どうか仮面を剥ぎ取って









さあ、答え合わせをしよう







persona.8







クッションに埋めていた顔をそっと外しゆっくりと視線をさ迷わせると、ソファの背もたれに掛けられた、キッドの白い上着が目に入る。


(怪盗さんの匂いとか、するのかな……)


何となく、気になっただけだ。
そう意味の無い言い訳を自分自身に聞かせながら、近くに置かれたそれにそっと手を伸ばす。
あと10cm……5cm……ついにその手が触れようとした瞬間、後ろから気配を感じて慌てて手を引き戻す。


「メシの準備出来たぜー……って、どうした?固まってるぜ?」

「なっ、何でも無い!ごめんね、全部やらせちゃった……」


立ち上がり申し訳なさそうな顔をする莉亜に、キッドはカラリと笑う。


「別に温めるだけなんだから気にすんなって。普段作って貰ってるんだから、これくらいしねーとな」


トレーに乗せて運んできた皿をテーブルに並べ始めるのを、莉亜は慌てて手伝う。


(何しようとしてるの私っ……あんなの、ただの変態じゃない……)


自分の行動を思い出し自己嫌悪に陥りながらも、悟られない様に手を動かす。

準備が整い食べ始めてからは、隣の存在に気を取られ味はろくに感じられなかった。










食事も終えて片付けも済み、キッドがもうここに居る意味は無くなったはずなのだが、それでも居座りテレビを眺めるのを莉亜は不思議に思う様子も無い。

当たり前の様に並んで、普通にテレビを見ている。
そんな心地の良い、けれども異常なこの空間を壊す為の言葉を、キッドは静かな声に乗せる。


「そういやまりあ、宿題やったか?」


ふと聞かれた質問に、莉亜は何の疑問も持たずに答える。


「今日は出てないもん。そもそも、そんな毎日出るわけじゃないよ」

「まあ小1だもんなー。けど、今更小学校の勉強なんて大変だよな」

「んー、でももう大分慣れ、て────え?」


(今、彼は何と言った?

今更ってどういう意味……?

そもそも、彼はさっき何と呼んだ?


彼にその名前は、名乗っていない筈なのに……)


「……名探偵と幼なじみだって聞いた時に、何となく違和感は感じてたんだ。ただ、その違和感の正体がハッキリと分かったのは昨日、お前を寝室に運んだ時」

「……」


寝室に入った──それはつまり、あの写真を見られたという事。
“まりあ”の人物設定上、あの写真を誰かに見られて似ていると気付かれても、親戚だからと説明がつくから大丈夫だろうとそのままにしてあったもの。

しかし、コナンの正体を知っているキッドに、彼の幼なじみだと言ってしまった時点でそれは無意味。
致命的なミスをしていたのだと自覚した莉亜は、急激に血の気が引く感覚にゾクリと震えた。


「アイツと……工藤新一と同じなんだろ?」


(あぁ……本当に知られてしまったんだ)


キッドの問いに声を出せずに、莉亜の頭の中を“絶望的”という言葉が支配する。


(……絶望?どうして?彼との関係は、ただの気まぐれから始まった一時的なもののはずでしょ?……私は、何に怯えてるの?)


「莉亜」

「っ!」


呼ばれた名前に肩が跳ねる。

嘘をついた事を、責められるだろうか。
それとも、呆れられるだろうか。

考えるほどキッドの顔を見るのが怖くなり俯く莉亜の頭に、暖かい掌がそっと乗せられる。


「え……」

「ありがとな」

「っ?!あ、ありがとうって……何でっ……」


予想外の言葉に驚き、思わず顔を上げた莉亜の目に映ったキッドは、優しく微笑んでいる。


「本名、教えてくれたんだろ?」

「それはっ──ただの、気まぐれというか……」

「それでも、あの時はただの気まぐれだったとしても、俺に本当の自分を見せてくれてるだろ?だから、ありがとな」


頭に乗せられた掌に軽く撫でられる感覚に、莉亜の目頭が熱くなる。


「怒って、ないの?」

「何で怒るんだよ?」

「嘘、ついてたから……」

「そんな簡単に他人に言える事じゃねぇんだから当たり前だろ?そもそも、俺だって莉亜に正体まで教えてないんだ。お互い様だな。」

「────ありがとっ……!」


真っ赤な目を潤ませて言う莉亜に、キッドは思わず息を飲むと、僅かに視線を逸らす。


「……まぁそういう訳で、莉亜の正体を知った以上、俺もこのままって訳にはいかないな」

「!!」


やっぱりもう今まで通りには会えなくなってしまうのかと考えた途端、キッドはバサッと音を立ててマントを翻す。
視界全体を覆った白が消えた時、目の前に立っていたのは白とは真逆の、黒の学ランを着た男の子。


「江古田高校2年、黒羽快斗。よろしくな!」

「え……ど、して……」

「言っただろ、お互い様だって。つー訳で、次からは窓じゃなくてちゃんと玄関から来るから」

「……これからも、来てくれるの?」


今にも消えそうな声で問い掛ける莉亜に、快斗はカラリと笑う。


「そのつもりじゃなきゃ正体なんて明かさねぇだろ?寧ろ莉亜さえ良ければ──これからは仕事の日だけじゃなくてもっと頻度高くしてえ位なんだけど……って莉亜?!」


莉亜の瞳から大粒の涙が溢れ出すのに気付いた快斗は、目の前に膝を着いて視線を合わせる。


「……もうっ来てくれないと、思ったから……っ……良かった……!」


涙でぼろぼろの顔で、それでも嬉しそうに笑う小さな身体を、快斗はふわりと腕の中に閉じ込めた。


「大丈夫……お前が許す限り、俺は莉亜の側から絶対居なくなったりしねぇから」

「うん……」


update 2021.09.04
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