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春の東京


起き抜けにゆらゆらと白い湯気をのぼらせるコーヒーを飲みながら、スマホから届いたのはやっとの思いでなんとか繋ぎ止めた愛しい声。
「今、新幹線行ったよ。蘭ちゃんも忙しいのにごめんね?」
「いや、ナマエは来れねーの?」
「仕事休めないから…春休みなのにどこも連れて行ってあげられなかったから、蘭ちゃんが居てくれて助かっちゃった」
「ふふ♡感謝してんだ?」
「もちろん。らんちゃんの連絡先と東京駅着く時間送るから、悪いんだけどよろしくお願いします」
「ナマエさ、…」
「ごめん、蘭ちゃん。電車乗るから、切るね?らんちゃんの事よろしくね」
一方的に切られた通話。
すぐに届いたのは、動物のキャラクターがお願いしているスタンプと、種だけ仕込んだ実の息子の連絡先。数ヶ月前までは存在すら知らなかった息子の顔を見るのも今日で二回目。
その息子が東京駅に着く時間も届く。スマホの上部に表示されてる現在時刻と見比べて、東京駅に到着する時間からここからの所要時間を逆算する。今日は流石に遅刻するわけにはいかないから、少し余裕を持って支度に取り掛かった。

東京駅で俺によく似た少年と合流した途端、彼は全身に不本意さを滲み出した態度で形だけ俺に頭を下げた。
「今日は、よろしく…お願いします?」
不服そうなその表情と物言いにもイラっとしかしないが、俺は大人でコイツのオヤジだからと、つい握ってしまった拳をゆっくりと開いた。前回この少年の顔と合わせた時に顔を見るなり殴り掛かられたのも記憶に新しい。もし、どちらかの手が出てしまっても、今日はそれを止めるであろうナマエは居ない。可愛い息子の顔面歪ませて帰したら、俺が数ヶ月前に必死で連絡先を聞き出して数ヶ月かかってやっと取り戻せたこの信頼も無に還る事だろう。
「長旅、おつかれ〜♡今日はよろしくね?どこ行きたい?なにしてぇ?」
胡散臭い笑みを貼り付けて、仕事用のテンションでハニトラ仕掛けるかの如く、息子に接待を始めた俺を冷めた目が見上げてくる。
「そういうの、いらねーから。ナマエに、俺が無事に東京駅着いたって証跡送って。で、親父なら親父らしく小遣いちょーだい♡」
「あ?こっちが接待してやるつもりで居んのに、なんなんだよその態度はよ」
「いかにも堅気じゃねーような、こ〜んなくたびれたオッサンと一緒に歩きたくね〜の」
「ったく、…」
生意気な少年を横目に、スマホを取り出しナマエとのトーク画面に合流した旨を手短に送信する。
「これでいいかよ」
画面を見せてやれば納得したらしい息子は、掌をこちらに差し向けた。
「いくらくれんの?」
「じゃあ、一本?」
顔の前で人差し指立てて示してみると、急に頬を膨らます様が子供らしい。
「は?一万かよ。堅気じゃねーくさにダセぇな」
「馬鹿。百万だよ。取引、しようぜ?まずは、まぁ…お茶でもするか」
完全に疑ってる顔してる息子を連れて、駅構内のカフェのカウンターへ。2人分のドリンク注文して、息子へと好きなとこに座ってるように促す。
カウンターでドリンクを受け取って、息子の居る席の向かい側に腰を下ろすと少し懐かしい型のスマホでゲームをする手元が目についた。
「けっこう使い込んでるな、それ。新しくしねーの?」
「これナマエのおさがり。いいだろ」
「そ。じゃあ、ナマエとお揃いで新型買ってやろうか?」
「え?マジ?」
「さっきの一本とは別にな」
「いーよ、百万とかどうせウソなんだろ」
「ウソじゃねーよ。言ったろ?取引しようって」
息子の前に、彼の分のドリンクボトルを置く。眉を顰めつつこちらを見ながら、素直にそれに手を伸ばす少年はまだイキがってはいるが純粋そうだ。
「オマエ、今度中三だろ。東京の高校受けろよ」
「無理無理。ウチにそんな金ねーって、地元の公立しか行かせらんねぇって、ナマエもばーちゃんもいつも言ってるし」
「金は俺が出す」
「は?…んだよ、今更父親ぶんなよ、気持ちわりーな」
「父親になるんだよ」
意味わかんないって顔に書いてある息子を眺めながら、ドリンクを一口飲んでから微笑みを向ける。そんな俺を見る彼の目にほんの少しだけ、怯えが宿った。
「オマエがこっちに来れば、ナマエも来るだろ?そうすりゃ後は俺がナマエと一緒になるから、種だけじゃなくて正式にオマエの親父ってわけだ」
目の前に居る息子の戸籍に俺の名前は載っていないけれど、これは誰がどう見ても俺の子でしかないその顔が驚きに目を見開いている。
「は?ナマエとテメェが一緒になるなんて、俺は絶対認めねーからな」
「オマエが認めなくたって俺とナマエの意思で結婚できるの。俺たち、大人だから♡」
「テメェがそんな事言ってるって、ナマエが知ったら…!」
「ナマエにこの取引の事吹き込む前にテメェを東京湾に沈めてやるかんな。ご希望とありゃ、ウチのモン呼ぶぞ。今すぐ、ここに」
「ぅ!あ?」
「ほーら、決まり♡じゃあ、おとーさんと東京観光行こうか。らんちゃん♡」
「テメェ、はめやがったな?」
「んー?iPhone何色にする?」
「黒!」
「おっけー♡」
親子みずいらずで楽しい1日になりそうだ。


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