そしてその日の夕食後。1人で寮へ戻るアズミは、突然背中にタックルをくらった。
「うわっ!」
「ああああっ!!ごめんなさいごめんなさい!!!!」
後ろから聞こえてくるのは、今日会った不思議少女の声だ。ずきずきと痛む背中を擦ればこの女の子はまた謝り倒すに違いないので、それを我慢し振り返った。
そんなに大きくないアズミよりも、更に小さい少女の金色にきらめくつむじを見つめる。
「ええっと…あなた、大丈夫?」
「うん!大丈夫!えっと、あの、昼に廊下でぶつかったことをちゃんと謝りたくて…!」
もう十分というか異常なほど謝られてるよ!と言いそうになるのを無理やり抑える。
「私は本当に気にしてないよ。だからあなたもそんなに気にしないで」
「あああ…ごめっ、いえ、ありがとう!あなたは噂に違わぬ優しい人なんだね、虹のお姫様…!」
「…はい?」
やっと謝るのをやめた不思議少女は、その青色の瞳をきらきらと輝かせてアズミを見上げ、「姫!」と連呼し続ける。
(…もしかしなくても姫って私のことだよね?私って虹のお姫様なんて恥ずかしい通り名がつけられてたの!?)
「姫!姫!」
「う…」
恥ずかしさとまばゆいくらいの純粋な視線を向けられて言葉が出ない。基本的に相当のことがないと取り乱したりしないので、一度ペースが崩れてしまうと普段の態度に戻るまで時間がかかってしまうのだ。
どもっているアズミと姫!と連呼し続ける少女の姿を廊下を通行する全員が横目に見る中、突然肩に手を置かれる。
「すみませんエノモトさん。この子、悪意があってあなたを困らせているわけではないのです。どうか許してあげてください」
「?あの…どちらさまですか?」
アズミの隣に立つのは、ストレートの美しい銀色の髪をリボンでサイドにひとつで束ねた美人だった。人形のような美しさを体現する女性は深緑の目を細めて笑う。
「私はエミリア・ギルフォード。あなたと同じスリザリンの5年生です。そこで意味不明なことを羅列しているカナリア・スタンハイヴの友人ですよ」
「意味不明なことなんてひとつも言ってないよ!姫の前でなんてこというの!エミリアのお馬鹿!」
カナリアはこちらから視線を移して背の高いエミリアを見上げながら怒った。不思議少女もといカナリアがエミリアに噛み付いているところをぼんやりと眺める。
深呼吸をひとつ。ふたつ。みっつ。
なんとかいつもの調子に戻ってきたのでアズミはじゃれあうように揉める二人の会話にまざった。
「喧嘩は駄目だよギルフォード、スタンハイヴ。先生に見つかって減点されたらどうするの?」
「流石姫!寮の点数のことまで気を配るその姿、素敵!」
よく見ればカナリアの首に締められているのは自分やエミリアと同じ緑のネクタイだ。変わらずおかしなテンションで話しかけてくるカナリアにまたペースを乱されそうになる。
「カナリア、エノモトさんが困っています。姫と呼ぶのはやめなさい」
「ギルフォード…!」
横からの助け舟に歓喜する。
「わかったよ…。姫ってあだ名、似合ってたのに…」
大人しく言うことをきいたカナリアの様子から、エミリアはいつも突っ走り気味なカナリアのストッパー役であることが伝わってくる。アズミはとりあえずほっと安堵の息を漏らした。
「えーっと、よければ普通に名前で呼んでほしいな」
アズミがそう言うと、カナリアは泣き出しそうなほど目を潤ませて喜んだ。
***
結局3人は一緒に寮まで帰ることになった。廊下で少し話していたら予想以上に意気投合したのだ。地下への帰路につき、のんびりと会話をしながら帰る。
「ところでスタンハイヴ」
「カナリアでいいよ、アズミ」
「じゃあカナリア。さっき私のこと虹のお姫様って呼んでたよね?」
「うん!」
「それってカナリアが勝手にそう呼んでたの?それとも…皆そう呼んでた…?」
カナリアは不安そうなアズミの様子には目もくれず、満面の笑みで答える。
「皆ね、裏ではそう呼んでたよ!多分スリザリンだけじゃなくて他寮の人もじゃないかなー?」
あ、恥ずかしさで死にそう…!
「へ、へえ…そうなんだ…。虹のお姫様ね…」
「ぴったりなのでは?素敵じゃないですか、お姫様なんて」
「ギルフォード!」
「エミリア、でいいですよ。お姫様?」
楽しそうに笑うエミリアをアズミは軽く睨む。それでも笑い続けるエミリアには肩を落とすしかなかった。
気づけば、もう3人の目の前にはスリザリン寮があった。アズミの部屋へ続く階段は普通の生徒たちの使う大人数部屋への階段とは違うため、寮に入ったらすぐ違う道を進むことになってしまう。談話室で別れる際にエミリアに右手を差し出された。
「えっと、これは?」
「握手に決まってます。今日から私たちは友達でしょう?」
にっこりと笑ったエミリアに笑い返す。
「ええ、そうね。よろしくエミリア」
「あっ!エミリアずるい!私もアズミと握手したい!」
ひと足早く部屋に戻ろうとしていたカナリアが、走ってアズミとエミリアの間に割り込んできた。アズミとエミリアは握手握手!と子供のように手を伸ばすカナリアに笑い、握手をする。
それは、ずっとリドルといたことでできなかった友達がやっとできた瞬間だった。