2006年2月4日 渋谷O-WEST
今日の天竺はいつもより広いハコだったから、いつも天竺のライブでファンの子を仕切ってる常連組の子たちが少し騒がしい。
「ナマエが蘭様前絶対死守ね。今日、ちとウザいのも前入れないとだけど蘭様のど前は絶対譲るな。おーけー?」
だいたいいつもイザナくんの真ん前にいる、天竺常連の仕切りのバンギャに念を押される。私をライブの最前列に押し込み天竺の常連組に引き入れた彼女は、ライブで会うと蘭さんの真ん前にいつも入れてくれる。
それは天竺の常連の子達の希望のようで、よっぽど蘭さんの真ん前に入れたくないファンの子がたくさんいるみたい。
私がライブで最前列の蘭さんの前で見るようになるよりもずーっと前から、天竺に通っているらしいとても目立つ蘭さんのファンの子が居る。毎回2人お揃いコテコテのロリィタ服で決め込んだとても目立つ2人組で、蘭さんと竜胆さんのファンみたい。いつも2人一緒のロリィタだからライブハウスの中でも目立つし、天竺の出待ちの場でも2人一緒に行動する彼女達はとても目立つし 。そして天竺メンバーやスタッフのみんなとも仲良く見えた。
その2人組が、今日の最前列で私の隣に入る事になったようだった。
常連の仕切りの子に言われたように蘭さんの前を譲っちゃいけないのは、きっと、この子達に!ということだろう。
仲良く天竺の話をしている2人が、私の右側に並んで居て、別に関係ないはずなのにドキドキしてしまうのも無理はない。
私はこの2人組と言葉なんて交わした事なんか無いけれど、私は彼女達によく思われていない気がしてならないのだ。別に何かを言われる訳でもされる訳でもないのだけども、なんとなく嫌われてる感じがするって、伝わって来たりするじゃない?
それに、基本的にひとりで天竺のライブに来ている私は、常連組の子達と行動を共にさせてもらってる事が多いのだけど、彼女達のように仲良しって程のバンギャルが天竺のファンの子には居ない。少しだけ彼女達を羨ましいなって気持ちで見ちゃう時もあるのも、事実だ。
いつもより広いステージで、広さを上手く使ってパフォーマンスを見せる天竺は、すごく新鮮だった。
ステージの天井も高いし、照明の数もたくさんだし、設備がいつも天竺が出ているようなキャパのハコとは全然違うので、天竺が手の届かないバンドになってしまったような錯覚に陥る。大きなステージでも見劣りせずに映える天竺に少しだけ感じる寂しさを噛み締めながら、広い客席でも私はここに居るよ!って、両腕を伸ばす。
いつもステージの上でも仲良しな蘭さんと竜胆くんは、広いステージでも2人くっついて演奏していたりして、そんな2人の姿に少しだけ寂しさを拭われた曲の、サビのところ。ちょうど右手を左右に振るフリがある。
曲のフリとしては手を左右に振るだけなのだが、私はどうしても右手に合わせて頭も左右に動いてしまう癖がある。よくあるフリだから今まで違うバンドのライブで周囲に指摘された事もあるし、自分でも自覚があって気をつけてるつもりなんだけど勝手に動いてしまう体。
今日のライブでは、なぜか蘭さんも私と同じように頭が左右に動いてる。
え。うそ。なにそれ。
曲の拍に合わせて首を左右に倒しながらギター奏でている蘭さんすごい可愛いけど、ちょっと待って。やだ、私の癖を真似されているみたいで、恥ずかしい。
蘭さんに真似されてるなんて、どんだけ自意識過剰なんだろう。
そんな蘭さんの首フリに気づいたらしい竜胆くんも、蘭さんを真似て左右に頭を振り始めた。うそ。2人揃ってすごく可愛いし、蘭さんから視線を貰ってる気がしてならない。
でも、そんなのは私の周りにいる子みんなそうで、私の横の目立つ2人組も蘭さんと竜胆くんのパフォーマンスにきゃあきゃあ言ってる。天竺の下手のファンみんなそんな感じで、その雰囲気はその日の出待ちまでみんな引きずってた。
蘭さんと竜胆くんと仲良くお話している風の目立つ2人組を遠目にみながら、私は天竺のファンの子を仕切ってる常連組の集団に紛れてた。
