逃がしてあげない




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突然の浮遊感に驚いた実紗稀は、気付いた時にはキッドに横抱きにされ大きな木の枝の上へと移動していた。
ゆっくりと足を降ろされると、見下ろした足元の高さに僅に怯む。


「見つからない様に結構な高さまで来ていますので、落ちない為にこれは我慢して下さい。」


そう言って腰に回された腕に支えられ、高さの恐怖は少しだけ和らいだ。


「ありがとう。ところで、あのカードには何を書いたの?」

「あぁ…彼等が何をしていたかと、今日の獲物が目的の品では無かったのでお返しする旨を。」


キッドの答えは確かに質問の答えとして正しいものだったが、納得するには情報が足りな過ぎる。
一瞬悩んだ後、実紗稀は前者の言葉から問う事にした。


「警察に追われているあなたの言葉なんて、例え真実でも信じて貰えないわ。むしろ、彼等はあなたの事を悪く言うに決まっているでしょう?それなのに何故…。」

「私をずっと追っている中森警部は、ある意味ではとても私の事を信用してくれているんです。まぁ見ていれば分かりますよ……あ、来ましたね。」


静かに…という言葉に従い黙って下へ視線を向けると、公園の入口に落としたシルクハットを見つけた警官達が次々とパトカーから降りてくる。


「警部!キッドのシルクハットが此処に!」

「よーし、公園内に何か痕跡が無いか探すんだ!……ん?何だ?」


制服を着た警官達の中、一人スーツの男が指示を飛ばす。
おそらく彼がさっき言っていた中森警部なのだろうと検討を付けて見ていると、公園の中心の異変に気付いたらしく、そちらへ近付いて行く。


「た、助けてくれ…。」

「何だお前等は…。」

「キッドだ…怪盗キッドにやられたんだ!」

「何ぃ?!」


ワイヤーで縛り上げられた男達の姿に妙な物を見る目をしていた中森は、キッドの名前を聞くと途端に真剣な目付きになった。
そしてふとワイヤーに括り付けてあるカードと布袋に気付くと、顔を近付けて書いてある内容を読み上げる。


「“彼等は動物虐待、及びそれを止めようとした女性へ暴力を振るおうとしていた為、身柄を拘束させて頂きました。後は警察の方々にお任せ致します。それから、今夜頂いた宝石は目的の品では無かったのでお返しします。怪盗キッド”……。」

「嘘だ!自分が逃げる為に警察を足止めしたくて、偶然此処に居た俺達を無理矢理……!」


必死に主張する男達の言葉を聞きながら、中森は布袋の中身を確認する。


「こいつらは署に連行して事情聴取だ!」

「おい!泥棒の言う事を信じるのかよ!?」

「残念だったな……キッドは罪の無い人間を陥れる様な事は、絶対にしないんだよ!最も、ここに書いてある事に証拠は無いが…少し調べれば余罪はいくらでも出て来そうだなぁ。」


中森の言葉に青ざめた男達は警官達に連れて行かれ、残った警官達で公園内を一通り捜索した後、中森の指示により警察の姿も見えなくなった。


それから間も無く、キッドは実紗稀を再び横抱きにすると、下へと降り立つ。

先程まで木陰で良く見えなかったキッドの顔が月明かりと街灯に照らされ、近い距離もあって良く見えるようになった。
澄んだ青い瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えた実紗稀は、きっと普段は今も着けているモノクルに加え、シルクハットを深く被る事で顔を隠しているのだろう等と無理矢理思考を変えようとする。


「まさか、本当にあなたのメッセージを信じるだなんてね。」


そっと地面に降ろされた実紗稀が言うと、キッドは口角を上げる。


「言ったでしょう?“ある意味では信用されている”と。最近この辺りで動物が痛め付けられる事件が相次いでいたので、きっとそれも彼等の仕業でしょう。」

「なるほど…あの人が言っていた余罪というのは、そういう事だったのね。」


納得した様子を見せる実紗稀の、けれど何処か引っ掛かる雰囲気にキッドはもしやと声を掛ける。


「あなたは、あまりテレビ等は御覧にならないのですか?」


この所大きな事件や話題になる様な事が無かったのもあって、今回の動物虐待事件は本来よりもかなり大袈裟に報道されていた。
もしかすると、その事が逆に彼等を更なる犯罪へと掻き立てた要因の一つとも考えられるが、ともあれこの事件の認知度は世間でもかなり高いはずだ。


「元々あまり見ない方だけれど、昨日アメリカから帰国してからは全く見ていないから、最近の日本のニュースは知らないのよ。」

「なるほど、そういう事ですか。」


“怪盗キッド”に対して反応が薄いのもそれが原因かと納得すると、キッドは改めて実紗稀を見つめる。


「さて、今更ですがお怪我はありませんか?」

「えぇ…あなたが止めてくれたお陰で何とも無いわ。」


そう言った実紗稀がスッと右手を隠したのに気付くと、キッドはすかさずその手を取った。
目を丸くする実紗稀を余所に、自分の目の前へと持っていく。


「幸い傷にはなっていない様ですが、赤くなってますね……後できちんと冷やして下さい。」

「あ、ありがとう………っ?!」


再び目を見開いた実紗稀は、今度は同時に頬を真っ赤に染めた。
手の甲に口付けを落としたキッドは、その手に拾っておいた実紗稀の携帯を持たせ、何処か名残惜しそうに手を引いた。


「それでは、くれぐれもお気を付けて。」

「あ…待って!一つだけ、聞かせて…。」


その場を離れようとしたキッドは掛けられた声に振り返る。


「返した宝石…目的の品では無かったと言っていたのは、本物では無かったという事?」

「いえ、あれは間違いなく本物です。ただ、私の探している物ではなかった。」

「そう……あなたにはきっと、大事な目的があるのね。」


実紗稀の言葉にキッドは一瞬驚いたものの、すぐにポーカーフェイスを纏うと今度こそその場を離れた。


「いつかまた月明かりの下、お逢い出来るのを楽しみにしております。」


去り際に残された言葉を反芻しながら、実紗稀は自身の右手を見つめる。


「その言葉、後悔しないでよ……怪盗キッドさん。」

update 2016.7.13
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