お名前変換

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 立ち仕事のバイトを終えた重たい足で帰り道を進んでいると、不意に名前を呼ばれて足を止めたのはいじめっこと再会してしまった日の夜だった。
「ナマエちゃん」
 声がした方へと顔を向けると、昼間見かけた懐かしい姿は、いじめっこだった灰谷くんの弟。
 人懐っこい笑みを浮かべて佇む竜胆くんだ。
 彼は私の腕を掴むと、手首に水色の布を引っ掛けた。
 突然の事に驚きながら手首の水色を見ると、それは
ヒダの大きなシュシュだった。
 シュシュには垂れ下がるチャームがついていて、夜道を照らす街灯を反射してキラリと揺れている。
「やっぱりナマエちゃんの肌には、水色が映える」
 竜胆くんは掴んでいた腕を放してそう言うと、彼は先に歩き出した。
「竜胆くん、これ、あの!」
 先に進んで行く背中に声をかけたが、何をどう伝えていいか解らなくて困ってしまう。とにかく先を行く竜胆くんを追いかけて行くと、彼は歩みの速度を遅くした。
「あー、気に入らない?好みじゃなかった?」
 そう言いながら首を傾げてこちらを覗き込む竜胆くんが、灰谷と同じ淡い紫色をした瞳で私を見る。
「とても、可愛いですけど……」
 活字は得意だけど人間とのコミュニケーションは苦手な私は、言葉に詰まってしまう。それでも彼は私の言葉を聞いてくれた。
「そりゃ良かった。これなら兄ちゃんが使わないから、安心して」
 竜胆くんの口が、彼の兄を語る。昼間遭遇した灰谷くんを思い出してしまい、足がすくんでしまった。
 子供の頃から彼らは2人で1セットだった。灰谷くんの後ろには弟の竜胆くんがついて回っていた。
 竜胆くんがここにいるという事は、灰谷くんも近くに居るのではないか。と、考えてしまったのだ。
「ナマエちゃん?……もしかして具合悪い?」
 急に立ち止まってしまった私を、竜胆くんが振り返って見た。訝しげにこちらを見る竜胆くんの視線がまっすぐに私を射る。
 私を気遣うような彼の言葉から、その誤解を解きたく、口を開いた。
「ううん。大丈夫だよ。あの、……灰谷くんは?」
「ん?兄貴なら、夕方からどっかでかけたよ。」
 竜胆くんの言葉から察するに、ここに灰谷くんはいないようだ。
 2人はいつも一緒に居たような記憶だったので、一緒に居ないという事実に少しだけ驚いてしまった。
「兄ちゃんに会いたかった?」
 ニヤリと笑って言う竜胆くんに、私は何も答える事ができない。


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