診療所で発狂したりと小忙しくしている間に、世間は週末に突入したのだという点に関しては失念していた。そうでなかったら、婆さんが土日はデイケアに行かないことくらいちゃんと把握していたのだから。太陽がてっぺんに上り切るには少し足りない時間、薄暗い居間のソファに座った婆さんに見つめられてガキボーイは固まった。デイケアでテラスに座っているときと全く同じに、婆さんは背筋をしっかり伸ばして座っている。けれどデイケアにいるときとは違って、婆さんはガキボーイを“坊や”と呼んだ。いつも自分を“リーナ”と呼ぶ婆さんに“坊や”と、ひとりの男の子として認識されるのは、ガキボーイをむず痒いような心地にさせた。まそんな場合じゃないことは重々承知していたけれどね。
「ちょっと、それを拾ってくれないかな。そこに落ちているでしょう。毛糸玉が。もし良かったら拾ってほしいのだけど」
すっと、柔らかく皺をまとった細い指で指した先には確かにパステルグリーンの毛糸玉が落ちていて、ともかく婆さんは自分の家の中に知らない男の子がいることはきちんと認識していても、それをおかしいことだとは認識していないようだった。それでガキボーイは竦んでいた体をとりあえず緩める。歩いて行って毛糸玉を拾い上げながら、ガキボーイはふとここ最近、銃を返せと絡んできたわりにどうも真剣に取り返す気もなさそうな殺し屋(ではないらしいが)の男(ハンサム)が言っていたことを思い出す。婆さんがお前を“リーナ”だと思い込んでるなら、心置きなく堂々とその家に入れるだろう――とか。どこが、とも、ほらみろ、ともガキボーイは思った。やっぱり婆さんは気づいたじゃないかと。今でさえ、自分は“リーナ”が小さかった頃の服を着ているのに、全然騙されちゃいない。やっぱり自分の家に知らない人がいるのを見て気づかない人なんていないんだ、との自説をガキボーイは強めた。
「はいどーぞ」
「ありがとう」
パステルグリーンの毛糸玉を渡しながら、ガキボーイは婆さんの目を大胆にも覗き込んだ。婆さんの目は果てしなく透き通っているようであり、つまりどこもみていないようでもある。と思ったそばからその目に自分の腕を見られていることにガキボーイは気が付いた。
「あら、怪我をしているの。まあ男の子は大変ねえ」
「別に。女の子だって大変なやつはいるでしょ」
「大変ねえ」とあっさり流されて、その怪我についてそれなりに大騒ぎした自覚のあるガキボーイはついつんけんしてお得意の減らず口を叩いた。それでも婆さんはますます穏やかににっこりするばかりで、ガキボーイはすぐにバツが悪くなる。
「ええそうですね、私の娘もあなたぐらいの頃とってもお転婆だった」
「俺くらいの頃?」
「ええ、写真があるのよ。マントルピースのところに立ててあるのはみんな娘が写った写真なの。きっとあなたくらいの歳の頃の写真もあったはず…毎日そこにあると大して眺めなくなるのよ。それに私は脚が悪いから、写真を見るためだけに立ち上がるのは億劫なの。だから取ってきてくれる?久しぶりにちゃんと見たいわ」
てっきり、婆さんの中の“リーナ”はいつだって自分と同じくらい――10歳前後で留まっているものだと思い込んでいたガキボーイは困惑して、婆さんをじっと見た。――今、この瞬間、婆さんの中の“リーナ”は幾つなのだろう?ていうか、そもそも。とガキボーイは思い当たる。“リーナ”は既に亡くなっているのだ。“リーナ”がどうして死んだのか、そこまではデイケアのヘルパーは教えてくれなかった。別に教えてくれとせがんだわけでもないので当然と言えば当然だけれど。
マントルピースはガキボーイの家にもあった(もっともこの家のもののほうがずっと立派だった)から、マントルピースってなに?なんてそれこそガキじみた質問はせずに済んだ。しかし遠目にはどう見てもその飾り棚部分は殺風景なもので、そんなにもたくさんの写真が飾られているようには見えないのだ。どころか、一枚の写真立てだって無いように見える。婆さんの記憶の中にだけ飾られているのかもしれない、とガキボーイは考えもした。その婆さんは穏やかに、けれど饒舌にとりとめなく話し続けている。
「娘はパーラーに勤めているのよ。パーラーなんてただのアイスクリーム屋さんだと思っていたけれど、私みたいなおばさんでも入るのに勇気がいるような立派なパーラーなんですよ。テレビや新聞でしか見ないような人が来たりするんだって、アイドル歌手とか政治家の先生なんかね。私も娘も、なに?ミーハーだから、そんなことではしゃいでしまうの」
マントルピースは本当に立派で、ちびのガキボーイが飾り棚の中をきちんと確認するには少し伸びあがらなくてはならなかった。それでようやく、婆さんの言っていることは嘘ではないし、それなのに飾り棚が殺風景だった理由がわかった。つまり無数の写真立ては、みんな一様に伏せてあったのだ。
「娘はよくそんなことを話してくれたのよ。ええ。だから、ニュースで見た時はもう疑いようがなかったの。みんな、どこだかの偉い政治家の先生が死んだことばかり伝えていたけど、そのパーラーには娘もいたのよ。私の娘が働いていたの。どうして、自分の娘がパーラーで働いていて、ガスの事故で死んでしまうなんてことが起きると想像できるのよ。娘は苦しまなかったとみんな言うけど、死ぬのに苦しくないことがあるなんてどうして言えるの。死ぬのは苦しいに決まってるわ、恐ろしいに決まっているわ、こんなおばあさんになった私ですら死ぬことが怖いんですから。怖かったに決まってるのに。私が代わってあげなきゃいけなかったんだわ、私が助けてあげなきゃいけなかった。だって、娘より長生きする母親がありますか。そんなバカな母親ってないわ。ごめんなさい、ゆるして、ゆるして、リーナ…」
ばあさんの縋りつくようなか細い嗚咽を背中で聞きながら、ガキボーイはやっとのことで飾り棚から一枚、写真を引きずり下ろした。それは今よりずっと綺麗に手入れされたこの家の庭で撮られた写真で、二人の後ろに枯れ葉が美しく舞っている。リーナはきっと死んだときとそう変わらない年頃で、金髪を風にわちゃわちゃにされながら笑っていた。ようやく自分がそう呼ばれ続けてきた、そしてあの部屋の本来の持ち主だった“リーナ”と出会えたのに、ガキボーイの意識はリーナと一緒に映っている人物に急速に奪われていった。婆さんの嗚咽さえ最早気にならない。写真は穏やかなのに、とてつもなくおぞましく虚しい予感がガキボーイの心臓を握りしめた。そう、その写真の中に、リーナに抱き着かれて笑っている今より少しだけ若い俺の姿を、ネロはついに見つけた。