24

「私、何も苦しくなんか……」
「違う世界」
「え?」
「違う世界から来て大変だろう。ダンブルドア先生が君にそう言ってるのを、偶然……」

先ほどまで眠たいのかというほど温かかった手が指先から冷えていくのを感じる。それとは逆に、耳や首、顔全体が途端に熱くなってきた。自分でも今、暑いのか寒いのかよく分からない。ただ、立っているだけだというのに、全身の毛穴からはじわりじわりと汗が流れ始めている。ニュートは、気まずそうに私から離れ「ごめん。聞くつもりはなくて……」と俯いた。まさか、いや、ニュートはどこまで知っているのだろう。

「……知ってたんだね」
「ホグワーツにいた頃に通りかかった部屋から名前の声がして、本当に偶然、君とダンブルドア先生の会話が少しだけ聞こえてきたんだ」
「そんなに前から……ニュートは、その……何をどこまで聞いたの?」

恐る恐る訊ねた私に、ニュートはそのままの状態で目も合わせずに答えた。

「僕がその時聞いたのは、名前がこの世界とは違う場所から来て、ホグワーツで魔法を学んでいるってことだけだよ」
「そっか……」
「そう。それくらい」
「ニュートは」
「うん」
「それを聞いて、よく分からないし得体の知れない女をそばに置くのは嫌じゃなかった?」

俯いたままだったニュートが顔を上げ、視線が交わる。彼は私を見て「嫌なわけない。そんな風に考えたことも思ったこともないよ」とハッキリとした口調で言い切った。

「もし名前がそのことで何かを抱えて苦しんでいるなら、僕が助けになりたいんだ」
「私の話を聞いたら、そうも言ってられないよ。いくらニュートだって、怒って、不快な気持ちになって、私を軽蔑するかもしれない」

そうなったとしても何もおかしくはない。この世界を知っているだなんて、それだけ大きなことをニュートに話さず隠している。私の話を聞いて、彼の優しい瞳が途端に冷たくなることを想像して泣きそうになってしまう。ニュートから顔を背けようとした私に「しないよ」と彼は柔らかな声で言った。

「君が抱えていることが僕にどう関係するとしても、僕が名前のことを軽蔑することも嫌いになることもないよ」
「嘘……受け入れられるはずない」
「嘘じゃない。だって僕たち、どれだけ長い間一緒にいると思ってるの」

共に過ごした時間がいくら長くとも、受け入れてもらえるかどうかは別の話だと思っている。ニュートのことを信じられないと言っているわけではない。そうじゃないのに、そうじゃない何かを上手く言い表せないもどかしさに、ニュートから目を逸らす。

「僕を見て」
「見れないよ」
「どうして?」
「だって」
「名前」
「……なに?」
「僕が全部受け止めるから。僕を信じて、名前」

発せられた言葉に、マクーザの処刑室でのことが頭をよぎった。ティナはニュートのこの言葉を信じて、意を決して飛んだ。今にも椅子ごと飲み込まれてしまいそうなあの状況で、一歩踏み出すのは怖かったことだろう。そう、私も怖い。先ほどまでうまく言い表せなかった感情がようやくハッキリとした気がした。ここには存在しないはずの得体の知れない液体が、私の足元にも広がり、ジリジリと迫り上がってくる気がする。ティナのように私も飛べるだろうか。ニュートの言葉を信じて。ちら、と彼を見るとその目は真っ直ぐ私に向けられていた。

「もし……私が飛び込んでも、受け止めてくれる?」
「必ず受け止めてみせる」
「上手くいかなかったら?」
「僕が手を伸ばして、君の手を掴むよ」
「届かなかったら?」
「僕が飛び込む」
「ニュートが?」
「そう。僕が飛び込んで、君を受け止める。君を離したりしない」
「ニュートは私を受け止めるのが怖くないの?飛び込むのも、知ってしまうのも怖くない?」
「君を失う方が怖い。比べられるようなことじゃないけど……僕にはそれ以上に怖いことはないよ」

君は?とニュートの目が私に問いかける。

「私もニュートを、失いたくない」

ひとつ本音を吐き出しただけで、スッと呼吸がしやすくなった気がした。「大丈夫」とニュートが自らの両手で私の両手を包み込む。やっぱりニュートは温かい。もう、この優しさに包まれたまま、甘えたままで彼のそばにいたい。そこまで思ってしまうのはワガママだろうか。

「僕たちは離れないよ。あの日、大広間から寮へ向かう時に並んで歩いたみたいに、ずっと一緒だ」

初めて言葉を交わした時のまだ幼い彼の顔が重なって見えた。



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