夢と希望と現実と

 兄貴の様子がおかしい。
 いや、ウチの兄貴がオカシイのは元々なんだけど、あのオカシナ兄貴がおかしいんだって。
 今日もクラブでナンパした女と消えたはずの兄貴なのに、俺が仲間と一杯やってから帰宅して飲み直してたら、兄貴が帰ってきちまった。え?兄貴そんな早かった?ってか、まだ陽も昇ってないっつーのに。いつもなら帰ってくるの早くて昼前じゃん。
 徹夜が嫌いな兄貴が日付を跨いでまだ起きてる事にも驚きなんだけど、あの兄貴が帰って来た途端に吐いた。羨ましいくらいにザルな兄貴が、吐くほどに酔っ払ってるとこなんか初めて見た俺は、面白半分で酒瓶片手に玄関先まで野次馬に行ったんだけど、ちょっと意味わかんない光景がそこに広がっててもうこれ、幻覚かもしれねー。
 正直なところさ、酒飲んだ灰谷竜胆なんてたいして信用ならねーじゃん?俺ももちろん泥酔した俺の事なんか全然信用してないんだけどさ、これはマジねーや。幻覚見るなら、もっとイイ夢見ろよ、俺!
 兄貴が玄関で、蘭の花を嘔吐してた。
 しかも淡いピンクとか、マジ似合わねーやつ。気持ち悪いにも程があんだろ。
「ぅ……ぇ、ぅぐ……」
 苦しそうに咽せる兄貴の両手は口元へと添えられて、その手からはらりと舞う淡いピンク色の花びら。辺りには鬱陶しい程の蘭の花の香りが舞い上がる。その花の匂いに、幻覚見る程に立派な酔っ払いの俺も急に気分が悪くなり、我先にとトイレに駆け込んだって、ワケ。

【 嘔吐中枢花被性疾患 】
 
 週刊誌の記事で見た事のあるソレを思い出したのは、飲み過ぎて蓄えすぎた夢と希望を便器に吐き出してから。
 都市伝説的なもんだとばかり思っていた奇病の名称。通称【 花吐き病 】ってヤツ。片思いを拗らせると花を吐いちゃうっつー、おかしな病気。
「薬とかあるのか?」
 ぽつりと呟き、デニムのポッケに入ってたらラッキーな携帯電話を探してケツ回りに触れたら、今日は携帯電話あった。ラッキーじゃん。
 折りたたみの携帯電話をパチンッと開いて、打ち込んだ検索ワードは【 花吐き病 】ってヤツ。出てくる出てくる都市伝説に目を通して、兄貴を元に戻す方法を探し出す。
「両思い、ね。オーケー。今日の竜胆くんはラッキーだ!大丈夫。起きてろー、ナマエ」
 おかしな兄貴に都市伝説紛いなものを見せつけられて既に変なテンションに陥ったままの、このノリで今日は手元にあってラッキーな携帯電話で電話をかけた。この計画が成功しないと、俺、トイレから出られないから。マジで!!
 数回コールを鳴らしたくらいじゃこんな夜中に電話に出てなんてくれない幼馴染を恨みつつ、コールし続ける事21回目。留守電転送してねーのかよ!と突っ込みたくなる気持ちを抑えて聞き続けたコール音が途切れた。
『……りんど?』
 明らかに寝てましたって感じの寝起きのふにゃっとした声が聞こえて、少し安心。でもこのままコイツを寝かしてはならない、重大ミッション。
「ナマエ、兄ちゃんが大変。直ぐに来て」
『らん?』
「なんか、ビョーキみたくて苦しそうなんだけど、俺もー酔っ払っててマジ無理だから助けてよ」
『え、病気?』
 携帯電話の向こうから聞こえる彼女の声が、急にしっかりした。よし、これは起きたな。覚醒したな。
「とにかくお願い。俺めっちゃ吐いててトイレから出れないから兄ちゃんの事頼むよ。エレベーター上がればすぐ来れるだろ?」
『うん。行くね?』
 もう吐くもんなんも湧いてこないけど、自分の症状を盛って彼女に告げた。昔っから兄貴にパシリのように使われている彼女なら、今すぐにでも此処に来てくれるし、兄貴のアレがマジで【 花吐き病 】ってヤツなら、彼女にしかそれは治せない。
 これは17年兄貴の弟やってる俺の勘。兄貴が全く手を出す事なくそばに置いてる女はナマエだけ。これはなんかあるぞ!と気づいたのは、俺も小学生になった頃。執拗にナマエに「ブス」とか「ノロマ」とか「ばーか」とか「ウスノロ」とか言い出した兄貴には、幼馴染のナマエにも弟の俺にも隠している事がある。それに確信を持ったのは、年少入る事になっちゃった頃。
 兄貴の拗らせた片思いの相手は、彼女しかありえない。
 だって、年少出て来てからは少しでも兄貴が好意を持った女は根こそぎ手を出しきってんだから、今更片思いもなんもねーだろ。絶対ナマエだっていう根拠のない自信は妙にあったんだ。

NEXT

TOP