「はじめまして、やっと会えたねトム・マールヴォロ・リドル」
そう言って笑うアズミにリドルは眉を寄せた。あまりにいつも通りすぎるその表情には、驚くしかない。
(やはりアズミ・エノモト、ただの優等生じゃなかったか)
壁に追い詰められているはずの少女は、慌てるでもなくにこにこと笑っているだけだ。自分が優位にいるはずなのに、落ち着かない。
赤く染まる瞳を細めて、アズミを射抜くように見つめる。
「はじめまして、とはどういう意味で使った」
「そのままの意味でだよ。いつだって優等生の仮面を被ったままで本当のリドルには会えずじまいだったからね」
「つまり僕が本来こういう人間でありそれを隠していたことを知っていた、と言いたいのか」
「そういうことになるね」
飄々とした態度で答えるアズミに舌打ちしそうになった。何を言えばこの女の態度を崩せるか、と考える思案していると彼女の方が口を開く。
「魔法薬学でわからないところを教授に質問に行った帰りに偶然真っ赤な目をしたリドルをみかけたから、もしかしたら素のリドルに会えるかもって思っただけだよ」
突然何を言い出すかと思えぱ、最初に聞いた後をつけた理由のようだった。リドルは予測できない行動ばかりとる少女にいらつきを抑えられない。
「アズミ。君は何故そんな態度をとっている。己の命が惜しくないのか?」
(きっとアズミは僕が裏表が激しいだけだと思っているに違いない。じゃなければこの態度は可笑しい。そんな答え忘れていたことを思い出したかのように尾行の理由を話すはずがないだろう!)
死をちらつかせればきっと取り乱すはずだ、と判断した。
(さあ、化けの皮を脱ぎ捨てろアズミ・エノモト!)
目の前で目を大きく見開いて驚くアズミを観察する。
命乞いをするか、襲いかかってくるか、泣き崩れるか。いつも余裕の態度をとる彼女が取り乱す姿を想像して、口角をあげた。
しかし、アズミはリドルの予想を遥かに飛び越える。
「っ、あはは!リドルが私をこの場で殺すわけないでしょう?随分と面白い冗談だね!」
あろうことか、少女は楽しげに笑い始めたのだ。それも今までに見たことのないような大笑いだ。
もうリドルはたまらなかった。
「何故そう言いきれる?」
自分の口から出るのは先程よりずっと低い声。自分でもわかる。機嫌は最高に悪かった。
涙を滲ませて笑っていたアズミは、ぴたりと大声で笑うのをやめて目を細める。そしてにやりと妖艶にリドルをみあげて微笑んだ。ぞわりとリドルの背筋に鳥肌が走る。
アズミが纏う空気が、一気に変わった。
「だってリドルは頭がいいから。どこか街中で殺すならまだしも学校内で、しかも人の少ないクリスマス休暇中に突発的な殺人を犯すなんて馬鹿な真似するわけないでしょ?」
彼女の言っていることは至極真っ当だ。もしアズミがダンブルドアの刺客だとしてもここで殺すことは得策ではない。リドルが軽い脅しのつもりで言ったことを、少女はあろうことか見抜いていたのだ。
それでも、リドルは続けた。
「別に校内に残っているのは僕と君だけじゃない。1番疑われないのは優等生の僕だ」
遠回しに突発的な殺人だろうとやってのけると告げる。けれど、アズミの笑みは崩れない。
「大衆は信じなくてもダンブルドア教授は真っ先にあなたを疑うだろうね。これ以上あの人に怪しまれてもメリットなんてないよ?」
「…本当に君は何者なんだアズミ・エノモト」
ただでさえ謎だらけの少女なのに、話せば話すほどわからなくなっていく。自分が偽りの優等生であることからダンブルドアにそれを見抜かれて怪しまれていることまで知っている。アズミとこのまま駆け引きをしても、永遠に逃げられ続ける気がした。
この少女を追い詰めている絵が全く想像できない。こんなことは初めてだ。
「私?私はちょっとだけ人より察しがいいだけの魔法使いよ」
そう言ったアズミが何故だか面白くて、ついリドルも笑った。
「君ほど読めない人間には初めて会ったよ。最高だ、アズミ」
真っ赤な瞳でリドルはそう言った。