忘れるわけにはいかない

「へーえ。亮がねえ。」

放課後の音楽室。
ピアノ椅子に座ってギターを弄っている俺のすぐ側で寝転んでゲームをするヨコ。ここ最近のお決まりの過ごし方。旧校舎にある音楽室はあまりにも静かで、驚くほどに学校の雑音が遮断されている。だからこそ、お気に入りの場所でもあった。
ギターとゲームの音だけがする音楽室に、マルがビッグニュースだとばかりに飛び込んで来たのが5分前。それはもう3割増しでうるさい。

「その反応、信じてへんなー!」
「信じるも何も…なあ?」
「そのテのネタ、どっくん1番嫌がるやつやんけ。怒られんで。」
「それは知っとるよ!俺かて、適当な噂やったらこんなん言わへんし。」

意外にもなかなか食い下がらないマル。ヨコのゲームを覗き込みながら不服そうに呟いた。
まあ確かに。マルに限って、適当な噂をわざわざ俺らに話すわけもない。

「俺、マルの勘違いに楽々亭のラーメン。」
「…俺もそっちに炒飯やな。」
「賭けにならへ、」
「おっつー。」

噂すればなんとやら。豪快にドアを開けて入ってきたのは亮だった。機嫌がよさそうに棒付き飴を食べながらズカズカと教室に入ってくる。

「お、噂のどっくん。」
「噂?俺の?」
「おん。どっくんが純愛中ってマルがホラ吹いとんねん。」
「裕ちん、言い方!」

まあマルが何をもってそんなことを言い出したかは分からないが、信じろという方が無理な話で。高校からの亮しか俺は知らないが、まあそれなりに女絡みは派手だった。というのも悩んだり嫌なことを経験したからなのだろうが。高校生にして、女遊びも飽きたのか最近は落ちついたようにも思えていたが、それでもまさか亮が片思いなんて。誰かを追いかけてる亮なんて想像すらできない。

やっぱりないな、と考えたところで、やけに静まり返っていることに気づく。

「……そう、なんかな。」

まるで豆鉄砲をくらったような顔をしたヨコ。ほらなと言いたげにドヤ顔をキメるマル。それから、顔を赤くして額に手を当てる亮。
何だこの光景。おもしろ。

「え、どっくん…?」
「や、ちゃうねんで!?ほら、やっぱりかわええやん、見た目は!でも変人やし最初はほんまにむしろ嫌いやってん!」
「お、おう…。」
「でも、なんやろ。あの媚びひん感じとか…言い方キツイのも素直なだけなんかなとか思ったり…。」
「亮ちゃん…。」
「これ、好き…なんかな…。」

これは参った。マルにラーメンセット奢りで決定だ。
顔を赤くしたままの亮は机に突っ伏してしまう。こんな亮は見たことない。

「…ええやん!いや、ビビったけど俺なんか嬉しいわ!」
「な!応援するやんなあ!」

ヨコとマルは心底嬉しそうに笑う。2人の気持ちは分かる。亮がそれなりに悩んでいたのは知っていた。たくさんの噂や勝手なイメージに傷つき、亮の恋愛観や女子への偏見は歪んでいた。そんな亮に、おそらく初めて本気で好きな人ができた事実。友達としてそれがただただ嬉しいのだ。

「…あかん。はっず。」
「いやー青春やな!で?誰なん?どっくんをそんな骨抜きにしたの。」

それは気になる。亮にいわば革命を起こした女子。
亮本人は相変わらず顔をあげないままだったが、何故かマルが自慢げに笑う。

「2人も知ってんのちゃうかなあ。」
「ってことはこの学校におるん?」
「あんま学校来てへんけど、かわいくて有名やし。」
「有名…?」

まさか。
脳裏に1人浮かんだが、そんなわけ、ない。

「っていうか大倉の幼なじみやもん!2人も中学一緒やんな!知っとるんちゃう?」

…知っとるよ。痛いほど知っとる。

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