蘭(8)と竜胆(7)にチョコたかられる話
おやつ時に鳴り響いたインターホン。
「にーちゃんズルい。俺もおす!」
「竜胆がおっせーから。ズルくねーし」
「オレ、遅くねーし!」
玄関の向こうで響く子供の声と、続いてインターホンの連打。ご近所迷惑だから、ほんとやめて欲しい。
慌てて出迎える私を押し退けて入ってくる兄弟は、まだランドセルを背負ったまま。学校から彼らの家に帰らずに2人揃ってウチに直行だなんて、嫌な予感しかしない。
「おかえりー。蘭ちゃんも竜ちゃんも、お家、帰ってないの? ママに連絡する?」
「ババア出掛けるから、ナマエが宿題見るって朝言われたから来てやったんだけど」
「ババアじゃかくて、ママね」
背中に背負ったランドセルを下ろしながら、蘭ちゃんは呆れ顔。いや、聞いてないけど、私。
とりあえずこの子達の宿題を見ないとならない事は解った。
「じゃあ、2人とも手洗いうがいして宿題始めよ?」
竜ちゃんのランドセルも受け取って、2人を洗面所に追いやる。竜ちゃんのランドセルから連絡帳を取り出して、ページを捲った。よし、今日は連絡帳書いてきてるから、宿題がなんだか判りそうだ。
とても大胆すぎる文字を解読していると、洗面所からばたばたと戻ってくる2人。
「竜ちゃんは先に音読、それからドリルね。竜ちゃんの音読終わってから蘭ちゃんの音読聞くから他の宿題先やってて」
「「ん」」
2人に伝えれば、適当すぎるお返事も被って蘭ちゃんは自分のランドセルを開ける。
竜ちゃんのランドセルを一緒に覗くと、ぐちゃぐちゃのしわしわになったプリントが何枚も見えたのでそれらを一つづつ取り出すと、罰が悪そうにはにかんだ竜ちゃん。
「それ、今日の手紙」
「うん。ありがとう。音読始めて」
国語の教科書を捲る竜ちゃんに促すと、大きな声で音読し始めるから、やっぱりご近所の目が心配になった。
音読の宿題の題材を読み終えた竜ちゃんは、彼の音読カードに◎を書いてゆく私のペン先を眺めながらご満悦だ。
「竜ちゃんはこれ、ランドセルにしまって。ドリル始めるよ。蘭ちゃんも音読どーぞ」
記入し終えた音読カードを竜ちゃんに手渡し、蘭ちゃんへと手を伸ばせば蘭ちゃんの音読カードが手渡される。そして始まった蘭ちゃんの音読はご近所にも優しい声量。蘭ちゃんも一年生になったばかりの頃は、竜ちゃんみたいな大きな声だったのになんて少し懐かしくなっちゃう。
「ねー、ナマエ今日なんの日か知ってる?」
ドリルのページを捲る弟に尋ねられて、首を傾げてみる。
「オマエ、黙れよ」
音読途中の兄が、弟の頭を小突いたので、2人の喧嘩が始まる前に弟を捕獲してリビングのテーブルに向かわせた。2人の間に物理的に割って入り、蘭ちゃんの音読カードにも◎を記入してゆく。全ての記入欄に◎を書いて、音読途中の兄に音読カードを返した。
「それ、めっちゃ長いやつだからもーいーよ。蘭ちゃんも竜ちゃんも上手だったよ」
「…ん、だよ。ナマエもこの話知ってんのかよ」
「私も小学生の時それ読んだ。さっさと宿題終わらせてお家帰ろ〜♡」
宿題をズルさせてさっさと終わらせて帰宅を促すつもりだったのだけど、宿題終わってもそう易々と帰ってくれる兄弟じゃない。
「ナマエおやつはー?」
「え? お家帰って食べなよ。きっとママが美味しいの用意してるよ。ほら、今日バレンタインだし」
「は? ナマエ今日なんの日か知ってんじゃん」
「ねー。おやつ、チョコだろ?」
「さっさとよこせよ、チョコ」
兄弟にせがまれてしまい、どうしようかと思考を巡らす。今日、2人が来るなんて思っていなかったからチョコなんて用意していないわけで。
板チョコならあるけどそれで許してくれるわけないよね。
「んー。チョコさ、作ろうかなって思っててー…」
「手作り!? やりー!」
「あんならもったいぶらずにさっさと出せよ」
「でー…これから取り掛かるとこだったんだ。学校って、意外と早く終わるんだね♡」
「兄ちゃんなんか、猛ダッシュかましてんだぜ」
「うっせー、竜胆だまれ」
「それでね。今から作るんだけど、一緒に作る人ー? はーい♡」
率先して手を上げてみせると、つられて笑顔で手を上げてくれちゃう弟と、私の真意なんてモロバレなんだろう呆れ顔のお兄ちゃん。
とりあえず竜ちゃんをキッチンまで連行して、手を洗わせる。
「蘭ちゃんも一緒にやろー?」
「うるせー。ぶす」
臍曲げて不貞腐れてる全く可愛く無い蘭ちゃんは、もうリビングに置いておく事にして竜ちゃんと一緒にキッチンに立つ。
竜ちゃんに板チョコ割ってもらい、溶かしたチョコを混ぜてもらってる間に牛乳を少しづつ垂らしてゆく。
溶けたチョコに冷蔵庫から出したばかりの牛乳垂らしてチョコの温度が下がってきて、良い感じの粘度になったところで竜ちゃんにチョコ団子を作ってもらった。
「すげー、マジで粘土みたい」
「竜ちゃんこういうの得意でしょ?」
「うん。ほら、すげーだろ?」
「すごーい♡さすが竜ちゃん。これ全部まーるくお団子にしてね」
まだ、とりあえず褒めておけば動いてくれるお年頃の竜ちゃんにトリュフの成形は任せて、ココアをお皿に広げる。あ、粉糖もあったから使っちゃおう。竜ちゃんにはココアより粉糖のが良いかな。まだ一年生だし。
「これ、もー食える?」
「食べられるよ」
私の返答を聞いた竜ちゃんは、ニシシと笑って大きな口を開けるとそこに成形しただけのチョコだんごを口に放り込んだ。
「美味し〜でしょ? 蘭ちゃんには、ナイショだよ♡」
しーっと唇の前で人差し指を立てると、竜ちゃんは大きく頷く。
お皿に茶色と白の粉を準備して、竜ちゃんが成形してくれたトリュフにまぶしてゆく。
意外と良い感じに仕上がってゆくそれを、白と茶色を分けて皿に盛り付けた。
「蘭ちゃんお待たせー♡」
不貞腐れてるお兄ちゃんの前に、竜ちゃんと作ったできたてホヤホヤのトリュフを置いた。
「これ?」
尋ねてくる兄に頷き、はいっと楊枝を差し出す。
「蘭ちゃんのはオトナ仕様だから、オトナの蘭ちゃんは手が汚れたくないでしょ?」
弟のお皿と自分のとを見比べる兄は、わかりやすい色の違いをお気に召した様子。斜めにガチガチひん曲がって尖ってた蘭ちゃんも、オトナ仕様には照れ笑いを浮かべてる。
「ホワイトデー今から楽しみだなぁ。何もらえちゃうんだろ〜。学校終わる頃に蘭ちゃんと竜ちゃん家で待ってるね♡」