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夕暮れの帰り路
東京から帰ってきたらんちゃんは、蘭にたくさんお土産を買ってもらってきたみたい。
「ちょっとらんちゃん、え!?どういう事?」
新幹線から降りて来た息子の荷物がとてもとても増えている事に驚いて尋ねた私を、少し拗ねたような顔をして見てくる。その顔は浮気がバレた時の彼の父親にそっくりだ。
「だって、オヤジが買っちゃうんだもん」
ぷいっと視線を逸らして呟くらんちゃん。自分の都合が悪い事を私が聞くとそういう態度するのはいつもの事なんだけど、いっつも蘭の事オッサンって言ってるらんちゃんなのに、今、オヤジって言ったのが気になる。でもでも、そんな息子の変化よりもらんちゃんが持ち帰ってきたモノたちの方が私には問題だった。
らんちゃんを出迎えたターミナル駅から、地元まで戻る為の電車を待つ間に、スマホを取り出し蘭に連絡した。
出ないかもしれないけれど、履歴が残れば必ず折り返してくれるのは、ここ数ヶ月の間に知った事。
東京と、やっとホンモノを見れた自分の父親に興味津々な息子の相手をしてくれるだけで良かった。
ありがとう。という、感謝の言葉では済まない金額のお土産を持ち帰ってくるなんて。こんな事になるなら、息子を行かせるんじゃなかった。
たかだか東京への往復切符を息子に買ってあげるために、休みも無く仕事を掛け持ちして必死に残業も繰り返さなきゃならなかった私。そんな私にはできない事を、蘭なら余裕でさっとやってのけるのだろう。そんなの、東京で再会した時に見た蘭の姿を見ればわかりきった事だったのに、心配する私に「甘やかしたりしねーよ」と言う蘭の言葉を信じた私が悪い。
あの男は、呼吸をするように嘘を吐く。15年前に身をもって理解させられた事を忘れていたわけではないけれど、ここ数ヶ月の蘭の私に向ける言葉はとても誠実なモノだった。
数回コール音が鳴って、聞こえたのは息子を案じる蘭の声。
「ちゃんと無事に着いた?」
「うん。さっき新幹線着いたよ。蘭ちゃん、ありがとう。お金ちゃんと返すから。…ちょっとすぐには、難しいんだけど…」
「いいよ。こっち来た時くらい…それに、俺前も言ったよな?養育費、今までの分ももちろんこれから先の分も出すって。いつになったら金額決めてくれんの?俺はナマエの言い値で良かったんだけど、難しいなら弁護士に聞いてみようか?」
「そういうのは、いらないよ。私が産みたくて勝手に産んでらんちゃんに一緒に生きてもらってるだけだから。蘭ちゃんには関係ないよ。でも、今日はお父さんとして接してくれて助かった。ちっちゃい時と違って、最近ちょっと…ほら、…難しいから」
「あー…ナマエの育て方は間違ってねーよ。俺が14の時なんか、ほら、ねんしょー入ってたしな」
「ちょっと、…蘭ちゃんと比べないでよ」
「らんは家族思いの良い子だよ。オマエ、ちゃんと荷物ン中見てねーだろ」
蘭に言われて、少し向こうのベンチに座る息子を見る。真新しいスマホを弄る彼の脇には、りんごのマークや高級ブランドや百貨店の紙袋がいくつも並んでいる。
「iPhoneは確かにらんのだけど、後はみんなナマエとじーちゃんばーちゃんに。アイツが選んだんだよ」
「えっ…?」
「らんのヤツ、デパートに包丁研ぎのイベントで来てた職人に研ぎ方褒められてたよ。そんなんできるなんて、すげーな、あいつ。後で動画送るから褒めてやって」
「…あ、…うん」
思ってもみなかった蘭からの報告を聞いていると、ホームに電車が入ってくる。荷物を持ってこちらに近づいてくるらんちゃん。
「これ、乗んねーの?」
「乗る。蘭ちゃん、電車来ちゃったからまた後でね」
らんちゃんの問いに答えて、スマホの向こうにも電車が来た事を告げた。
「ん。気をつけて帰れ」
耳元を震わす甘い声が聞こえて、通話は切れた。
そこから電車を乗り継いだ先の地元の駅には、私の両親が可愛い孫のらんちゃんを迎えに首を長くして待っていた。
ここまで運転して来たであろう父と運転手を代わり、後部座席で楽しそうに話す息子の声に耳を傾ける。
「ばーちゃん、日本橋って、マジで橋あんだよ。すっげー地味なんだけどさ。ほら、これ」
ピカピカのスマホで撮って来たらしい日本橋の橋の写真を得意気に見せびらかす息子の姿に、蘭との東京観光は本当に楽しかったんだろうなと想像した。