04

イギリスと似ているようで違うアメリカの街中を歩きながら「あれは何?」と時折ニュートと言葉を交わす。私はこの時代のニューヨークに来られたことに、ニュートは初めての土地に興味津々だ。通りの各所で立ち上がる蒸気を見るだけでもワクワクしてしまう。

「ニューヨークって賑やかな街だね」
「そうだね」
「ロンドンも好きだけど、この街の雰囲気もすごく好き」

繋いだ手を前後に揺らして、上機嫌に通りの街並みを眺める。ニュートは「それって、浮気?」と私を見た。

「浮気?違うよ、そんなんじゃない。ロンドンが大本命」
「だったら……ニューヨークが好きだなんて、そんなこと言わないで。君の帰る場所は僕たちの家があるイギリスなんだから」
「今はね」
「今は、って?」
「だって、ニュートに恋人ができた時に私が一緒に住んでたらおかしいでしょう?相手の方も嫌だと思うし」

どこの世界線に、彼氏と同居する女を歓迎する彼女がいるというのだ。ニュートとティナがそういう関係になった時には、勿論私はあの家を出て行くつもりである。そのための移住先候補に、ニューヨークを入れるのもいいかもしれない。コーヒー片手に朝の街を歩く自分の姿を想像して、つい口角が上がってしまう。突然立ち止まったニュートに手を引っ張られ、その場で足を止めた。

「……僕に、恋人?」

彼は眉根を寄せ、まるでそれが不可解なことであるかのように呟いた。

「そうよ」
「名前。君は何か勘違いしているようだから言っておくけど……僕には、君がいる。そんなことにはならないよ」
「どうして?今は友達同士でルームシェアしてても、これからのことは分からないじゃない」
「どうしてって、それは、」

横を通り過ぎた車の排気音によって、ニュートの声はかき消された。すぐに言葉の続きを聞き返したが「また、そのうち」と言って彼は再び歩き出した。きっと、それほど大事なことでもなかったのだろう。

そのまましばらく通りを歩いていると、道すがら高架下の建物前に集まる人だかりが目についた。何やら集会が開かれているらしい。掲げられた見覚えのある横断幕に、ジッと目を凝らす。鮮やかな黄色と赤の炎に、折れた魔法の杖。そうだあれは、新セーレム救世軍と呼ばれる魔法使いの根絶を目指す団体だ。聴衆を見渡すように階段上に立つ女性、メアリー・ルー・ベアボーンが今まさに演説を始めたところのようだった。ニューヨークへ向かうと言われた時点でもしやとは思っていたが、いよいよファンタスティックビースト本編の時間軸に突入したらしい。通りに響くほど高らかな声にニュートも興味を持ったのか、私の手を引いてそちらに歩き始めた。

「こういう集会というか、演説を聞くのって私初めて」
「僕もだよ。遭遇すること自体なかなか無いと思う」
「うん。それにしてもすごい人。ここにいるのはみんな信奉者ってことなの?」

一番後ろから聴衆たちの様子を窺う。「ねぇ、ニュート」と隣に話しかけて、すでにその相手がいないことに気づいた。ずっと繋がれていたはずの片手がいつの間にか空いている。私にはいつも離れるなと言うくせに、ほんの少し目を離した隙に自分からいなくなってしまうなんて。好奇心旺盛なのはいいが、置いていかれては困る。背伸びをして周囲を見渡すと、前方で目当ての人物が聴衆をかき分けて進む姿が目に入った。

「わっ、すみません」

ニュートの後を追いかけるように前へ進もうと身を乗り出した途端、近くに立っていた女性にぶつかった。「ごめんなさい。足踏んじゃいましたか?汚れてませんか?」と慌てて話しかけると「平気よ」と帽子を目深にかぶった彼女は特に気に留めない様子で返した。ホットドッグを片手に、上唇には少しだけマスタードがついている。

「我々は戦わなければなりません──あなたも、新セーレム救世軍に加わってください!」

メアリー・ルーの言葉に眉を顰めるこの女性、まさしくこの物語のヒロインであるポンペンティナ・ゴールドスタインは私を見て「貴女、興味あるの?」と周りの様子を窺いながら声をかけてきた。

