断ち難き愛染

14


「大広間には寄らなくていいの?」
「問題ないよ」
「そう?」

 中庭に着くと、色んな寮の生徒がお喋りや昼寝や読書を楽しんでいた。
 いい場所はもうなくなってしまったかしら…と辺りをきょろきょろ見回していると、こっちだよ。とドラコが手招きする。
 後ろをついて行くと、中庭にひとつしかないベンチに目を瞑ったクラッブとゴイルがだらしなく座っていた。どうやら眠っているらしい。

「おい」

 ドラコの声に飛び起きた二人は彼を見るなり立ち上がり、慌てて席を開ける。
 彼は呆れた顔で咳払いすると、話を続けた。

「僕が頼んでふたりに席を取ってもらってたんだ」
「あら、そうなのね。どうもありがとう」

 笑顔で礼を言うエマに頬が緩み鼻の下を伸ばしている二人を視線で追いやるドラコ。
 エマを先に座らせると、ベンチの脇にあったバスケットを間に置いて腰を下ろした。
バスケットを開き、水筒とティーカップ、紙ナプキンで挟まれたサンドイッチを取り出す。
 渡したティーカップにそっとカモミールティーを注ぐと、エマは申し訳なさそうな困った笑顔でドラコを見た。

「こんな素敵な準備までしてもらって…何かお礼をしないと…」
「いいよ。僕は屋敷しもべに命令しただけだしね」
「でも…」
「お礼なんかより、もっと喜んでほしいんだけどなぁ」
「!…。すごく嬉しいわ。こんなに素敵なピクニック、人生で初めてよ。本当に」
「まだ始まったばかりだよ」
「そうね。だけど、本当に嬉しい。ありがとうドラコ」

 エマの笑顔には花が見える。
 奥ゆかしく可憐に咲くカスミソウやクリスマスローズの花だ。美しくて儚くて、胸の奥が熱くなる。
 こんな風に、花のように微笑む人を、僕はエマの他に知らない。

 空腹が満たされた頃、エマは鞄から木箱を取り出した。

「これ、忘れるところだったわ」
「いい香りだね。中身はなんだい?」
「桜餅よ。あんこを桜風味のお餅で包んでるの」

 ―――パァン!
 何かを弾く音が耳を突いた。
 クィディッチで使用されるクアッフルが落ちて転がり、ドラコの顔の前にはエマの伸ばした細い腕だけが残っている。
 突然のことに何が起こったのかわからず、ウィーズリーの双子が少し離れたところで目を見開いているのを見てからやっと状況を理解した。

「これ、返してくるわね」

 言葉が出てこずこくりと頷くと、エマはクアッフルを拾って双子の方へ歩いて行く。
 その後ろ姿からは僅かに怒気がにじみ出ている気がした。

「「やぁ…」」
「お久しぶりです、フレッド・ウィーズリーさん。と…」
「ジョージ・ウィーズリーだ」
「初めまして、ジョージ・ウィーズリーさん。私はエマ・クジョウ。お二人共、ボール遊びはもう少し人のいない広い場所でしてくださると助かります―――言い訳はいいです。以後気をつけてくださいね」

 他寮の生徒たちがシーンと見守る中、口を半開きにしてあ然と立ち尽くすウィーズリーの一人にボールを渡して足早に去っていくエマ。
 ドラコの元へ戻ると、彼も呆けた顔でエマを見上げていた。

「大丈夫だった?」
「あ、あぁ…。君も怒ることがあるんだな…」
「まあ、たまにね。あ、桜餅、ダメになっちゃったわね」

 地面に落ちている桜餅を拾って木箱に入れるエマだが、その手を見てドラコはぎょっとする。

「手が真っ赤じゃないか!早く医務室に行かないと!」
「大丈夫よこれくらい」
「桜餅は僕が拾うから…!ほら、医務室に行こう」

 落ちた桜餅を木箱に放り込み、エマの赤くなっていない方の手を掴んで医務室へ引っ張るドラコ。
 慌てている彼を見て、申し訳ないと思いながらもつい頬が緩んでしまう。
 陽に当たるたびにプラチナブロンドから純白の光彩が漏れ、その後ろ姿に目を奪われた。



Bkm


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