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その日世界が震撼した。各国で、妊娠もしてないない女性たちが同日同時刻に子供を出産するという超常現象が起きたからだ。43人の女性と生まれた43人の子供たちは世界的に報道され、連日ニュースや新聞に取り上げられた。世界的陰謀、悪魔の仕業、人類の滅亡を予知しているなど様々な憶測や噂が飛び交い人々を騒がせる中、億万長者のレジナルド・ハーグリーブス氏は子供たちを養子として受け入れることを発表。最終的に引き取られた7人の子供たちは皆それぞれ能力を持ち、ハーグリーブス氏はアンブレラアカデミーという教育機関を設立したのだ。

アンブレラアカデミー、それこそがお隣に建つ大きな家である。その家主レジナルド・ハーグリーブス氏が亡くなったという世界的ニュースは、どこの新聞社やメディアよりも早く、1番にうちの家に飛び込んできた。

「だからといって親族でもない私が呼ばれるなんて」

1号ことルーサーは、ソファーに座るよう促した。私が座ると彼はその正面に腰を下ろし「聞きたいことがあってな」と真剣な面持ちで口を開いた。成長するにつれ疎遠になっていくハーグリーブス家の面々と同様私も自然と彼らと疎遠になっていた。そのような状況の私に、何か答えられることなどあるのだろうか。何を聞かれるのかも分かってはいないのだが。

「俺は、何かあったんじゃないかと思ってる」

何が、と言う前にルーサーが言葉を続けて遮られた。

「父さんの片眼鏡が無かったんだ」
「片眼鏡?」
「ああ」
「そんなのしてたっけ……」

アカデミーの子たちとはよく遊んでいたが、ハーグリーブス氏とはあまり顔を合わせたことがない。思い出そうにも私の頭の中には正確な姿が存在しないようだ。

「ごめん。あんまり覚えてないや」
「そうか……父さんは毎日必ず片眼鏡を付けていて、誰も外した姿を見たことがなかった。それほど片時も離さなかった物が、無くなっていたらしい。父さんの部屋から」

ルーサーの言葉に相槌を打ちながら、それと私に何の関係があるのかと考える。彼は「誰かが父さんの部屋に入って殺害したと思ってる」と事件性を仄めかす言葉を口にした。

「もし何か知っていたら教えてほしい。ここ最近、不審な出来事や人物に遭遇したことはなかったか?」

刑事さながらに質問をするルーサーに、首を横に振ってみせると「そうか」とだけ呟いて彼は視線を足元に落とした。隣に住んでいるからといって何かを知っているわけではない。ハーグリーブス氏に関して私が知っていることといえば、厳格で、常に忙しく、ある日の朝食時に5号に対してタイムトラベル禁止を言い渡したということくらいだ。5号ことファイブはそれから17年間行方不明になっている。壁にかけられているファイブの肖像画はあの頃と何ら変わりない姿のままだが、当の本人は今どうなっているのだろう。妙に自信家で、プライドが高く、人を小馬鹿にするような態度をよく取る少年だった。

「話それだけならもう帰るね」

立ち上がった私に「待ってくれ」と声がかけられた。これ以上、ルーサーと2人で湿っぽい空気に浸り続けなくてはいけないのなら勘弁してほしい。室内はどこか薄暗く他の兄妹たちの姿は見当たらない。やけに静かで、カウンターに骨壷と写真が1つ置かれている。このままこの暗い空間に居続けたら陰鬱な気持ちになってしまいそうだ。ジト……とルーサーに目を向けると「実は知らせたいことがある」と言ってソファーから立ち上がり、階段の方へ歩き始めた。着いてこいということでいいのだろうか。

「またその、事件性が〜って話?」
「いや、違う。それとはまた別の話なんだ」
「一体、いくつ話があるの」

階段を上り、彼らの私室の前を1つずつ通り過ぎていく。立ち止まった扉の前でルーサーが2、3度ノックをした。扉にはネームプレートも無く、ここが誰の部屋かは分からない。分かるのはルーサーの部屋ではないということだけだ。この部屋の主は不在にしているのか返事が返される様子も扉が開く気配もない。ルーサーが先ほどよりも力強く叩くと、乱暴に扉が開かれた。

「誰だよ騒々しい」
「え……ファイブ?」

1階の肖像画と同じ顔が目の前に存在している。目が合ったファイブは、一瞬動きを止め私を見つめた。私も彼と同じような反応をしているだろう。17年間行方不明になっていた友人が突然現れたら、口を半開きにしたまま固まってしまってもおかしくはない。ファイブはキリッとした形の良い目を細め「……お前か」と言った。

「おいルーサー。勝手に僕の部屋に連れてこないでくれよ」
「何でだ。(名前)はお前が行方不明になってからずっと心配してたんだ。帰ってきたと教えるくらいいいだろう」

真面目なルーサーは()  

「ファイブ」

名前を呼ぶとゆったりとした動きで、ルーサーからこちらに視線が移された。

「なんだ」

容姿は17年前に見たそのままで、性格も話し方も何ら変わりない。久しぶりの再会は、感極まって胸に込み上げるものがある。ようやくこの言葉を彼に伝えられるのか、と口を開いた。

「おかえり」

私の言葉を聞いたファイブは、驚いた様子で目を見張り「それだけを言うために来たのか。暇だな」と鼻で笑った。

「良かった……怪我もなさそうだし」
「別に泣くことはないだろう」

そう言って私に伸ばされたファイブの手は、()行き場を無くしたように宙を彷徨い、どこにも触れることなく戻っていった。

「泣いてはないけど……」
「鏡を見てこい。今にも涙が溢れそうだと言っているようなもんだ。僕が帰ってきたのが泣くほど嬉しいか?」
「うん。泣いてはないけど、泣くほど嬉しいよ」
「……お前と話してると調子が狂う」

着替えてくると部屋に入ったファイブは、すぐに顔を覗かせ「ただいま」とだけ言って再び扉を閉めた。広間に戻ろうと踵を返し、屈強なルーサーの体にぶつかって彼の存在を思い出した。

「先に戻れば良かったな」
「ごめんルーサー……忘れてて」