03

客室の扉が並ぶ通路をふらふらと歩く。部屋番号を確認しながら「あっち?」と先を指すと「こっちだ」とニュートは私の手を取って逆方向に歩き始めた。どうやら、指していた方向は真反対だったらしい。

挨拶を交わしたあの日から、私とニュートはいつも一緒にいるようになった。
カッパや妖怪の話にはじまり、日本に生息している動物たちやこちらの世界にいる魔法動物、同じ学年だったため授業や試験の話など。些細な内容がほとんどだったが、意外と話が尽きなかった。1日の大半はともに過ごしていたように思う。人見知りらしくおどおどとした態度だった彼も次第に心を開いてくれたようで、気づけばお互いファーストネームで呼び合うほど仲良くなっていた。途中からニュートを経由して知り合ったリタともよく話すようにはなったのだが、その後も変わらずニュートと2人で行動をともにすることが多かった。

とある事情により退学処分となったニュートとともにホグワーツを去った後、リタとは頻繁に顔を合わせることは難しくなったが、よく手紙を出し合っている。彼女の婚約者であるニュートの兄、テセウスとはうまくやっているらしい。彼女の最期を知っているからこそ、そういった話を聞くと嬉しい反面どうにかして助けられないかと考えてしまう。私一人に何ができるのか、この先のストーリーを壊すことになってもいいのかと聞かれると答えられないが、私にとってもうこの世界は物語ではなく現実なのだ。とはいえ、物語であることにも変わりはなく、この先に関してはなんとも難しいところである。

ちなみに最近彼女から届いた手紙には、そっちこそニュートとはどうなのかと記されていた。経緯はあまり覚えていない、というより何が何だか分からず混乱していたという方が正しいのだが、何故かニュートと一緒に魔法省へ就職することになっていたり、気づいた時には魔法動物の本を執筆するための調査に一緒に行くようになっていた。そういえば、同じ家に住むということもいつの間にか決まっていた。不思議な話だ。とはいえ、どうなのかと聞かれて答えられるようなことも特にはない。

「向こうに着いたら忙しくなるから、今のうちに準備を進めておかないと」
「そうだね。ブリーダーさんに会いに行ったり、アリゾナでフランクを……観光もできるかな?」
「うん。名前の気になっているところに行こう」

ニュートは、客室内に備え付けられたベッドの上にトランクを置いた。ブルーのロングコートを脱ぎながら「どこに行きたいの?」と聞いてくる彼に「ニューヨークらしいものが食べられるところ!」と即答すると笑い声が返された。

「食い意地張ってるって思ったでしょ?」
「思ってないよ。君も動物たちに負けず劣らずよく食べるなと思っただけで」
「それ同じようなことなんだけど」

ぽすん、とベッドに腰を下ろし「スキャマンダー さん?」と彼にジト目を向けて腕を組んだ。とはいえ、よく食べる自覚はあるので彼の言葉を全否定はできない。しかし、出先、それも国外ともなれば誰だってその土地の料理が食べたくなるだろう。ましてや、自分がいた時代よりもはるか昔に食べられていた料理が、実際にリアルタイムで食べられる機会などそう無いのだ。そのため、ニュートと魔法動物の調査に出かける頻度と比例して、私の料理屋探しも増えるというわけだが、いつの間にかニュートの中には私が大食い女だというイメージがついてしまっているのかもしれない。さすがにもう少し控えるべきだろうか。私が怒っていると勘違いしたらしいニュートは「ごめん。ここに、君の好きなハニーデュークスのキャンディーがあるから許してくれる?」とコートの胸ポケットから見慣れた可愛らしい包みを取り出した。喧嘩したり相手を怒らせてしまった時は、このキャンディーをあげるというのが学生時代から続いている2人だけのルールだ。私からニュートにあげることもあれば、今のようにニュートから貰うこともある。通称、ごめんねキャンディー。これは私が勝手にそう名付けただけなのだが。

「どうかな……?」

しゅんとした眼差しを向ける彼の手からキャンディーを受け取り「別に怒ってないけど、これで仲直りね」と包みを開いて飴玉を口に放り込んだ。

「僕が無神経だった。ごめん、名前」
「ううん。私こそごめん。ほんとは全然気にしてないよ」

ニュートは私の隣に腰を下ろし「でも僕は」と気恥ずかしそうに俯いた。

「食事をしている時の君も、好きなんだ。そういう時君は、とびきり幸せそうな顔をするから」

ニュートのストレートな物言いに、分かりやすく頬が熱を持つ。彼の言葉に友達以上の他意は無いと分かっていても、恥ずかしさでじわじわと体温が上がっていくのを感じた。


そうして、何度目かの朝と夜を迎え、私たちの船旅は終わりを告げようとしていた。爽やかな海風を感じながら甲板のベンチに並んで座る私たちの前で、ニューヨークを目前にした旅客たちが色めき立っている。あれが自由の女神像か、到着したらホットドッグを買おうなどと楽しそうな声が聞こえてくる。

「この前ギニアに行った時は滑って転んで顔が泥まみれになったけど、ここならその心配はなさそう」
「百味ビーンズの土味は本物だって言ってたよね」
「うん。分かりたくはなかったけど、全く同じ味だった……」

