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めでたくない誕生日


「ナマエ今日仕事終わるの何時?」
いつも通りの朝ごはんを私の両親と私の息子と4人で仲睦まじく囲む食卓で、息子に尋ねられた問いかけへ何の疑いも持たずに素直に自分の予定を伝えてしまった事を、その時刻になって私はひたすら後悔する事になるなんて、思ってもみなかった。
それほどまでに、私の中であの人は色褪せていて、彼の意図になんてこれっぽっちも気づこうとしてなかった。
あれから15年経ち、お互いに大人になり、自分の責任というものに多少は目を向ける余裕ができたのだとばかり思っていた。
朝、息子に伝えた時刻を20分程過ぎてから職場を出て道路に足を踏み出した私を、迎えに来てくれる時は彼の定位置となっている所に姿を見つけた。
彼が座り込んでる所は昔は店舗だった店先の段の上。店先にはもうシャッターが降りて久しいから、彼が店舗のまん前に座り込むことに苦言を向ける人も居ないので、親として咎めた事はない。
「らんちゃん?これは、どういう事?」
けれど、今日は息子を咎めずには居られなかった。だって、息子の傍らには、息子によく似たスーツ姿の男が息子と同じ座り方して並んでる。
「よぉ。ナマエ。おつかれさん」
ニヤニヤと笑いながら労りの言葉を向けてくる蘭はこのさい無視して、私はあははー♡っと乾いた笑いを浮かべる息子に詰め寄った。


 ◆


春休みに東京で買ってもらったiPhoneに、彼女か!?って位マメに連絡を入れてくる父親への対応に困ってるなんて、ナマエには口が裂けても言えなかった。ナマエでさえ毎日LINE飛ばしてなんかくれないのに、親父と毎日の様にLINEしてるとか、どう考えたってダサすぎるじゃん。
彼女出来た事は、ナマエには天地がひっくり返っても言えないのに、あのくそジジイにはバレてるから、よけいにナマエに父親の話をする事が憚れるのも事実だ。そんなくそジジイから、明日ってか今日だけど俺の誕生日なんだよね〜♡って、ハートマーク飛ばしたLINEが飛んできたのは昨日の深夜。もう寝ていないと、ナマエに怒られる時間帯。父親の誕生日なんか知らずに生きてきたし、正直どうでも良いのだけど、知らされてしまえば流石に無視できないかなって、おめでとうの一言を返してしまったのが俺の運の尽き。
あれよあれよという間に、明日のナマエの就業時間を聞き出して職場まで親父を案内する約束と引き換えに得た臨時収入。
そう。俺は実の母親を実の父親に売ったのだ。仕方ねーじゃん。俺だって、最近いろいろ入り用なんだって。
「らんちゃん、どうして?」
ニヤニヤしてる親父は完全スルーで、俺に詰め寄ってくるナマエは俺の目の前にしゃがみ込んで視線を合わせてくる。
とりあえずは訳を聞いてみようという態度をナマエが取るのは、ガキの頃から変わらず。聞き出そうとするこの仕草もガキの頃から何も変わらない。でも、ナマエが俺の話に本気でなんて取り合ってくれない事を、俺はもう知ってる。
「オヤジが誕生日っつーから、ナマエと3人でお祝いしよーと思って」
心にもない事を口にして、へらーっと笑ってみせる。とりあえずこの場をやり過ごして、3人で晩飯でも食ってさっさとこのくそオヤジを東京へ追い返そう。
「あ…今日、蘭ちゃん、誕生日…?」
「そ。俺の誕生日。忘れちゃった?」
「うん。蘭ちゃんは、誕生日に私との約束すっぽかして他の女と遊んでたり弟とかと出掛けてるから、記憶から消し去ったんだった」
にっこり笑うナマエの目尻の皺。全然笑ってない時の顔したナマエは、俺の手を取りその場に立ち上がらせる。
「もう、そこでお父さんのお誕生日は祝ってあげたんでしょ?らんちゃん行こ。なんかもう疲れちゃった。ラーメン食べて帰ろ」
腕を組んでくるナマエに引っ張られて歩き出した俺達の後ろを親父は黙って付いてくる。
いやいやいや。あのくそオヤジが、自分の誕生日にナマエにしでかしたってゆー昔の話、俺は知らねーかんな!!そんな事しといて、よくナマエとよりを戻したいなんて言うなこのクソ野郎。
知りたく無かった両親の過去にげんなりしながらやってきたのは、いつも家族で来るラーメン屋。4人がけのテーブルに通されて、ナマエと並んで座った俺とナマエの前に座った親父。いや、本当ここまで付いてきてそこに座ってられるとか、マジでどんな神経してんだよ。
「らんちゃん、私いつもの頼んでおいて。お手洗い行ってくる」
言い残して席を立ったナマエ。
「おい、らん。てめぇさっさと女のとこでも行けよ。金は振り込んであんだろ」
ナマエが席を立った途端にイライラを隠す事なく俺に向けてくるくそジジイ。
「PayPay送金な」
「あ?」
「クソだなとは思ってたけどさ、100歩譲って弟はまだしも、さすがに誕生日に他の女とかなくね?」
「昔の話だろ」
「その昔にナマエに捨てられたんだから、今更出てくんなよ」
「うるせーな。今更大事だって気付いたんだから、大事にさせろ。早く飯食ってどっか行けクソガキ」
「は?テメェが帰れよくそジジイ」
店の人の目と耳が気になって小声で言い合う俺たちの元に、ナマエが戻ってきた。
「ナマエちゃん何にするー?」って、店のいつものおばちゃんがナマエに聞くから、まだ注文出来てない事がバレちゃった。
「まだ頼んでないの?」
首を傾げて、こっちを見るナマエに適当な愛想笑いを向ける。すると、仕方ないなぁ。なんて、ナマエがまた席を立ち、カウンターの中で忙しなく動く店員に注文しに行った。
3人顔突き合わせてラーメン食って、親父を駅まで送って行こうとしたナマエ。
「ナマエ、もう一軒付き合って?」
「飲まないよ?」
「もちろん。真面目な話」
「メール入れてくれてた、弁護士さんの話?」
「それ」
「んー…らんちゃん、先に1人で帰れる?」
「は?」
ナマエの言葉に耳を疑った。え。なんで、俺だけ先に返そうとしてんの?
慌てる俺を一目見た親父が口元を綻ばせたのにナマエが気づかなくたって俺は見逃せねぇ。
「やだよ。もう暗から、ナマエと一緒に帰る」
甘えてべたべたくっつく俺の背を、ナマエは宥めるようにぽんぽんっと撫でるのを見て片眉上げるくそジジイに、ナマエに見えないとこで中指立ててやる。
「うん。じゃあ、お話終わるまでちょっとだけ待てる?」
「ん。待てる♡」
そのままナマエと腕組んで向かったカフェで、コーヒー挟んで金の話を始めた両親を横目に、俺は良い子だからちゃんと静かにiPhone弄ってた。
くそジジイとナマエを絶対に2人っきりになんかさせねぇんだからな。金の話が済んだらさっさと帰りやがれくそジジイ。


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