01

「僕は……君のことが好きなんだ」

彼はいつものように俯き加減にではなく、真っ直ぐこちらを見つめてハッキリとその言葉を口にした。ニュ ート・スキャマンダー。彼に魅了されて私はこの世界に引き寄せられた。
スクリーン越しに見つめるだけだった彼が、今目の前に存在している。その事実だけでも心が震え、喜びに満ちているというのに、この物語の行く末を変えてまで彼の手を取ることを私は許されるのだろうか。


魔法使いと異世界の女


春の嵐とはよく言ったもので、強風に煽られ体が今にも飛ばされてしまいそうだった。

昼から降り始めた雨は夜になって激しさを増し、体温がみるみる奪われている。気を抜いた隙にワッと吹いた突風に背を押され、髪の毛が容赦無く顔に打ちつけられた。一本一本は細い糸のようでも、束になって叩かれてはなかなか痛いものだ。ビリビリとした感覚が肌に残る。湿気で顔にべったり張り付いた髪をよけていた瞬間、風とは思えぬほどの轟音とともに傘が綺麗にひっくり返った。流石に骨が折れてしまったかもしれない。バケツで水をかけられました、というほどの雨にあたりながら傘を元に戻し、駅へ向かって再び一歩踏み出した。つもりだった。

「……あれ……?」

視界いっぱいに広がっていた見慣れた街並みはなく、代わりに分厚そうな石造りの壁が周りを囲んでいる。舗装されたコンクリートの歩道の代わりに足元に広がるデコボコした石畳は、ヨーロッパの風景写真で見かけたものを連想させた。人気は無く、とっぷりと日が暮れた闇の中でポツンと自分だけが存在している状態。一瞬で景色が変わってしまったことに混乱しつつ、迷子の2文字が頭の中に浮かんだ。嘘だと言って欲しい。こんな年齢で、社会人にもなって街中で迷子になるだなんて。とはいえ、少しも分からない現在位置に訳がわからず泣きそうな気持ちだった。ひとまずここがどこなのか確認しなければ。足を動かした拍子に、何かが地面を転がる音が聞こえた。ほっそりと長い棒のような、枝というには綺麗に加工されているそれを拾い上げた。

「枝?っていうより、杖?」

試しに振ってみても特に何が起きるということもない。やはりただの綺麗な枝だろうと目の前でかざしてみると、それ越しにこちらを見つめる老人の姿が目に入った。先ほどまで何の気配も感じなかったというのに。足音さえ聞こえなかったように思い、驚きと少しの恐怖で身が強張る。独特な洋装に身を包んだ老人は、私を待っていたのだとゆっくりこちらへ近づいてきた。ファンタジー小説から抜け出してきたかのような風貌に瞬きを繰り返す。この世界ではない場所から、何かがやってくるというお告げがあったらしい。彼は絵本に出てくるサンタクロースさながらの長い髭を撫でて、まさか子どもが飛ばされてくるとは、と私を見て不憫そうな表情を浮かべた。確かに日本人は年齢よりも若く見られがちだと聞いたことがあるが、未成年、それも子どもだとハッキリ言われてしまうとは。彼の言葉に愛想笑いを返した。

「あの。そのお告げ?っていうのはちょっとよく意味がわからないんですけど……帰るにはどうしたら?」

私の問いに困った表情を浮かべた彼は、それに対する答えを言いづらそうに口籠らせた。その様子だけでほぼ察してしまう。方法はあるが実行に移すのが極めて困難か、そもそもそんなものは存在しないか。というより、その方法が分からないだけかもしれないが。どのみち、彼の反応から察するに私がここから帰る術は無いのかもしれない。そもそも、雨の中歩いていただけでこのような場所に来てしまったということ自体信じ難いのだが。ウーン、と唸りながら考えていることが顔に出てしまっていたらしく、申し訳ないと謝罪の言葉を受けた。

「いえ。その、私も今少し混乱しててよく分かってはいないんですけど」

もういい大人なので、予想もしていなかった事態に見舞われた経験は何度もある。ここで突然泣き出すようなこともないが、せめてもう少し詳しい説明はしてほしい。ひとまず場所を変えて話を、と案内され建物内へと足を踏み入れる。土砂降りだった雨も飛ばされそうなほど強かった風もいつの間にか止んでおり、手にした傘を閉じた。薄暗い廊下を進み、複雑そうな角を何度も曲がったのち、長い階段を登った先にある一室へと通された。何やら長い歴史がありそうな内装に、失礼かと思いつつもついあちこち見てしまう。

「えっ!!椅子が……!!」

ここに座れと言わんばかりにスッと目の前へやってきた椅子に思わず飛び上がった。興奮なのか驚きなのか、心臓がドクドク、バクバクと大きな音を立てて脈打っている。高度な手品の類だと言ってほしい。恐る恐るその椅子に腰を下ろした。

ざっくりとした事の経緯としては、執務中の彼の元に突然お告げがあり建物内を見て回っていたところ、私があの場に突然現れたのだという。恐らく、今この世界で起き始めている事と関係があるのだろうとのことだが、現時点では私の状況と関連性があると断言できるようなことは何も無いらしい。

自分が理解しているかは別として、話の中でいくつか気になったワードについて質問をした。ホグワーツ、魔法界、魔力、異世界。急に飛び出してきたファンタジーな内容に、更に混乱するばかりである。そうして丁寧に返された答えに、ひとつだけ思い当たった。

「ここハリポタとかの世界ってことですか?」 

目の前の老人、ホグワーツの校長である彼は不思議そうに眼鏡を押し上げた。



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