あの時のことを思い出すだけでも口の中に泥臭さが蘇り、うげぇと吐き出したい気分だ。思わず顔を顰めた私に「シワが寄ってるよ」とニュートは自分の眉間を指した。

「あ。留め具が」

ニュートの脇に置いたトランクの留め金がパチンと音を立て外れた。

「みんなも外に出たくて仕方ないみたいだね。天気も良いし」
「そうみたいだ……ドゥーガル。頼むからいい子にしてて」

ニュートは私の言葉に頷き返し、トランクを膝に乗せてドゥーガルに囁きかけた。ニューヨーク到着後、このトランクから動物たちが逃げ出したことにより大騒動が起きるのだが、今それを彼に教えることはできない。

「名前?どうしたの?」
「えーと、もしここで本当にトランクが開いたらと思うと、悩ましいなって」
「それは、最悪の事態だ。絶対に避けないと」
「うん……そうだね。私も向こうに着いてから迷子にならないよう気をつけるね」
「それなら、大丈夫。名前のこともトランクのことも、僕がしっかり見てるから」

柔らかい笑みを浮かべた彼は「ほら、これで心配ないよ」と私の手を取って、解けないようしっかり握った。ニュートは、女性相手に積極的な方ではない。そもそも人見知りであるため誰に対しても最初は余所余所しいのだが、慣れてきたとしてもこうして迷子防止という理由で突然手を繋いだり目を合わせてニコニコ笑いかけてきたりはしないだろう。ホグワーツの頃から日本人は珍しいと聞いているし、この扱いを考えるに私のことは女性というより珍獣。魔法動物とでも思っていそうだ。「迷子は冗談。ちゃんとついてくから平気だよ」と笑うと「いや、その……僕がこうしていたいんだ」と繋がれた手にギュッと力が込められた。

船が港に到着すると、旅客たちは我先にと税関に列を作る。家族連れ、老夫婦、ピッタリ寄り添い進んでいくカップル。流れのままに少しずつ前へと進んでいく。隣に並んだニュートは、以前として私の手をしっかり握っている。私たち2人は、少し先に並んでいるあのカップルと同じように周りの目には映っているのかもしれない。税関で手荷物検査と質問を受けるまであと2組、1組、そうしてついに順番が回ってきた。ジトリとした目でこちらを見た後「では、奥様から」と私に荷物を見せるよう促した。奥様と呼ばれたことに驚いて自分のトランクケースを地面に落とし、その拍子に角がほんの少しへこんだ。

「違います!私たちは夫婦ではなくて、その」

ただの友人で、と続くはずだった言葉はニュートにより強制的に終了した。

「僕たち結婚はまだなんです」
「ニュート!?」

結婚はまだどころか私たちは恋人同士ですらない。「ちょっとニュート」と突拍子もないことを言い出す彼のコートを咄嗟に掴んだ。ティナの耳に入りでもすれば大問題である。誤解されかねない。

「私たち夫婦どころか恋人ですらないでしょ。否定しないでどうするの」
「こう言った方が入りやすいと思うんだ」
「それはまぁ、確かに」

小声でやりとりをしていると、早く荷物をと役人が机を叩いて急かした。夫婦だろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいという顔を向けるくらいなら最初からややこしいことを言わないでほしい。「すみません」と一言謝罪の言葉を口にして、今度こそ検査のために荷物を台に置いた。

「日本人だな?」
「はい」
「ニューヨークは初めてか?」
「はい」
「食べ物は入っていないか?」
「いいえ。何も」
「生き物は?」
「入ってません」

最後にカバン全体をサッと触って確認した役人は「次の人」とニュートに声をかけた。

「イギリス人だな?」
「はい」
「ニューヨークは初めてか?」
「はい」
「食べ物は入っていないか?」
「いいえ」

パスポートに目を通しながら、私の時と同様の質問を続けて「生き物は?」と役人が尋ねた。それと同時に、ニュートのトランクの留め具がカチャリと開く。どうやら落ち着きのないいたずらっ子がいるようだ。ちら、と役人の顔を窺うと、トランクとニュートに疑わしげな目が向けられていた。

「もう、だから出発前に直した方がいいって言ったのに」
「ごめん。君の言う通りだった。修理しなくては──あ、いいえ」
「私たちすぐに修理屋に行きますので」

万が一開かないよう片手でおさえながら「道中、荷物が飛び出さなくて良かったわ」とニッコリ微笑んだ。内心焦りで一杯である。このまま何事もなく終わってほしいという想いに反して「中を見せてもらおうか」と役人は厳しい目をニュートに向けた。

「構いませんけど、彼の旅行道具が入っているだけですよ」

どうにかしないと、とニュートに目配せをする。ここでダイヤルをマグル用にサッと切り替えることは知っているが、知っていてはおかしいので合わせるしかない。「それにしても、今日は本当に天気がいいわね」と役人に話しかけて気を引いている隙に、ニュートは留め具のダイヤルをマグル用に切り替えた。訝しげな表情を浮かべながらカバンを開いた役人は、パジャマや地図類などの何ら普通の荷物を見てようやく納得してくれたようだった。

「ニューヨークへようこそ」

ようやく聞くことができた歓迎の言葉に、2人揃って礼を述べた。



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