4
この美容室はおそらく蘭の行きつけのサロンなのだろう。蘭を出迎えたお店の人は、蘭ととても親しそう。
「蘭くんが急にもう一人って言うから、また弟くんかなって思ってたら……今日は彼女と一緒?」
「そう」
私はけして蘭の彼女ではないのだけど、美容師さんからの問いかけに蘭はすぐに頷いてしまった。
煌びやかな店内を蘭と共に案内されて、鏡の前へと通される。蘭と二人、肩を並べられる席へと案内されて目の前にはファッション誌を無造作に置かれた。
初めての美容室に来た時に書かされるアレを書かされる事はなく、髪型はどうしますか?というような会話もないまま、蘭とのお話に夢中な美容師さんは私にケープを纏わせてゆく。
「先週蘭くんが言ってたお店、やっぱりオープンしてたよ。行った?」
「まだ、これからー」
まるで親しい友人とお喋りしている様な蘭と美容師さんの会話から、先週も二人が会っていたらしい事を知る。これは、元々親しい友人が働いているお店へやって来たという事なのだろうか?
美容師さんとこんな風に会話が出来ない私は、すぐ横で起きている現状が信じられない。必要最低限の事だけ伝えて、あとは静かに雑誌でも読ませてほしいのに、何かと話しかけてくる美容師さんに気疲れしてしまうのがこういう場所での私の常である。蘭と一緒に行動するだけですでに気疲れしているのに、さらに美容室疲れを被りたくないのが正直なところ。
ここで変な事でも口走ろうものなら、蘭のご機嫌は急降下。よくて平手、あるいは警棒が私に向かってくる気がしてならない。
そんな私の心配なんてつゆほども気にしてなどいないだろう蘭の隣で、こっそりと鏡越しに蘭達の様子をうかがう。
和かに蘭と言葉を交わす美容師さんは、流れる様な手つきで私の首へとタオルを巻き、耳にビニールのカバーを被せた。ここまで、私は美容師さんと一切言葉を交わしていないにも関わらず、このままでは髪の毛を染められ始めてしまいそう。一大事に気づいてソワソワしてしまう私なんて全く関係なしに、蘭は美容師さんとお喋りに夢中である。
首から膝下まで掛かるケープの下で、隣の蘭へと手を伸ばそうとして下ろして、伸ばそうとして下ろしてを繰り返しているうちに、美容師さんがもう一人やってきた。
「お薬つけていきますねー。しみたりしたら教えてください」
穏やかな口調で告げながら、ハケを使って私の髪へと白いクリーム状の薬剤を塗り付け始めた。急に髪を染められ始めて焦ってしまう私が、顔ごと横を向いて蘭を見る。すると、私の焦る姿に気づいたらしい美容師さんは、蘭とのお喋りを止めてこちらを見た。美容師さんにつられてか、蘭の視線もこちらへ向かう。
「……あぁ、心配すンなって。おとなしく座ってろ」
「私、髪、切りたくない、……んだ、け、ど……」
「それは大丈夫」
ふふふ♡と、頬を綻ばす蘭がサラリと自らの髪をかきあげた。
「でもっ……」
「俺のセンス信じらんねーのー?蘭ちゃんショックだわー」
これみよがしに項垂れてみせる蘭を見て、蘭と仲良しな美容師さんもクスクスと笑う。隣の二人はとても楽しそうだが、当事者である私にとっては全く笑い事ではない。
蘭にセンスがあるのは認める。認めるけれど、その蘭のセンスを信じて良いかだなんて、良くないに決まっているではないか。今私の髪に塗りつけられている薬剤によって、もう変な色にされているかもしれないのだ。
しかしそんなこと、蘭に直接なんて言えない私は、何も言わずに顔の向きを前に戻し、ケープの下で蘭に向けて伸ばした手をそっと握るしかないのだ。
もしも変な色にされたら染め直せばいい。幸い今日はこの後の予定はないし、この原宿には美容室はたくさんある。予約なしの飛び込みになってしまうが、受け入れてくれるお店がどこかにあるかもしれないもの。きっと、大丈夫。
「そーやってさ。ナマエは、良い子に待ってりゃいーんだってー」
ゆるい口調で頬を綻ばす蘭が、そっとケープの裾から冷えた手を差し入れて、蘭に伸ばせなかった私の手を柔らかく握った。