「ナマエ、行ってきちゃいなよ」
「いや…それは、まだ。ちょっと…」
あわよくば蘭さんとお話したくて仕方のない私は、さっきからずっと出待ちしてるファンの子の相手をする蘭さんを目で追ってる。
さっさと蘭さんに話しかけてこいという圧を周りからかけられながらも、私が見ているだけで動けないのには訳がある。
あの目立つ2人組は、いつも目立つから私の目にも留まるのだけど、それは蘭さんや竜胆くんにとっても同じようで、彼らは彼女達が自分のファンだってちゃんと認識してる。出待ちの時に、直接お手紙のやり取りをしているところを見た事あるし、彼女達の名前を呼び捨てしてタメ口で仲良さげに話しているのも何度も目撃しているのだ。手紙にお返事書いて手渡しするなんて、蘭さんにとって、特別なファンの子なんじゃないかな?って、私は思ってる。
だからこそ、邪魔をして、蘭さんに嫌われたくないのだ。
彼女達が、蘭さんと竜胆くんから離れるタイミングを逃すものかと静かにじっと蘭さんを見ている私を、蘭さんがチラリと見た気がする。目があった気がする。
それだけでドキドキと早まる鼓動。鎮まれ鎮まれと、心の中で唱えていると、蘭さんが動いた。
竜胆くんとお話している彼女達を置いて、蘭さんが移動を始めたのだ。もしかしたら、お話できるかもしれないと私が慌てて動き出すのを、常連組の子たちがクスクスと声を立てて笑うけどそんなの構ってなんていられない。
蘭さんの方へと足を進めると、蘭さんとの距離が近づいてきて、その距離はあと数十センチ。
「蘭様、おつかれさまです」
勇気を出して声をかけてみたら、蘭さんは足を止めて私へと微笑みをくれる。
「おつかれ。今日どーだった?」
「すごい。楽しくて、あっという間に終わっちゃいました」
「そっか。今日さ、俺すげー好きになった曲あってね」
蘭さんが好きになった曲と話してくれたのは、今日のライブでもやったサビで手を振るフリのあの曲で、ステージの上での蘭さんと竜胆くんのパフォーマンスを思い出して私も頬が緩んじゃう。
「サビで蘭様もノリノリで可愛かったです」
「ナマエちゃんが手と一緒に頭動いてんの見てたら移っちゃった」
思いがけない蘭さんのカミングアウトに目が点になる。
「すっげーにこにこしててさぁ。ナマエちゃんあの曲好き?」
「…っ…す、…すきです!」
「ふふ♡耳まで真っ赤。かわいー♡俺もすきになっちゃった」
「ぅ…え、…?」
目を瞬く私へと、腰を屈めて距離を詰めてきた蘭さんが耳元であの曲名を囁いた。
この曲の事を蘭さんも好きになっちゃったって、話だから。頭で何度もそれをを繰り返す。
蘭さんの言動に振り回されている私達の方へ駆けてくる足音が響いて、続いて届く女の大きな声。
「ねー!蘭様聞いて!竜ちゃんがぁっ…」
「おい、テメェ。兄貴には言うなって」
走ってきたのは今日のライブを私の横でみていた、目立つ2人組の片方。それを追いかけてくる、もう片割れと竜胆くん。蘭さんを呼んだのは竜胆くんのファンの子の方で、彼女は蘭さんの腕を掴んで引き、その身を寄せる。
蘭さんに耳打ちするように何かを伝えたその子は、厚底のヒールで背伸びしてるからぐらりと今にも転びそうになって、それを蘭さんが抱き止めて支えた。
「あっぶね〜な。オマエがコケんのは勝手だけど俺を巻き込むな〜」
「ごめんて」
目立つロリィタのバンギャ2人と竜胆くん、蘭さんも混ざってまた4人で仲良く談笑が始まる。蘭さんも竜胆くんも、やっぱりこの2人の子とはなんだか距離が近くて、ちゃんづけの私とは違って彼女達の事は呼び捨てだし、やっぱり特別なファンの子なんだろうなって読み取れた。邪魔しちゃ悪いなって思って、そっと静かにこの場を離れようと一歩踏み出した私の腕を蘭さんが掴んだ。
「帰んの?」
「…あ、…はい」
「そっか。また来る?」
「はい」
「ん。気をつけて帰れ〜?」
掴んでいた私の腕を離した蘭さんがくしゃりと私の前髪を撫でた。
すぐそこに居る彼女達の視線が痛い。