心を頂戴する


「亮ちゃんと俺が美化委員て。なかなかのセンスよな。」

くじ引きで奇しくも選ばれし者となってしまった俺。どう逃げたものかと思っていたが、他クラスの亮ちゃんも同じパターンだと聞いて思わず笑ってしまった。
初委員会はよくもわるくも無意味なもので。簡単な自己紹介のためだけに集まることに意義はあるのかと、委員会らしく問題提起するところだった。もちろん俺ではなく、亮ちゃんが。

「だっるう。俺、今日ほぼ寝てへんねん。」
「なんで?」
「お前らの音源聞いとった。」
「ふは。さすがファン1号。」

数ヶ月前から、すばるくんに誘われてバンドを始めた。すばるくんとヤスとマル。気心の知れたメンバーで始めた適当なバンドだが、亮ちゃんはいたくお気に召したらしい。今はまだコピーばっかりだが、早くオリジナル曲もやれとプロデューサー気取りなものだから参っているのも本音。

「…今日も、アイツ来とったな。」
「蛍ー?最近がんばってるんよ。」
「へえ…。アイツって、」

言いかけたところで亮ちゃんの足が止まる。それにつられるように俺も止まった。
少し先の教室から数人の女子が騒いでいるのが聞こえる。亮ちゃんのクラスだ。

「最近、錦戸くんってどうなんやろ。前ほど噂聞かんよなあ。」
「いやいや、テニス部の1個下の子が遊んだって自慢しとったよ。」
「まじで?なんか超年上の女といるの見たって噂もあったよね。」

なんて下世話な話題。吐き気がする。
隣をそっと見れば、亮ちゃんもなかなか非道い顔をしていた。噂の的、張本人だ。無理もない。

確かに亮ちゃんには噂がついてまわっていた。そして、それは俺達も同じ。自慢ではないがそれなりに目立つ方ではある。それでも亮ちゃんへのそれは群を抜いていた。もちろん全てが嘘だとは言わない。亮ちゃんも人並みに遊んでいた時期があった。それでも、脚色が酷すぎる。

「大倉くんも意外と浮いた話聞かないけど、彼女とかいないのかなあ。」
「ちょ、ほら!」

俺たちの気配に気づいたのかとも思ったがそうでもなさそうだ。聞くに耐えない女子達の金切り声は続く。

「…ねえ、白濱さん。大倉くんとどういう関係なん?幼なじみって聞いとるけど。」

最悪だ。蛍、待っていてくれたのか。
俺のせいで蛍まで嫌な思いをする。やっとこうやって日常に戻って来たのに。それを俺が阻むなんて本意じゃない。
一刻も早く、蛍をこんな空間から連れ出さなければ。こんなにも汚い醜聞に触れさせたくない。
1歩、踏み出したところで。

「可哀想だね、忠義も。錦戸も。」
「…は?」

俺の大好きな、凛と真っ直ぐな声。

「勝手に理想とイメージを押し付けて、誰もほんとなんて見てないんだもん。」
「なっ…!」
「そんなんじゃ2人とも溺れちゃう。好き好き言ってるあなた達があの2人を殺すよ。」

子供の頃から憧れていた。強い意志を持った蛍。それをハッキリと口に出せる優しさ。いつだって俺の心を揺さぶって、何度だって、好きになった。

「大倉くんに守られてるからって調子のって…!あんたなんか、大倉くんも内心じゃ重荷だと思ってるんだから!」
「…忠義は、あなた達にはもったいない天使だよ。」

ぐっと伸びながら教室を出てきた蛍。俺達を視界にいれるなり、欠伸混じりに近づいてくる。

「おかえり、忠義。」
「待っててくれたんやね。遅なってごめんな。」
「んーん。寝てたから平気。」
「…ふふ。寝癖ついとるよ。」

少しだけ浮いた前髪を押さえてやれば、猫のように目を細める。本当に蛍はいつだって綺麗で、可愛い。

「…っていうか。」
「…ん?」
「なに固まってるの、錦戸。」

すっかり亮ちゃんのことを忘れていた。
横を見ると、何とも言えない表情でフリーズしている亮ちゃん。面白すぎる。そういえば、マルが亮ちゃんは蛍のことが気になってるとかなんとか言っていた。まさか、なんて思っていたがこれはあながちない話でもないようだ。まあ気持ちは分かる。
2人が並んで歩くところを想像してみる。亮ちゃんなら、もしかしたら。なんて。

「え、何ほんとに。気持ちわるいんだけど。」

前途多難かもしれないけど。

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