船番
人はみんな私の頭を撫でて、いい子だね、強い子だね、といった。
愛情を注がれて生きてきた。感謝していた。
満足しているがたまにふと思うことがある。もし自分がもっと不器用でわがままだったら。
こんな風にはなっていなかっただろう、それがいいか悪いかはわからないけど。
気付いたら私は人の期待に応えるのが当たり前になっていた、それ以外の道は見えなくなった。
夢も希望も憧れもない、何も求めない人生は失敗することもなく、平和で色がない。
きれいな花畑も荒れた更地も、私にとっては同じことだ。
別に今のままでもそんなに不満はないが。ただもしきれいな花畑が見れるなら、見てみたいとも思う。
ハートの海賊団がやってきてから、一週間がたった。
あそこの船長の隣は少し居心地が悪い
船番のほうでも、夜のほうでもひいきにしてもらっているのはありがたいのだが。
あの人の目は何かを渇望して、野心にあふれ、なんとなく少しまぶしい。
なによりも彼はまるで物珍しそうに、私を観察する。そんなに眺めても何も出てこない。
中身の入ってない万華鏡を覗いているようなものだ。それが少し申し訳なくて、肩身が狭くなる。
できれば彼を落胆させたくないのだけれど…。
今日は船番の日だ。動きやすい服装で黄色い潜水艦のほうへ向かう。
最近山賊のカンパーニュ一家が獲物を探して港町に降りてきているという情報が入っている。
今日あたり仕掛けてくるかもしれないそうだ。
先に同僚と合流してから船に向かう。
今日は、私を含めて5人。警備はいつもより少し厚めだ。
道中、同僚のジャックが「この仕事終わったらさ、ちょっとカフェいかね?」と誘ってきた。
そんなジャックの横で、彼と仲がいいサムがひゅーひゅーと冷やかした。ジャックは私に恋をしているようだ。
彼のことは正直どうとも思わない。いや、むしろうらやましいと思う。
私がしてみたかった恋というものをして、幸せそうに口元を緩めるのだから。
彼の隣にいれば、私も同じ気持ちになるのだろうか。
ジャックの誘いに対して「いいよ、紅茶の美味しいところがいい。」と答えたら、彼はまかせろ、と言ってやっぱりにやけた顔をした。
船についたら珍しく船長さんがいた。この時間は町に出ていることが多いのだが。
「よぉ、今日は多いな。」
「山賊がこちらに降りてきているという情報がありまして。ですがわが社がしっかり船を守りますので、安心してお任せください。」
そういって頭を下げれば、「へぇ、ついにお前が戦うところを見れるのか」と言って私の顔をぐい、と掴んだ
まったく海賊の船長というものはこんな人が多いなと、ただ目を合わせていたら急に後ろから腕を引っ張られた。
「…ジャック?」
「失礼いたします。今から警備に入りますので。」
そういってから少し怒ったように私の腕をつかんだままずんずんと進んだ
なんとなく、ちらっと船長さんを見たら楽しそうにこちらをずっと見ていた。やはり私の反応を楽しむように。
私はそんな船長さんにぺこりを頭を下げた。
「大丈夫だったか、name」
「大丈夫だよ、ジャック。私なにもされてないから。」
「それでも心配なんだよ…。ライラックのほうでもお前ばっか指名するらしいじゃん」
ライラックというのは私が夜働いているキャバクラの名前である。
余談だが、あのキャバクラはうちの店、フリージアグループの系列だ。
メインはこの船番だが、キャバクラのほかにもレストランなどいくつか店がある。
ジャックも以前うちが買収したレストラン、ローズマリーの若手店長だ。今ではその手腕を買われ、いくつかの店のエリアマネージャーを任されている。
「それでもあの人は何もしてこないよ。ジャックが心配するようなことは何も。それに海賊はうちの大切なお客様だよ」
「そうだけどよ…」
「心配してくれてありがとう、ジャック。うれしいよ。」
まだ何かを言いかけたジャックにそういえば、彼は困った顔をして閉口して、私の頭を撫でた。
私は急に頭を触れらたことに若干の抵抗を感じながら、笑ってそれを受け入れた。
恋をするにはきっとこのようなことも喜ぶべきものなのだ。
「おいおいお二人さんよー仕事中にイチャイチャすんなよー」
「なっ、別にそんなんじゃねーよサム!それより偵察から連絡あったのかよ?」
「あぁ、やっぱくるって。もうこっちに向かってるから気ぃ引き締めろってよ」
「そうか…。name、お前は下がってろよ」
別に守られるほど弱くないよ、その言葉を飲み込んで無言で一歩下がった。
しばらくすると近づいてくる気配が一つ、二つ…。全部で十数人が船に向かう唯一の桟橋の前に集まった。
姿こそ見えないが、そこそこの人数だ。
対してこちらは5人。ジャック、サムを含めた3人が前に出て、私を含めた他二人が後ろに下がった。
敵の一人が閃光弾を投げて騒がしい殺し合いが始まった。
私は前線からこぼれてきた敵を切り捨てていく。
「よう、フリージアんとこの娘さんよ、今日はあんたを殺してうまい酒でも飲みてぇんだよ」
何か恨みでも買っていたようだ。正直そうなことは珍しいことでもないのでどうでもいいのだが、さっきからジャックが落ち着かない。
必要以上にこちらに気を使っているせいで、さっきから危なっかしい。
「…っ、name!」
後ろと右後方から同時に突っ込んでくる山賊、そんなことはわかっている。これをいなして殺すことなんで簡単だ、それより
「ジャック、上!」
だめだ、間に合わない。そう思ったとき横からサムが飛び出してきて、ジャックを標的からずらして代わりにその刃を体で受け止めた。
見るからに深々と刺さり、サムはその場に崩れ落ちる。あぁ、死んだ。
私はさっさとそこから視線を移して敵に備える。みんなに動揺が広がっている。
前線に出ているジャックはもう使い物にならない。対して、敵は援軍を呼んだようで、切っても切っても数が減らない。
ジャック以外の同僚も、サムの死にうろたえている。これは早めに終わらせたほうがよさそうだ。
私は今まで使っていた短刀を太もものケースに差し込んで、背中に預けていた大きめの槍を持ち出す。
「下がって。私が前にでる。」
その言葉に、同僚は「わかった」、と返事をしてすっと後ろに下がる。
「っ、name!」
「ジャック、どいて。今のあんたじゃ邪魔。わかるでしょ。」
ジャックは悲痛そうな表情で何か言いたげにこちらを見た。
怒っているのか、悲しんでいるのか。わからないけど、正直どうでもいい。今大切なこと仕事。
感覚だけを研ぎ澄ませて少し重たい槍を振り回す。遠心力で勢いのついた槍は一振りで人の首をはねるだけの勢いを持つ。
狙うのは首から上。積みあがる死体に足を取られないよう気を付けながら飛び回る。
船からじっとこちらを見ている船長さんの目線が、なぜだか心地よかった。それはまるで首元にナイフを突きつけられているようなスリルだった。
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