「新セーレム救世軍に?」
「ええ。そうよ。だって集会に参加してるじゃない」
「それはまぁ、成り行きというか……」

周囲の意識がこちらに向いていないことを確認し「この人たちには悪いけど、実は全く興味がなくて」と決して他に聞かれることのないよう、内緒話をする時みたいに小さな声で答えた。私の言葉を聞くなりホッとしたのか、強張っていたティナの表情が和らぐ。今の私は元の世界にいた時のようなただの人間ではなく、魔法使いの一人。それなのに、魔法使い根絶などと主張する団体を支持するわけがない。彼女が魔法使いであり、新セーレム救世軍の新報社ではないと知っているからこそ言えた答えでもある。

「お姉さんたち、ごめんよ。銀行に行くんでちょっと通して」

後方から来た男性に声をかけられ「すみません」と咄嗟に謝った。

「ハイ、ごめんなさいよ……」
「あっ!」
「え?」

背広姿で恰幅の良いその男性を見て、思わず大きな声をあげてしまった。急いでいる様子の彼は私の声に驚いて「えっ、何?俺?」と自分を指している。あのジェイコブ・コワルスキーを生で見て、黙っていられるわけがなかったのだ。心が広く、優しい、勇敢なマグルの男性。彼のおかげで救われた人は多いだろう。

「その、そこに段差が少しあるのが見えて……貴方がつまずきそうだったのでつい」

とりあえずその辺の地面を指して誤魔化すと「本当だ。ここだけ妙に地面が盛り上がってる」と彼は納得したように言った。

「ありがとう。この中には、大事なもんが入ってるんだ」
「いいえ、引き止めてごめんなさい。大事なものが無事でよかった」

ジェイコブは、再度私にお礼を言うと聴衆をかき分けてニュートがいるあたりまで進んでいった。今、丁度トランクにつまずいたらしく、何やら周りの注目を集めている。

「知り合いだったの?」
「いや……そういうわけじゃないんだけど」

ティナは訝しげに私を見た。ティナに続いてジェイコブの登場に、少しオタクの反応が出てしまっただけである。とはいえ、感動に浸っている間もなく、私を置いて物語は先へと進んでいく。メアリー・ルーに「あなたは何を求めていらしたの?」と問いかけられて戸惑っている様子のニュートは、落ち着きなく周囲を見渡している。もしかするとあれは、私を探しているのかもしれない。注目を浴びて1人では心許ないだろう。

「……あの人、私の友達だわ。ここまで一緒に来たの」
「そう。妙に目立っているみたいだけど、大丈夫なの?」
「いや、ちょっと大丈夫じゃなさそう」

彼女はその様子を見て「早く行ってあげたら?」とホットドッグでニュートのいる方を指した。

「そうするわ。ありがとう。じゃあ、またどこかで」
「ええ。どこかで」

ティナに別れを告げ、行く手を阻む人の壁を割って進んでいく。満員の通勤電車から降りる時みたいだ、と思いながらトランクを抱え直した。ようやくニュートに追いつくと「あなたは?何を求めていらしたの?」とメアリー・ルーから同様の質問を受けた。

「特には、何も」
「貴方たちは探求者?真理を追い求めるシーカー?」
「いや、僕はむしろ追求者、チェイサーです」
「私は?」
「君も」
「そうらしいです」

私たちの返事を聞いたメアリー・ルーは「お聞きなさい、私のこの警告を……」と再び演説を始めた。こうして熱心に活動を行うわりに、自分の開いた集会に魔法使いが紛れ込んでいることにも気づかないのか。ニュートを見ると、もうあまり興味がないようだった。

「友よ、どう思いますか?」
「……え?私ですか?」

彼女の視線は隣のニュートではなく、真っ直ぐ私に向けられている。真面目に質問をされても、それに返せるような答えは持ち合わせていない。私の言葉を待つ彼女を通り越して、階段を上った先に気になるものが見えた。コインでいっぱいの帽子のそばに座るカモノハシのような見た目の生き物。目が合うと銀行の中へ逃げていった。ニフラーが出てしまっていることを知らせるべく、ちょんちょんと肘でニュートを小突く。彼は足元のトランクを見下ろし、驚いた顔を浮かべている。メアリー・ルーの質問に答える前に「すみません。通してください」と前へ出たニュートに続いて、人混みから抜け出した。



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