断ち難き愛染

15


「マダム・ポンフリー!」
「はいはいミスター・マルフォイ、今日は何ですか」
「エマが怪我をしたんです!今すぐ診てください!」

 手を見せるのを拒んでいると、ドラコが後ろから肘を掴んでポンフリーの前に差し出す。
 彼女はエマの手を見ると、少しほっとした顔をして席を立った。

「ただ腫れているだけですよ」
「よかった…!」
「すみません。こんなことで…」
「大騒ぎするもんですから指でも千切れたのかと思いましたよ。氷を出しますから、少し待ってなさい」

 ドラコはほっと息を吐き、ポンフリーに渡された氷のうをエマの腫れた手にそっと当てた。
 彼女のことになると全く普段の落ち着きを失ってしまう。厄介な心だ。

「ドラコ、座らないの?」
「そうだね…手は大丈夫かい?」
「大丈夫よ。聞いたでしょう?ただ腫れてるだけだもの」

 元気に微笑んで見せるが、ドラコは不安と怒りの混じった顔で氷のうを握り、眉を顰める。
 腫れの引いてきた手で彼の雪のように白い手をそっと握ると、透き通る様な灰色の瞳と目が合った。
 
「今日はとっても楽しかったわ。最後、デザートを台無しにしてごめんなさい」
「気にしてないよ。……さっきの、僕を庇ってくれたんだろう?」
「えぇ。でも、当たっていても大した怪我にはならなかったと思うわ」

 ―――嘘だ。あのまま顔に命中していたらきっと綺麗な鼻の骨が折れるか、脳震とうを起こしていただろう。
 咄嗟に体が動いてよかった。と、エマは内心胸をなで下ろしていた。

「それにしても、あんな突然飛んできたクアッフルを止めるなんて…クィディッチはやらないって言ってたけど、経験者だろう?」
「少しね。でも、激しいスポーツには向いてなくて長くは続かなかったわ」
「そうか…」

 残念そうに視線を落とすドラコ。
 彼はスリザリンクィディッチチームのシーカーだと聞いた。
きっと見込みのあるチームメンバーを探しているのだろう。
 こんな時、努力さえできないこの体が――平凡でも注目を浴びても許されないこの家が――普通だったらどれだけ楽しかっただろうかと考えてしまう。

 エマが虚弱体質なことを、ドラコは薄々気づいていた。
その理由がクジョウ家が同族結婚を繰り返してきたからだということも、すぐに想像がついた。
 マルフォイ家には、マグルやマグル生まれの魔法使いと結婚した者は1人もいなとされる。
 だが、実のところ、存在自体抹消されているが混血も多くいた。
血筋が弱まったり、不安定なものになってしまうからだ。

「エマ、激しいスポーツができないのも、体が他人より弱いのも、君のせいじゃない」
「そうね。でも、それが理由で何もできなくても、誰も許してはくれないわ。だから、強くならないと」

 そう言って包帯が巻かれたドラコの左手に触れるエマ。
 夜空のように真っ黒な瞳の奥に、彼女の芯の強さを感じた。
その目をまっすぐ見つめれば、自分の臆病で浅はかな心を見透かされている気がする。

「またピクニックに誘ってくれる?次は私が昼食を用意するわ」
「ああ、もちろんだよ」

 ドラコと自分が似ていると思うだなんて、浅はかだった。
 彼は自身を謙遜しているだけで、頭も良く、努力も怠らず、紳士的で、自分のような人間でもスリザリンの同胞として扱ってくれる。

「あー…エマ」
「どうかした?」
「言い忘れてたんだが、今日の服、その、素敵だ」
「ふふ、ありがとう。ドラコの服も上品で素敵よ」

 胸が締め付けられるこの想いに蓋をするように、穏やかに微笑んだ。



Bkm


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