どうか仮面を剥ぎ取って



あの日の出会いは

一瞬で終わるものだったはずなのに










──それは、ただの気まぐれだった





persona.1







「ただいまー……」


力無く吐き出された少女の一言は、薄暗い部屋の沈黙に飲み込まれる。


(何言ってるんだか……)


靴を脱ぎながら自嘲的なため息をつくと、少女は明かりを点けてリビングへと進む。

ドサッと荷物を床に置いてソファに沈み込むと、気だるい動きでテレビの電源を入れる。
夕方のニュース番組が映り、子供の話題で学校が映し出されるのを見ると、何か思い出したように小さく口を開いた。


(……そうだ宿題)


ソファから体を乗り出し、先程置いた厚みのある鞄を手に取ると、中から数冊の本とペンケースを取り出す。

両足をソファの上に乗せ、背もたれにグッと背中を預けると、膝を立てた足の上に先程出した本の中から取った問題集を広げ、シャープペンを走らせ始めた。

見開き3ページ分の計算問題を1分掛からずに解き終わり、次に手に取った教科書の中の小説を斜め読みであっと言う間に読んでチェック表に丸を書き足してから、別のノートに漢字をぎっしりと書き記し、ものの10分足らずで宿題を終える。

再び手に取った鞄──真っ赤なランドセルを開けると、“さんすうドリル”、“こくご”の教科書、“かんじれんしゅうちょう”とペンケースを仕舞い込み、横に落とすように置いた。
重みで床がほんの僅か揺れるのをソファ越しに感じる。


「……何してんだか」


呆れたような顔で呟くと、ソファに横になりテレビをボーッと見つめる。


《次のニュースです。先日、秋本美術館に届いた、怪盗キッドからの予告状に記された犯行日時が、今晩7時と迫っており、警察の厳重な警備体制が──》


(そういえば、あいつが言ってたっけ……)


丁度流れてきたニュースの内容に、昼間その事について話していた幼なじみの同級生の事を思い出す。


(怪盗キッドの事になるとヤケに気合い入るしな……こんな小さい身体で良くやるよ……)


少女は右の手のひらを目の前で広げて見つめる。
一つ溜め息をついてからその手を下ろすと、ニュースに耳を傾ける事なくゆっくりと目を閉じた。










「──ん……」


少女が目を覚ますと、窓の外は真っ暗になっている。
結構な時間寝てしまったと思い時計を確認すると、間もなく7時になろうとしていた。


(2時間も寝てたのか……取りあえずご飯食べなきゃ)


グッと腕を上に上げて身体を伸ばすと、キッチンへと移動する。

冷蔵庫の前に置いてある踏み台に乗り、中の食材を素早く確認すると、幾つかを選んで取り出す。
次に調理台の上に手を伸ばして食材を乗せると、踏み台を移動させてまな板と包丁をセットして調理を始める。

何度も踏み台を移動しながらの作業も慣れたものといった様子だったが、突然その動きが遅くなり、ついには止まってしまう。


(なんか、効率悪くて苛ついてきた……)


そもそも高校2年生だった自分が何故、小学生の姿なんかでこんな事をしなければならないのか。
苛つく気持ちが沸々と沸いてくる。

その気持ちを落ち着けようと、一度息を吐いてから包丁を持つ手を動かし始めると、フッと一瞬視界が暗くなる。


「……あ」


以前からたまに点滅する事のあった蛍光灯もついに寿命が近付いたらしく、再び灯った明かりもゆらゆらと安定していない。


(蘭に交換お願いしようと思って忘れてた)


時たまチカチカと目に不快な刺激を与えてくる光に、元々苛ついていた心は不安定さを増す。


(……こんな事になって、自分で出来る事すら出来ないのも、効率悪いのも、全部新一のせいだ……)


そこまで考えた所で、ふと片手で目を覆うと大きく息を吐く。


(違う。トロピカルランドで勝手に追いかけて巻き込まれたのは自分のせいだし、そもそも新一だって被害者だ。今日の私はどうかしてる……早めに寝ちゃおう……)


揺れる明かりの下で、急いで料理の続きを終わらせると、リビングのテーブルへと運ぶ。
点けたままのテレビは、良く分からないバラエティー番組に変わっていた。


(……うるさい)


準備したテーブルの前に座ると、一瞬顔をしかめてテレビの電源を切る。
そして食事をしようと箸を手に取った時。


──ガタンッ


ベランダの方から聞こえた物音に、少女はそっと箸をテーブルに戻す。

じっと視線を向けるものの、遮光カーテンを閉めている為に、外の様子は何も分からない。
ベランダには何も置いていないし、マンションの最上階であるここに野良猫が入り込む事も有り得ない。
ゆっくりと立ち上がり窓に近付くと、カーテンに手を掛ける。小さく深呼吸してから、そっとカーテンの向こうを覗き込んだ少女は息を飲んだ。



真っ白なその姿は、テレビで何度も見て、幼なじみから何度も話を聞いて知っている。

一つだけ違うのは、その腕から流れる、赤。



白い彼は此方には気付かずにベランダの外を気にしている。
このまま放って置けば、その内飛び立って居なくなるのだろう。

そう考えながらも、少女の口元には笑みが浮かぶ。


(今日の私はどうかしてる……。新一が手を焼いている怪盗に、手を差し伸べるのも面白いかもしれない、だなんて──気まぐれも良いとこだ)


シャッと勢い良くカーテンを開くと、そのままの勢いでガラス窓も開けた。



この気まぐれから日常までもが変わるだなんて、この時は思ってもいなかった。

update 2018.03.20
MAIN  小説TOP  HOME