結局その後も数試合したが、アズミは全部リドルのいいように駒を動かさせられて負けた。チェスの勉強もしよう、とアズミは心に誓う。
そんな時、リドルが欠伸を噛み殺すようにして言った。
「いい加減寝ようか。そろそろ日付も変わる」
「そうだね。明日の夜もチェスする?」
「ああ、構わないよ。でも明日の夜はニューイヤーデーに向けてダンブルドアあたりが何かパーティーでもやるとほざくかもしれない。そうなったらチェスはお預けだね」
「優等生だからね」
「君もね、虹のお姫様」
「それは言わないでよ」
チェス盤を片付け、アズミは自室に戻る準備をする。そして、そこで気づいた。
(明後日がニューイヤーデーってことは、明日がリドルの誕生日?)
アズミはバッと反射的に談話室にある掛け時計を見る。時刻は、もうあと1分で日付が変わろうという瞬間を迎えていた。
(…っ、えっ!?ど、どうしよう!)
勿論今誕生日に気づいたということは、プレゼントの用意もしていない。ああ、こういう時は、後で何かを用意してお祝いすればよいのだろうか。なんだかよくわからなくなった。ああ、そうだ。ここは、とりあえずおめでとう、とだけ言っておこう。それでいい…のか?それが普通で大丈夫なのか?
アズミの思考回路は久しぶりに混乱していた。
「アズミ?どうかしたのか、何か挙動不信に見えるが」
「え、いや別にそんなことは…」
背後から突然リドルに声をかけられ、アズミは驚きでつい敬語になってしまう。リドルはその様子を、じっと訝しげに見つめてきた。そんな中、刻々と長針が時間を刻んでいく。
(…うん、まずはおめでとうって言おう。後のことは起きてからでいいや)
アズミはリドルの方を向いた。
「…リドル」
『誕生日おめでとう』
そう言おうとしたアズミの言葉はそこで途切れた。彼はおめでとうと言われて嬉しいのか?と思い至ったからだ。
誕生日はどうしたって彼の母と父を思い出させてしまう。それがリドルにとってどう感じられるのか、不安だった。偉大で愚かな母と消えた父を彼はどう思うのだろう。どう思っているのだろう。
今目の前にいるリドルは、闇の帝王を目指すトム・マールヴォロ・リドルだ。そうだ、自分はまだ何もできていない。だから、きっと彼は母と父を忌まわしく思っているに違いない。
そう考えついてしまったら、アズミの口から声は出てこなかった。
「アズミ?」
名前を呼んで突然黙り出したことを不思議に思ったのか、リドルが声をかけてくる。先ほどまで口に出そうとしていた言葉をぐっと飲み込んだ。そして目の前の漆黒の瞳を見つめ返す。
「リドルなら…もしリドルが神様だったら、何を望む?」
掛け時計が小さく、日付が変わったことを知らせる鐘を鳴らす。アズミの質問にリドルは目を見開いた。
それでも、リドルはすぐに答える。
「世界を変える力が欲しい。誰にも負けない力が欲しい。そう願うよ」
その表情はいつもと全く変わらなかったけれど、その声は真剣そのもので。アズミは『なんのために?』と聞くことはできなかった。
「……そっか。じゃ、おやすみリドル」
「おやすみ」
2人はそう言い合って、けれど互いに何も聞くことなく自室へ帰った。
(いつかあなたに心からのおめでとうを贈りたい。そのために、私は)