竜胆(9)からクリスマスにナンパされる話
妙に街中が浮かれてる六本木。夜はそこら中にイルミネーションだらけだが、昼間の明るい時間は特にいつもと変わらないと思っていたのだけど、全然違った。イルミネーションされていないけれど、飾り立てられたクリスマスツリーがそこかしこに溢れている。
今日はクリスマスイブという事もあり、この六本木の浮かれている感にもさらに拍車がかかっている気がするのだけど、こんな街の中でもきっと今1番最もクリスマスを堪能している男が目の前に現れた。
「おっつー♪オネーサンなにしてんの?」
クリスマスのパーティーグッズをフル装備といった様子でサンタ帽を目深に被った頭が私の胸のあたりの位置にある。真っ白でふわふわなもので顔の大半を覆った彼は、正体がわからない程大きなつけ髭の隙間から、澄んだ菫色をキラキラと輝かせてこちらを覗くように見上げてきた。
真っ赤なサンタさんコスチュームに真っ黒でテカテカの太めなベルトをしめ、トナカイのぬいぐるみを連れたいでたちの竜ちゃんだ。いつものメガネではなくて、ロウソクが刺さったケーキを形取ったとても派手で愉快なメガネをかけている。レンズなんて入っていないその伊達メガネは小学三年生の彼にはまだ大きいようで、いやに小顔に見えて面白い。
思わず吹き出してしまいそうな頬を引き締めて、クリスマスを満喫している竜ちゃんへと微笑みを向けた。普段なら生意気に私の名前を呼び捨てにする彼が、あえて「オネーサン」だなんて声をかけてきたのだ。なにか裏があるに違いない。
「クリスマスなのにひとりなんだぁ。なら、オレと遊ばねー?」
「えー♡どーしようかなぁ?」
一人でクリスマスパーティーを満喫している可愛らしいサンタクロースのナンパに、首を傾げて困ったフリをして見せると、真っ白なつけ髭の下で小さなナンパ師はイシシと笑う。
「いー店知ってっから、来いよ。オネーサン♡」
「そーなのー?でもなぁー」
「いージャン。行こーよ」
「いくらサンタさんとはいえ、知らない男の子と二人は怖いもん。困っちゃうなぁ♡」
「ばーか、ナマエ。オレだよオレ」
言いながら顔のほとんどを覆っていた真っ白なサンタの髭が外された。そこには、やっぱりサンタ帽を被ってご機嫌なメガネをかけた竜ちゃんがいて、なんだかおかしくなっちゃう。
「んふふふ♡あらやだ、竜ちゃんじゃない」
「やーっと気づいたのかよ、ダッセーな」
「サンタさんが竜ちゃんだなんて思わないじゃない」
彼の正体には気付かなかったふりをしてみせると、してやったりといった表情を見せる竜ちゃんはまるで悪戯が成功した時の蘭ちゃんのよう。
「ほんとナマエはぼんやりしてっから、心配なるわー」
「なによそれ」
「ナマエのサンタクロースって言ったら、オレに決まってンだろ」
「うそ、そーなの?」
「恋人はサンタクロースって、こないだババアがカラオケで歌ってたし」
竜ちゃんの言葉から想像するに、ママがカラオケで懐かしのクリスマスソングを歌っていたのだろう。
「へぇ。じゃあ、私の恋人は竜ちゃんってコトね」
「あったりまえだろ!」
「それなら、私も竜ちゃんのサンタクロースって事よね?」
「はー?」
大きく首を傾げてみせた小さなサンタクロースの手を取ると、温かい彼の手がぎゅっと私の手を握り返す。
「クリスマスプレゼント、用意してあるのよ?良い子の竜ちゃんと、蘭ちゃんのも。お家にあるからウチに寄ってくれない?」
「仕方ねーな。クリパ?行くだろ」
「クリパ?」
「クリスマスパーティ。にーちゃんも待ってるぞ」
「そうね。クリスマスは家族みんなで過ごすものだものね」
「ちげーよ。クリスマスは恋人と一緒に過ごすんだぜー。だから、今晩はオレと一緒に過ごすだろ?ナマエ」
一丁前に口説いてくる小さな恋人に思わず吹き出してしまいそうになるのを、なんとか堪えるのに精一杯。
「……じゃあ、今晩は一緒に過ごしちゃおうかな♡」
「だろだろー!」
ご機嫌なメガネをかけた小さなサンタクロースは、片腕に抱いたトナカイのぬいぐるみを抱き寄せて、言葉に似合わぬ可愛い顔をしてにっこりと微笑んだ。
きっとこの街で一番クリスマスを堪能している恋人たちは、私たちだ。