「おはようリドル。今日も早いね」

「おはようアズミ。君も十分早いと思うよ」

アズミが朝食を食べるために大広間に来れば、そこには優雅にサラダを口に運ぶリドルがいた。サラダを食べるだけで絵になるなんて、美形はずるい。

(んーと……今は私もその一員…なんだったっけ)

やたらと美しい造形になってしまった自分の顔を思い出しながら、アズミはリドルの隣の席に座った。大広間にはアズミとリドル以外には片手で数えられるほどの人数しかいない。

スライスされたフランスパンを1枚とってマーガリンを塗っていると、目の前にバランスよくとって並べてあるサラダのプレートとヨーグルト、コーンポタージュが置かれた。アズミの朝食定番セットである。

それらを置いていった、隣から伸びてきた手を目で追えば、その先ではいつも通りの優等生の顔をしたリドルがこちらを見て笑っていた。

「これで合ってたよね?」

「うん。ありがとう」

にこやかに話しかけてくるリドルをアズミも真似る。人前では今まで通りに。そういう合図だろう。

リドルの方から仕掛けられてばかりでは癪なので、横目でリドルに視線を送る。

「ねえ、リドル。午後から一緒に図書室に行かない?ユニコーンに関するレポートが難しくて困ってて…」

「ああ、構わないよ」

2人きりで話したいというメッセージも無事届いたようだった。それ以降は日常会話を普通に交わして、リドルと時々目配せをしながら朝食をとる。

食べる順番も食べる物も昨日と同じで、2人を包む空気だけが変化していた。

***

朝食を食べ終えて、アズミは自室に戻った。8割ほど片付いた課題が山積みになっているデスクを杖でひと振りして片付け、ベットに思いきり倒れ込む。自分から誘っておいて、午後からの勉強会が嫌になっているのだ。

(なんとかリドルとの関係改善はできたけど、ここから本番なんだよね)

素で話せ、と言われたけれど馬鹿正直にそんなことをするわけない。そんなの当たり前だ。だが、今までよりある程度警戒を解いた態度で行かねば恐らくリドルの怒りを買うだろう。どのような距離感で話すべきなのか、アズミは測りかねていた。それに、会話を通じて少しずつリドルをどうにかするためには何を話していいのかが全く思いつかないのだった。

「うう、私なんかじゃやっぱり力不足なのかなぁ…」

大きな独り言を呟き鬱モードにはいったアズミは、大きな天蓋付きベットの上をごろごろと転がる。耳にちゃり、と金属音が聞こえた。

「あ」

ばっと起き上がり、シャツからネックレスを引き抜く。昨晩のリドルのように真っ赤な石が、目の前できらめいた。

「うーん…」

このネックレスの力なのかはハッキリとわかっていないが、以前はこれに祈った時、その願いは叶えられた。

あれ以来、一瞬でも見聞きしたことは全て記憶できる体になったのだ。しかも祈りの力は記憶力をよくするほうではなく昔の記憶を整理して引き出せるほうに働いていた。おかげで、なんとトリップする前の本来の姿での1歳くらいのことまで思い出せてしまう。

苦痛を伴うが、あの神頼みの力は本物だろう。しかしアズミはこの難関を超えるのに、ネックレスを頼るか悩んでいた。

そうバタバタと倒れたらリドルも不審に思うだろうし、邪魔なく2人で会話できる機会なんてクリスマス休暇を逃せばイースターまではないだろう。もし倒れている期間が前回のように3日では済まなかったら、大きなタイムロスになってしまう。

リドルは5年生の間にマートルを殺すのだ。アズミが干渉している以上、この世界は原作通りではない。予定通りの時期に秘密の部屋を開くかどうかはわからないのだ。よってイースターまで待ってくれる保証はない。タイムロスは避けたかった。

(でもこのネックレスの力をちゃんと理解するためにも、色々と試していく必要があるし、この機会に少し実験してみるってのもありなのかもね…)

リドルを改心させるのに、1人の話術だけでは力不足だ。これから先、ネックレスに頼らなければならない場面はきっと訪れる。早めにこの力の使い方を理解しておかねばならないのも確かだ。いくら昨日うまく切り抜けられたからといって、ネックレスなしで の演技がいつまで持つかなんてわからない。

(実験あるのみ…か。いきなり人体実験なんて物騒なことで)

理系人間のアズミは、実験という言葉に執念を燃やす。神頼みをしてみることに決めたのだ。

デスクから羊皮紙を1つ出して広げた。そして羽ペンの先端にインクを少しつけて、深呼吸をする。倒れることになろうと、倒れるその瞬間まで体の調子を記録することにしたのだ。こればっかりは記憶で思い出したものよりも、実際に症状が出ている時の感覚を大事にすべきだ。これからも力の実験を続けていくと仮定すれば、細かい状態の記録も役に立つだろう。

「はぁ…」

これから襲いくる苦しみと痛みを思うと大きなため息がでた。

(まずは願い事の大小でその後の苦痛が変わるのか試そう。まずは参考までに小さい願い事から試してみようかな)

今から願う願い事を考える。そして、前回よりは軽いだろうと判断した望みを何回か心の中で呟いた。

「根性みせるよ、アズミ」

大きく息を吸う。そして、胸の前で十字架を強く握り締めた。

「今日1日、私にとって不利益な情報をリドルに漏らずうまく会話できますように!」

頭部にびりっと電流が走るような痛みを感じた。

(うっ…!)

たとえ倒れることになっても、その瞬間まで記録を取る!アズミはそう決めて羽ペンを握った。鈍器で殴られたような痛みが頭に広がる。

そして…

「…あ、れ?」

その痛みはすぐに収まった。割れるような痛みが走っていた頭は、今では逆にスッキリとしている。その痛みから少し呼吸が乱れたが、息ができなくなることはなかった。

「なるほどね…実験は成功かな?まあこれからも色々と試さないとだけど」

とりあえず願い事を叶える力は、望みの大きさによってその後の苦痛が変わる可能性が高いことがわかった。といっても、本当に望みが叶えられているかはまだわからないのだが。

アズミは今回の願い事や頭痛の症状などを手早く羊皮紙に書き込み、本の山からユニコーンについて詳しくかかれている本を杖でひっぱり出す。ユニコーンのレポートで困っていると言って誘ったのだから、ある程度リドルに聞くに値する質問をこしらえておく必要があるだろう。アズミは、軽くネックレスを握り締めてから、ほこりっぽい分厚い古書を開いた。

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