蘭(9)と竜胆(8)とエイプリルフールを過ごす話
小学校も春休みは宿題が無いらしい。自分が小学生の頃の事なんてもう全然覚えてなんていないけれど、私を自分のオンナ扱いする小学生の彼らには今年も春休みの宿題は存在しない。
学校が休みに入り、今年の春休みの家族旅行はもう行ってきたらしい彼らは今朝から私の家に入り浸っている。社会人の私には春休みなんて無いのだから、少しは遠慮して欲しいなんて事は、春休み満喫中の蘭ちゃんにも竜ちゃんにも、もちろん通用しない。
「ほら遠慮なく食えー!」
温泉饅頭なるものの包みを自ら開けて広げる蘭ちゃんと竜ちゃんは、なんだかとても偉そう。私へのお土産だと言っていた箱の包みをビリビリ破いちゃうし、私にあげるつもりがあるのかも怪しい。
全部彼らが食べてしまうのでは? なんて危惧は必要無かったようで、お饅頭を個包装したフィルムを丁寧に向いてくれたものを差し出された。もちろん、同時に二つ。
「ありがとー♡」
とりあえず二人から一つづつ受け取り、どっちがどっちのお饅頭かわからないように持ち変える手元を二人が凝視しているのを感じながら、どっちかがくれたお饅頭を口に運んだ。皮が薄いお饅頭を食べる私の口元を彼らが凝視してくる。食べるところをこんなに見つめられてしまうのは、とてもとても居心地が悪くて、咀嚼したものを飲み込んでから二人へと温泉饅頭がまだまだ入っている箱を差し向けた。
「とっても美味しいから、みんなで食べたいなぁ?」
「やっりー!」
「……仕方ねーなー」
待ってましたとばかりにお饅頭に勢いよく手を伸ばす竜ちゃんと、ため息混じりに言葉を返した蘭ちゃんも素直にお饅頭へは手を伸ばした。仕方ないから食べてやるよ的なポーズ取る必要なくない? もー、最近全然可愛く無くなった蘭ちゃんも今年度からは四年生。小学校も高学年になる。
「二人ともどこの温泉連れてってもらったの?」
「べっぷー!」
「ナマエ行った事ねーだろ」
「なーい♡」
私が無いと答えると、二人は鼻の穴を膨らませてにんまり笑う。なにか企んでいそうな二人は、別府温泉への旅行の思い出を語り始めた。
「ババアにめちゃくちゃ臭い卵食わされたんだぜ?」
「ババアじゃなくて、ママね!」
「べっぷには、地獄があンだぞ。すごくね?」
「すごーい♡」
「鬼が居ンだぞー」
「わー! こわーい♡」
「ばーか。作りモンに決まってんだろ」
「そんな事ないよ。別府温泉の地獄に居る鬼さんはね、ホンモノでママに優しくできない悪い子のお家にはね、コッソリ一緒についてきちゃうんだよ? 蘭ちゃんも竜ちゃんも知らないのー?」
「ぅ、え!? マジ?」
「は?」
私の作り話に大きなおめめをまん丸にする竜ちゃんと、ハの字の眉毛の真ん中に縦皺を刻む蘭ちゃんは、きっと今日がエイプリルフールって気づいてない。常日頃悪戯ばかりしてくる二人へ、私が向けたエイプリルフールの嘘は、竜ちゃんには効き目があったみたい。私の話が作り話だという事に気づいていそうな蘭ちゃんも、本気で怖がってそうな竜ちゃんを横目に口角を上にあげている。これは、蘭ちゃんが更に参戦してくるかな? なんて予想したら、私の予想は的中。
「マジマジ。竜胆そんなコトも知らねーの? ほら、お前の部屋のクローゼットン中見て見ろよ。青い鬼居るからさ。こんくらいの!」
こんくらい。と、蘭ちゃんが自分の鼻先くらいまでの高さを示してみせると、竜ちゃんのお顔がみるみる青くなる。
「ナマエ、今日俺の部屋泊まり来いよ!」
蘭ちゃんの嘘を本気にしたらしい竜ちゃんからの急なお泊まりのお誘いは、鬼退治のお誘いかしら。
「竜ちゃん、もしかしてクローゼットの中の鬼が怖いんでしょ?」
「そ、そんな事無いって。バッカだなー! ナマエ!」
ばしばしと私の肘を叩く竜ちゃんの目から本気で怯えていて、かわいそうになっちゃった。
「なーんて、ね♡エイプリルフールの可愛いウソでした。こんな可愛くて良い子の竜ちゃんのとこになんて鬼なんて来ないよ♡」
「はぁ? えいぷり?」
「あは♡竜胆騙されてンのー!」
「騙されてねーし! ナマエに泊まり来いっつーのがそもそもエイ……プ、リンだかンな!!」
「なんだよそれ、エイリアンみてぇ」
「プリン私も好き好きー♡」
蘭ちゃんと私に突っ込まれて顔を真っ赤にしてメガネのフレームをいじる竜ちゃんは、大きなお口を開けて温泉饅頭に喰らい付いた。そんな、春の始まり。