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花火大会の夜に


2006年 8月16日(水)

「あれ?兄ちゃん出かけるの?」
 ナマエに合わせた浴衣を着て、後でナマエに髪の毛弄ってもらう気満々の髪を適当に纏めていたら、洗面所に竜胆がやってきた。
「ん。蘭ちゃんと花火行きたーい♡だってー」
「めっずらしー、女の子と行くの?」
「そーだけどー?」
「えー、神宮だろ?今年も一緒に行くって言ってたじゃん。俺、もう、シャワー浴びて出れるからさ」
「無理だワそれ」
「みんなに兄貴も来るって声かけちゃってっけど」
 俺の脇で服脱ぎながら、竜胆が眉間に皺を寄せているし、竜胆達と一緒に行く約束してた気もするけれど、今は正直それどころではない。
「ナマエと行くから無理♡」
「ナマエって、あのちょっと惜しいナマエちゃん?まだ会ってんの?」
「先月から付き合ってる」
「は?冗談よせって、兄貴……」
 俺のカミングアウトに竜胆のやつマジでビビっているらしいから、マジな話でもしてやろうとほぼ裸の弟の方へ向き直る。
「いや、マジな話な。あの女ヤったらすぐ寝るくせに朝まで一緒にいて♡って言うし、帰ンのだりぃから泊まるじゃん。でー、お昼頃にナマエが作った朝飯食いながら「 『夜何食べたい?』って聞いてくるから結局またナマエん家泊まっちゃって、次の日の女との約束行けねーじゃんかー。でー、俺が寝てる間にアイツ、学校とか行っちゃうの。信じられるかー?竜胆。この俺を置いてだぞー」
 最近の俺にとって最大の悩みを語って聞かせてやっている途中で、竜胆は俺の言葉に頷きながらバスルームへと入って行った。
「ったく、人の話は最後まで聞けー?」
「わり。ってか、にーちゃん時間とかへーき?ナマエちゃん待ってんじゃねー?」
「ナマエなら待たせといても全然平気なー。待ってた分、玄関まで飛んでくるんだぜ。オマエ、マジ忠犬かってー」
 バスルームの磨りガラスを隔てた向こうに居る弟に話て聞かせてみても、バスルームの床を叩くシャワーの水音が俺達の会話の邪魔をする。きっと今頃時計を見ながらソワソワしているだろう彼女のところへ向かおうと、家を出たのは彼女との約束の数分前。彼女の家までここから数十分。待たせた分だけ、彼女の愛が深まると思っていた夏の日。

 ◆

 花火大会に行くなら浴衣も持って上京してきたら良かったなぁって小さな声で零した私の言葉を拾ってくれた蘭が、一緒に浴衣を選んでくれた。しっかりとした紺色の地に紫色した大輪の花が咲いている浴衣に、白い帯のコーディネートが蘭の選択。私の好みとはかけ離れている大人っぽい浴衣を選んだ彼の隣で、白地にピンクのお花柄にキラキラが舞ってる浴衣も水色の蝶々柄の帯も、実家に置いてきて正解だったと悟る。
 蘭が選んだものを試着させてもらって、浴衣も帯もとても素敵なのに、自分のちんちくりんさに虚しくなった。勝手に拗ねて「やっぱピンクがいい」と言い出した私に淡いパステルピンクの帯を即座に持ってくる蘭は、やっぱり凄いんだと思う。
 だって、蘭が選んでくれた浴衣はこんなに可愛いんだもの。
「ね?ね!蘭ちゃん。かわいーい?」
「可愛い可愛い」
「これね。この前蘭ちゃんが買ってくれたピン、こことここにもねー、ほら」
 約束の時間になっても現れない彼を待つ間、ちょっとでも蘭に可愛いって思われたくてどんどん手が込んで派手になっていったまとめ髪。
「んふ♡じゃあ、今日はこれとこれは俺なー?」
 そう言いながら、蘭が私の髪から髪飾りを引き抜いた。私が盛った髪飾りを外されてもアップにしたところが崩れてはこないところが、やっぱり彼は凄いんだと思う。
「蘭ちゃん?」
「ナマエがやって。蘭ちゃんの髪の毛も可愛くしろー?」
「かっこよくじゃなくて、可愛くするの?」
 蘭の手元から髪飾りを受け取り、彼の浴衣の袖を引くと背の高い蘭が背中を丸めて私の耳元に唇を寄せてくる
「そう♡ナマエの好みにめいっぱい可愛くしろよ」
 大好きな声で色っぽく囁いてくるから心臓に悪い。
「ねぇ、ね。蘭ちゃん。ちゅーしたい」
「どーぞ、お姫様♡」
 蘭の浴衣の袖を引いたままお強請りすると、長いまつ毛を揺らして淡い紫色の瞳が真っ白な瞼の下に隠される。
 背中を丸めて顔を近づけたまま、静かに待ちの姿勢をとる蘭の唇にそっと唇を合わせると、ぺろりと唇を舐められた。
「……っやん、蘭ちゃん‼︎」
「ナマエ。べろ、出して」
 こつんっとおでこ同士をぶつけられて、蘭がそう言うから、恥ずかしいから少しだけ唇を開いて僅かに舌を出してみせると、蘭が舌を絡めて深く口付けてくる。蘭を待つ間に塗ったリップもグロスも食べられちゃうようなキスをされて、涙目になっちゃう頃にやっと唇を解放された。
「もっとする?オマエ……花火とか、行けなくなりそーだけど」
「やだ。花火行く」
「はは♡りょーかい。ちゅーはまた後でなー?」
 私は蘭にキスられるとすぐに息が上がってしまうのに、蘭は全く平然としているのが悔しいけれど、浴衣でデートで花火大会なんてわくわくしかしない外出は是非とも遂行したい。腰を蕩けさせる蘭のキスに負けてお出かけが出来なかった日々を思いして、きゅっと頬を引き締めた。
 いつもの三つ編みではなく、低い位置で緩くお団子されている蘭の長く艶やかな髪を一旦解き、サイドで編み込みしながら蘭のサラサラの髪を纏めていく。
「俺さー、ナマエに髪弄られんのすき」
「私も蘭ちゃんの髪の毛触るのだいすき。蘭ちゃんの髪の毛毎日セットしたいもん」
「毎日とか、超ウケるんだけど」
「でも、ケッコンしたら毎日一緒だよー?毎日蘭ちゃんの髪の毛私がやったげるね」
「そりゃ楽しみだなー」
「もー、本気で思ってないでしょ」
 私と付き合っているのに言い寄ってくる女の子が絶えない彼は、どうとも判断しきれぬ顔して笑ってる。そういう、蘭のちょっとミステリアスなところも私を魅了して離さない。


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