02


免許を取っておいて良かった、とあれほど思う瞬間はないだろう。先日のドーナツショップでの夜、そう実感した。赤信号に車を停車させる。あの後、帰宅してからはファイブに会っていない。怪我を悪化させていなければいいのだが。「名前!」と呼ぶ声にそちらへ顔を向けると、両手を大きく振りながら駆けてくる4号ことクラウスの姿が見えた。青信号に変わる前に彼のいる施設の駐車スペースに入り、車を止める。

「ナイスタイミング!乗せてってくれよ」

満面の笑みで助手席に乗り込んだ彼の顔には、キラキラしたラメのようなものと血がついている。「それどうしたの?」と顔を指すと「スノードームを頭で割ってさー」となんてことがないように返された。

「スノードームを頭で割った?どういう状況?というかそれ大丈夫なの?血が出てるけど……」
「あ、これ?かすり傷かすり傷」

陽気に笑うクラウスに、どうせまたクスリだろうと呆れてため息が溢れる。

「てか、超腹減った」
「何かご飯食べてないの?」
「さっきまでファイブに付き添っててなんも食ってない。金くれるっていうから手伝ったってのに、アイツさっさと1人で帰りやがって」

ファイブに頼まれて何かの調査のために父親役をやらされたらしい。手伝った報酬としていくらか貰えるとのことだったが、結局貰えずじまいだったとクラウスは嘆いた。あの腹黒い兄弟にいいように使われたんだろう。本当にほんの少しだけ不憫に思え「何か食べて帰る?ファイブの代わりにご馳走するよ」と言った私に彼は目を輝かせた。

「でも高いお店はダメ」
「分かってるって!」

小さな声で「卵……ワッフル……」とぶつくさと呟くクラウスに「ハンバーガーはどう?」と提案する。彼は私を見て「ああ、それがいい!そうしよう!」と頷き返した。しばらく車を走らせる、バーガーショップのドライブスルーに入ると適当にメニューから注文する。受け取った品をクラウスに渡し、再び車を発進させた。

「そういやさあ、ファイブの話聞いたか?」
「何の?」

紙袋からポテトを取り出して食べながら、話を切り出したクラウスの言葉に首を傾げる。

「行方不明になってる間に30年連れ添った女がいるって」

思わずブレーキを踏みそうになって、すんでところで足を止めた。

「は?何その話」
「うっわー、スゲー怖え顔」
「そんな顔してない」
「まあまあまあ、そりゃあ好きな男が突然消えた挙句知らない女と30年も一緒にいたって考えたらそうなるわな」

クラウスは勝手に私のドリンクを取り出し「名前はファイブのこと好きだったもんな。あ、現在進行形か」と飲み始めた。とんでもないことを言っておきながら、呑気な男だ。ファイブに30年連れ添った女性がいる。彼は45年の時を向こうで過ごしていて、そのうち30年。それほど長い時間なら、きっと結婚していたんじゃないだろうか。再会して、ドーナツショップに行って、ファイブに会えたことに1人で浮かれていた。精神年齢がどうであれ、一般的には13歳の少年を相手に三十路手前の女が浮かれ切っていたのだ。その代償に、今こうして現実を突きつけられている。初恋の相手であるファイブが帰ってくることをずっと心待ちにしていただけに、今の話は心を抉られる気分だ。黙って運転をする私に「その女に飽きたから帰ってきたのかもしれないし、チャンスあるって」と喋りかけてくるクラウスを横目で睨みつけた。





()