persona.10
部屋に響いた景気の良いインターホンの音に急いでモニターへと駆け寄った莉亜は、映し出された人物を確認すると「今開けるね」と伝えてからロックを解除し、そのまま玄関のドアも解錠する。
来客を待たずにキッチンへ行くと、食器棚からマグカップを2つ取り出しココアの粉をスプーンでそれぞれ入れていく。事前にセットしておいたケトルのお湯が湧いたカチッという音に「ぴったりだ」と小さく満足気な声を漏らしながら手に取る。
お湯を注ぎ終えた所で玄関のドアが開く音が聞こえるが、気にすることもなくスプーンでカップの中身を混ぜ始めた。
「莉亜ー、俺が来てから鍵開けろって前も言っただろ?」
「大丈夫だよ、わざわざオートロックのマンションに侵入する人なんていないって」
“お邪魔します”や“いらっしゃい”、のやり取りすら省略できる程に快斗が来ることが当たり前となった二人は、夕食だけではなく休日にはそれぞれの用事がなければこうして昼前から一緒に過ごすことも多くなっていた。
「油断すんなって。セキュリティ万全に見えても、いざとなれば簡単に入り込めるんだからな」
「それはまた随分と説得力のある話だけど、そしたらもう鍵自体意味ない気がするよ。はい、ココア」
そーいう問題じゃねぇんだけど……と言いながらマグカップ2つを受け取ると、快斗はリビングへと向かう。
ケトルを片付けてから莉亜もそれに続くと、並んでソファに座り適当に選んだテレビ番組の声を聞きながらココアに口をつける。
「あれ、お湯で作るの珍しいな」
快斗はいつもと違うココアの味にそう呟く。以前莉亜がお湯で作れるものでもミルクで割った方がコクがあって好きだと言っていたのを思い出したらしい。
「あぁ、残念ながらお昼の仕込みで牛乳切らしちゃったんだ。もう少し残ってると思ってたんだけど……夕方、買い物付き合ってくれる?」
「おー分かった。昼何にすんの?」
「ラザニア。なんだか急に食べたくなっちゃったから、ベシャメルソース作ったの。ミートソースは作り置きの冷凍があるし。ただ、パスタだけは残念ながら餃子の皮で代用します」
「餃子の皮?!すげぇ、それでラザニア作れんのか」
モッチリ感は少ないけどね、と笑った莉亜はふと視線を向けたテレビ画面に思わず釘付けになる。
どうしたのかと同じようにテレビを見れば、そこに映っていたのは最近人気で行列が出来てるというクレープ屋。
「行きてぇの?」
「えっ?!あ、うん……でも微妙に遠いしかなり並ぶし──小学生1人で出かけるのは目立つから」
そう言って笑ってみせたがその眼にはどこか寂しさが滲んでいて。
1人ではと言うが彼女の周りの人物達を思えば、誘えば一緒に行ってくれる人はいる筈。それをしないのは莉亜が人に甘えるのが下手だからだと、まだ短い付き合いの快斗にも容易に想像できた。
きっと今までもこうした小さなものを始め様々な我慢を沢山積み上げてきたのだろうと思うと、それがいつか限界を迎えるのではないかと心配になる。
「じゃあさ。明日、行くか?一緒に」
「……え?」
まるで何を言われたか分からないという顔で快斗を見つめたまま固まっていた莉亜は、小さな声で「あした……一緒に……?」と溢してようやくその内容が頭に入ってきたのか目を見開いて快斗の方へ身を乗り出した。
「本当に?いいの?」
「おー。じゃなきゃ言わないだろ?」
「〜〜っ快斗ありがとう!!私クレープ大っ好きで!でもあれって買って帰って家で食べるようなものじゃないから、最近全然食べれてなくて……」
だから本当に嬉しい、ともう一度お礼をいう満面の笑みに、快斗も釣られて笑顔になった。
理由は分からないが、小さくなった事とは別に自分を押さえつけて仮面を被る莉亜が、少しでもその枷を外せる時間を作れるのなら。
「んじゃ、明日は初デートだな」
「でっ?!……えっ?!な、何言ってるの?私とじゃ、兄妹にしか見えないよ」
真っ赤な顔で焦る姿は可愛いが、最後の言葉に快斗はわざと拗ねた表情をする。
「他人がどう思うかなんて関係ねーだろ。俺は莉亜を小学生だなんて思ってねぇよ」
「そ、れは……嬉しい。ありがと……」
「では莉亜嬢、明日のデートは私のエスコートにお任せください」
耳元でキッドの口調でそう囁やけば、更に真っ赤になった莉亜は急に立ち上がり「そろそろラザニアの準備しなきゃ!」とキッチンへと駆けて行ってしまう。
少し調子に乗りすぎたかと思いながらも頬が緩むのは抑えられない様子で、快斗は残ったココアを飲み干してから手伝う為にキッチンへと向かった。
「結構手間掛かるんだな」
餃子の皮をくっつかないよう1枚1枚湯通ししてはソースと交互に皿へと敷き詰めていく作業を続けながら、快斗は関心したように言う。
「ラザニア用の、下茹でせずにそのまま使えるものも売ってるから、それがあればもっと簡単なんだけどね。食べたいと思ったら我慢出来なくて」
「でも、それでちゃんとソースから作るのが凄いよな」
「私、自分だけならこんな面倒なことしないよ?快斗と一緒に食べるものだから、手間が掛かっても食べたいもの、美味しいものを作ろうと思えるだけ」
さらりと言われたそれに、快斗は思わず手伝っていた手を止める。
(最近俺がからかう事が増えてたけど、やっぱこういう所ずりぃよな……)
そんな快斗の様子に気付かない莉亜は、最後の層を重ね終え冷蔵庫からチーズを出すように頼む。
取り出したそれを莉亜に渡そうと腕を伸ばした時、インターホンの鳴る音が響いた。
「あぁ、見てくるわ」
「うん、お願い」
セールスなら断れば良いし、宅配ならもう何度も受け取っているからいつもくる配達員も快斗の事を認識していて不審に思われることもない。
いつものようにモニターの応答ボタンを押そうとした指は、うわ、という声と共に直前で止まった。
「莉亜!」
いつも快斗が応対して済むのに珍しいと思いながら「どうしたの?」とキッチンから顔を覗かせれば、若干引きつった表情の快斗の指がモニターを指さしている。
「名探偵が来てる……」
update 2023.05.18