時は12月半ば。皆がクリスマス休暇を今か今かと待ちわび、学校中が浮き足立つ頃。
多くの生徒が帰省のために荷物をまとめて慌ただしく過ごすスリザリン寮の一部屋は、まとめるどころか普段よりも散らかっていた。
「あー、もう無理!」
机の上にできあがっている本の山から、卓上の空いたスペースに突っ伏しているアズミの苦痛に満ちた声が漏れる。
山を形成しているのは『中世の魔女狩りが誰でもわかる本』『魔法薬で世界を変えた人々』『魔法省の歴史』…。リドルにおすすめされて渡された魔法史関連の本たちである。
「こんなにたくさんすぐに覚えられるわけないでしょ!私のためみたいな言い方してたけど間違いなく嫌がらせに決まってる!いっつもへらへら笑顔貼り付けやがってあの腹黒男!!!」
『これだけ覚えられれば5年生のみんなと一緒に魔法史の授業を受けられるようになるよ』そう笑顔で言って杖を振り、目の前に本をどさどさと落としていった姿が思い出されて、怒りから手元にある本を強く叩く。
自身も作り笑顔を振り撒いているくせにここぞとばかりに棚にあげて不満を爆発させた。
アズミはトリップする前からずっと暗記が苦手だった。ホグワーツに来るまではあくまで普通の人として見られるために、苦手だということを悟られないように裏で努力してきた。
それでも今のようにべったり一緒にいて勉強をみてもらうようになれば、隠すことなどどうしても不可能なのだ。有名人になってしまっているアズミが暗記に弱いことは、もうほぼ全校生徒に知れ渡ってしまった。
(私って魔法の才能があるのよね。なんだかよくわからないけど、変身術が凄いできる。魔法薬学も呪文学も闇の魔術に対する防衛術も1年かけてできることを数日でできるようになったし。…その才能が少しでもいいから暗記能力に分けられていればよかったのに!)
一回りして怒りが収まり、虚しさに襲われてネックレスをシャツの中から取り出し、鎖の部分を指に巻き付けて遊ぶ。完全なる現実逃避スタイルである。
「やりたくない…」
一人文句を言っても何も変わることはない。アズミのいつもよりトーンが低い声が虚しく響くだけだった。
毎回魔法史を教えるときはいつも以上に活き活きとしているリドルが、「本当にアズミは暗記が駄目なんだね」と脳内で言って笑う。
腹立たしさからネックレスを力強く握り締め唸り声をあげるが、山積みの本が消えることも暗記をしなくてよいことになるといったこともない。
「でも…やだな。やりたくないなー」
結局現実逃避をやめてした行動は羽ペンを握ることではなく、どうしようもなく無意味な神頼みごっこだった。
十字架のネックレスを両手で優しく握り胸の前に持つ。そして、目を閉じてそっと願いを呟いた。
「見聞きしたもの全部を一瞬で記憶できる体になりますように!」
なーんてね、馬鹿なことはやめていい加減やりますか!そう言おうとした瞬間、頭に鋭い痛みが走った。
「いった…!う、あっ!何…これっ…。」
頭を横殴りにされる。そんな表現では生ぬるい。雷にうたれたような激痛だ。心臓と、頭と、四肢が痛い。吐き気もする。だんだんと体中が痺れるような感覚に襲われる。
その苦しさから生理的な涙が溢れて、呼吸もままならなくなった。そしてついきは椅子に座っていることもできなくなり、床に思い切り倒れ込む。
床に体を打ち付けられる痛みが霞むほどの痺れと頭痛から逃げるように、アズミは意識を手放した。