嫌われたがりのコッペリア


彼女はいつだって世界から浮いていた。

「席、分からへんのやろ?」

教室の入口で立ち止まる華奢な後姿。思わずぶつかりそうになったが間一髪。
なるほど。始業前にも関わらず教室がやけに静かなはずだ。

「……うん。」
「学校来んからや。」

こっち、と声をかければ意外にも素直に後ろを着いてくる。彼女の一挙一動にクラス中の意識が向く。

「隣、俺の。」
「ありがとう。」

お礼が返ってきたのが意外で、思わず顔をまじまじと眺めてしまった。失礼極まりないが仕方ない。俺を含め、ここにいる全員が彼女のことをほとんど何も知らない。

「…朝からちゃんと学校来るん珍しいな。」
「………」
「なに?改心したん?」
「………」

安定のスルー。無視。フルシカト。
せっかくの機会だからと話しかけてみたものの、まあ答えが返ってくることなんて期待もしていなかった。
席につくなり、彼女は窓から外を眺めている。教室の窓際の角の席。そんな隅にいても、まだこのクラスの中心は彼女だった。

「…アイツといっしょに来たん?」
「………」
「まあ、聞くまでもないけど。」

相変わらず静まり返った教室に俺の独り言がやけに響く。

「蛍ー。」

静寂を切り裂くには緩すぎる、呑気な間延びした声。答えを待つ間もなく、ずかずかと我が物顔で教室内に侵入してくる長身。空気をまったくもって読まないのはこの男のいいところでもあり悪いところでもある。

「えっ。亮ちゃんの隣の席なんや!」
「…朝っぱらからうるさいねん、お前。」
「んふふ。おはよう、亮ちゃん。」

開いたままの窓から花のにおいが流れこんでくる。そういえば昨日の帰り、ヤスが花壇の花がきれいだとか話していた気がする。

「忠義。」
「ん?」
「やっぱり、教室、やだ。」

真っ白すぎる肌は青くも見えた。大倉は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ真面目な顔をして、また表情を緩める。

「ん。帰る?」
「……ちょっとだけ、外の空気吸う。」
「おっけ。んーと、屋上でも行こか。」
「うん。」

大倉と並ぶと、彼女の華奢さはより際立った。その華奢さと白さも、彼女をとても儚く見せる。
教室を出ようとしたところで、彼女は俺に振り向いた。視線は強い。

「錦戸。」
「…っ。」
「私に話しかけてくれなくていいから。」

名前知っててくれたんや。
なんて喜ぶ隙さえ与えてくれない。


1/5
prev  next