自分の後ろで聞こえた窓の開く音に、一瞬驚き振り返った白い彼──怪盗キッドは、少女の姿を確認すると恭しくお辞儀をする。
「これはこれは小さなお嬢さん。すみません、突然お邪魔して驚かせてしまいましたね」
「ええ、確かに驚いたけれど……謝る必要はないわ、怪盗さん」
幼い少女らしくない受け答えに、キッドが僅かに目を見開くのを見た少女は、満足そうな笑みを浮かべる。
「羽休めなんでしょう?どうぞ上がって?」
「──は?!あ、いえ、そう言う訳にはいきませんよ、お嬢さん」
「その左腕の怪我、放っておいて大丈夫な様には見えないわ。手当するから上がって?大丈夫、この家には私しかいないわ」
「いえ、お気持ちは嬉しいのですが……」
「それなら、交換条件はどう?」
少女の口から次々と発せられる、想定外の言葉の数々に驚きつつ、キッドは交換条件?と聞き返す。
「そう。こんな小さい身体で1人暮らしだと、色々と困る事があってね、手当する代わりに少し手伝って頂ける?」
「…………では、お言葉に甘えて」
persona.2
漸く肯定の意を示したキッドを部屋へと招き入れると、ソファに座るよう促してから救急箱を探す。
(最近使ってないからな……この棚なのは確かなんだけど……)
棚の下の段を探してみても見当たらないそれに、少女は思わずため息をつく。
「上か……」
小さく呟いた声が聞こえてキッドが後ろを振り返ると、少女が踏み台を棚の下に動かしている。
スッと立ち上がり近付くと、踏み台に足を掛けた所で肩に手を乗せた。
「っ?!」
「交換条件。小さくて困るというのはこういう事なのでしょう?」
そう言いながら右手で棚の上のとびらに手を掛けると、驚いてキッドを見上げていた少女の顔が緩み、踏み台から足を降ろす。
「……ありがとう」
「──っ!……この救急箱ですね?」
先程までとは違う、自然にフワリと笑った少女に、キッドは自身の胸が高鳴るのを感じてしまう。だが、それを悟らせないよう目的の救急箱を手に取る。
(待て待て待て……いくら大人っぽい雰囲気だからって相手は小学生の女の子だぜ?!何ドキッとしてんだ俺!)
内心で自分にそう言い聞かせながらソファに座ると、隣に座った少女が救急箱から必要な物を用意し始める。
「怪盗さん、上着は脱いで頂ける?この位置なら、シャツは捲れば大丈夫だと思うけど……」
言われた通りに白い上着を脱ぎ、左腕の袖口を捲ると、傷口が露わになる。
ハンカチでギュッと縛り止血をしてから、血だらけの腕を濡らしたタオルでそっと拭き、傷口の周りをキレイにしていく。
「良かった、出血は多いけど傷口自体はそこまで深くないみたいね」
「……お嬢さん、お名前を伺っても?」
手際良く手当てを進めていく少女にそう問いかけると、一瞬手を止めてからキッドと目を合わせる。
「……莉亜」
「素敵なお名前ですね、莉亜嬢」
「……ありがと」
返ってきた返事は素っ気ない言い方だったが、再び手を動かし始めた莉亜の耳が僅かに赤く染まっているのを見て、キッドは小さく微笑む。
(この名前を名乗るのも呼ばれるのも久しぶりだから……それだけだ。……“嬉しい”だなんて、ただの勘違いに決まってる。だけど私、どうして本名を教えたんだろう……)
手当てを続けながら、莉亜は自分に言い聞かせるように何度も“ただの気まぐれ、勘違いだ”と心の中で繰り返した。
「よし、これでいいわ」
「ありがとうございます。それにすみませんでした。お食事の邪魔をしてしまいましたね」
テーブルの上に並べられた、手のついていない料理に視線を向けながら言うと、莉亜はケロッとした様子でそれを見る。
「あぁ、良いの。簡単に作った物だし、どうせ1人で食べたって美味しくないもの。冷めても変わらな──」
「……莉亜嬢?」
キッドの顔をジッと見つめたまま黙ってしまった莉亜に、戸惑いながら声を掛けると、1度大きく瞬きしてから口元に悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「怪盗さん、夕ご飯は食べた?」
「いえ、食べてませんが……?」
質問の意図が分からず疑問符を浮かべながら答えると、莉亜の表情が一気に明るくなる。
「だったらご馳走する!すぐに用意するから待ってて!」
「──は!?ちょ、待って下さい莉亜嬢……」
「食べてないなら良いでしょ?大丈夫、料理には自信があるんだっ!」
「いえ、そういう事ではなくて……というか莉亜嬢、先程までと雰囲気が……」
先程まで見せていた、見た目にそぐわぬ大人っぽい落ち着いた口調とは打って変わった様子の莉亜と、その言われた内容の両方に呆気に取られたキッドは、バタバタとキッチンに駆け込んで行く莉亜を止める事が出来なかった。
update 2018.8.17