突然笑い出したリドルに、アズミはほっと胸を撫で下ろした。

(なんとか峠は越えられたみたい…?)

まだ彼の目は赤いままだが、冷え込むような冷たい雰囲気はなくなった。冷や汗でべたべたになった手のひらをローブで拭う。一世一代の演技はなんとかリドルに通じたようだった。

話をうまく躱しつつ自分に対して興味を持たせる。この目標はなんとか達成された。

(さて、これからどうしようか)

今だアズミは壁に追い詰められたままであり、目の前で笑うリドルは文字通り鼻が触れあいそうなほど目の前の距離に迫ったままだ。

内心困っているところを感じさせないような態度をみせているため、察してもらい離れてもらうことは不可能である。しかし、とびきりの美形とこの近距離で見つめ合い続け、平静なふりを保つことはもう限界に近い。

(あー離れろ離れろ!このイケメンが!)

余裕の笑みを浮かべながら、必死に心の中で念じ続けた。すると、リドルにその願いが届いたのかそっと顔の横に置いた手を退かせて離れていく。

2人はいつもの距離感で真正面から視線を交わらせる。先に口を開いたのはリドルだった。

「アズミ、僕と友達にならないか?」

リドルはそっと握手をするようにアズミへ自身の左手を差し出した。アズミは首を傾げて苦笑した。

「さっきまであんなに殺気を顕にしておいて、友達?」

「君は他とは違う。今までに君のような人間とは会ったことがない」

「それで?」

「僕は誰もが成し得なかったことを実現させるつもりだ。そのためには、他とは一線を超えた思考が役に立つ」

そこまで言われて、アズミはリドルの意図を察した。

「私を利用するって意味で受け取っていいんだよね」

「別に僕の計画に加担しろっていってるわけじゃない。非凡なアズミとの交流から何か新しい考えを思いつくかもしれないから、ちょっと話相手になってほしいんだ。2人きりのときに今までみたいに皮を被らずに、素で話すだけでいい」

別になんの不利益もないだろう、と視線で訴えてくる姿にアズミは笑う。

(私が手を下さなくていいなら特に話に支障は出ないだろうし、会話の中からリドルを改心させる手がかりが掴めるかもしれない。というかうまくやれば、毎日の会話からちょっとずつリドルの思考を変えられるかも!)

よく考えればこれ以上都合のいい関係などない。アズミは後ろ手で汗だくだった左手を念の為にもう一度拭き、差し出された左手にそっと重ねた。

「わかった。いいよ、友達になる」

了承の言葉にリドルはにやりと笑う。

「ありがとうアズミ。これでやっと仮面生活が少し楽になる」

「全くだよ。毎日毎日結構疲れてたんだよ、私」

「お互い様さ」

アズミとリドルは小さく肩をすくめて笑い合う。2人の笑顔は幾分か、大衆の前にいる時より悪い笑顔を浮かべている。

それぞれがそれぞれの目的のために『友達』協定を結んだのだった。

「それにしたって、まさか左手で握手を求めてくるなんて。友達になるための握手なのに」

「応じたアズミも大概だよ。それに、僕らには左手の握手がぴったりさ」

「言えてるよ」

***

左手は一部の地域では「悪魔の手」と呼ばれています。また左手での握手は敵意を示したり、別れを表したりします。

よって握手は左利きであろうと右手でするのがマナーであり、左手で握手を求めるのは失礼にあたり、場合によっては揉め事に発展します。

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